136話 女は誰だ?
雨妹は昨日と同じように落ち葉に火をつけながら、ではどうするべきかを考える。
あの女が皇帝のお気に入りなら、太子であればなにかを知っているだろうか? そしてその太子の側近である立彬ならば、情報を持っているかもしれない。
実は皇帝関連なら、あの宦官の杜のことが思い浮かばなくもないものの、雨妹としてもさすがにあちらに突撃する勇気はなかった。
それにそもそも、杜にこちらから連絡をつける手段があるわけでもない。
――アレは回避不可能の天災みたいなものよ、うん!
「よし、立彬様に手紙で聞いてみるかな」
雨妹は焼き芋の出来上がりを待ちながら、そう独りごちるのであった。
というわけで、戻ったら早速手紙を書いて、出した翌日。
なんともう立彬が掃除先まで訪ねてきた。
――ずいぶん早いな、立彬様!?
手紙の回収と反応の速さに、雨妹はビビる。
そして相変わらず仕事先情報を知られていることにもびっくりである。
「雨妹よ、どうしてお前の手紙はこうなのだ?」
そして出会って初っ端から、立彬から苦情をもらってしまった。
「『こうなのだ』とは、なんでしょうか?」
その言わんとすることがわからず首を傾げる雨妹に、立彬がため息を吐くと、懐から紙切れを出した。
「あ、それって私が書いた手紙」
雨妹が指差したその手紙には、「噂の琵琶弾きの宮妓の情報求む」とだけ書かれている。
――うむ、我ながら要点を押さえた簡潔な内容!
「うむうむ」と一人満足顔な雨妹を、立彬がジロリと睨む。
「お前は、軍の通達書でもあるまいし。
もっと違う書き様があるだろうに」
しかしどうやら、立彬はこの書き方に不満であるらしい。
「別の者への手紙では、きちんと長文を書いていたではないか。
なのになぜ私に出す手紙になると、途端に言葉が不自由になるのだ?」※書籍2・3巻参照
「だって、詳しくは会って話した方がいいかと思いまして」
立彬の指摘に、雨妹はそう返す。
この違いは、簡単に会えない相手に書くか、気安く会える相手に書くかの違いだと自身でも思う。
立彬はしばし眉間に皺を寄せていたが、やがて「まあいい」と告げる。
「で、なにを聞きたい?
『噂の琵琶弾きの宮妓』とはどういう流れで知りたいのだ?」
本題に入ってくれた立彬に、雨妹はゴミ捨て場で出会った宮妓について語った。
「それで楊おばさんが言うには、陛下お気に入りの宮妓が最近見ないらしいから、その人はそれじゃないかっていう話なんですけど。
なにせ宮妓は管轄外で、楊おばさんにもそれ以上はわからないみたいなんですよねぇ」
「ふむ、なるほど」
雨妹の話を聞いて、立彬が顎に手を当てて考える仕草をする。
「それは、おそらくは徐子のことじゃないか?
確かにここのところ、太子宮での宴席でも見ないな。
てっきり陛下の方の宴席に呼ばれて忙しいのだとばかり思っていたが、病であったか」
雨妹の推測通り、やはり立彬はあの女の事を知っていた。そして徐子という女の名前もようやくわかる。
「その徐さんって、どういった方かご存知ですか?」
尋ねる雨妹に、立彬が微かに眉を上げる。
「ある時突然素性も知れぬ女が宮妓に加わったという、変わり種だな」
そしてそう告げる立彬に、雨妹は驚く。
――ある時突然って。
雨妹の華流ドラマ知識だと宮妓入りの状況としては、他の氏族から贈り物の一つとしてという場合や、潰れたお家の生き残りの娘である場合だったりであったはずだ。
それがそれらとは違い、素性の知れない者が宮妓になるとは、あるのだろうか?
「誰からか贈られたとか、潰れたお家の生き残りとかじゃなくてですか?」
雨妹の確認の言葉に、立彬が眉をひそめる。
「……雨妹、お前詳しいな?」
「噂で聞きまして、なにせ宮女はそういう噂に事欠かないものでして」
立彬の追及に、雨妹は笑いながらそう言ってごまかす。
これに特に不自然と思わなかったのか、立彬もそれ以上は追及せず、「こちらも噂だが」と話を続ける。
「その徐は、皇帝陛下の一声で百花宮入りが決まったようだ」
「皇帝陛下、ですか」
最近、なにかと雨妹の周辺の会話で名前が上がる人が、ここでも出てきた。




