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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

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135話 弾かない

 雨妹ユイメイはとりあえず女が自身の身体についての認識があるのかを確認しようと、口を開く。


「見た所、あなたのその手は風湿病という病気でしょう」


「は?」


しかしこれを聞いた女は、「なにを言っているんだコイツは?」という顔をした。

 反応が薄い女に、雨妹は風湿病について、美娜メイナに話したのと同じことを語る。


「しかもあなたはまだ軽度の様子です。処置次第では治る可能性が高いのですから、治療した方がいいでしょうね。

 薬はもちろん手に入るに越したことはないですが、生活改善が風湿病には重要なのですよ?」


雨妹は出来る限り押しつけがましくならないように気を付けながらも、声に若干の熱を込めて語る。


「なんだい? 暑苦しいことを言う娘だねぇ」


しかし、女からはそんな言葉が返ってくるだけだった。


 ――やっぱり、こう来るかぁ。


 雨妹は女がそんな反応なのを、半ば予測もしていた。

 前世でも、患者に自分の身体にとことん無頓着な人がいた。

 そう言った人は、どんなに周りが熱心に健康について語り、病院へ行くように勧めても、全く聞く耳をもたないのだ。

 治療費の問題で病院に行かない、というのとはまた違う人たちであるのがほとんどで、共通して言うのが、「自分の身体は自分が一番わかっているんだ」的なセリフであった。

 そして初めてかかった病院が最後の病院に……ということがままあったものだ。

 この女からは、そうした患者と同じ雰囲気が感じ取られるのである。

 「医者なんてかかれない」と言いながら、医者を必要としている風には見えない。

 本当に困っていて出来るならば医者にかかって治りたい人特有の、必死さが感じられないのだ。


 ――でも、楽師の指なんだよ? どうでもいいってことがある?


 雨妹はこの謎な気持ちをそのまま、女に尋ねてみた。


「ですが、きっと楽師にとっての指は大切なものなのでしょう?」


この疑問に、女は口元を歪めた。


「たとえ、アンタの言うとおりの病気なんだとしても、アタシにゃあこの手を治してまで、琵琶を弾く気にならない……もう嫌になっちまったんだよ」


そう告げる女に、雨妹は眉をひそめる。


「……琵琶が、嫌に?」


「そういうことさ。

 だからこの手のおかげで弾かずに済んで、いっそせいせいする」


尋ねる雨妹に吐き捨てるように言う女の目は、どこか暗い影が宿っているように見えた。


 ――なんだろう、これもどこかで覚えのある目な気がする。


 さて、それはどこだっただろうか?

 雨妹が内心で首を傾げていると、女は強く言い過ぎたと思ったのだろう。


「アンタに言う話じゃなかったよ、気分を悪くさせたかねぇ。

 見ず知らずのアタシを心配してくれたアンタのその気持ちだけは、ありがたく思っておくさ」


女はそう語ると、身をひるがえして足早にごみ捨て場から去っていく。


「あの! 風湿病を治すためには、まずはなにより煙草をやめるんですよ!」


その背中に、雨妹はそう叫ぶ。


 ――あ、名前を聞いてないや。


 去った後でまたもや名前を聞きそびれたことに気付いた雨妹は、続けて思い出したことがある。


「そうか、あの目だ」


あの、どこかで見たことがあると思った女の目だ。

 あれは、前世の病院で患者を看取った家族がたまに見せる目と似ているのだ。

 もしかしてあの人は、誰かを亡くしてしまったのかもしれない。



そんなことがあったものの、雨妹は本来の目的である落ち葉焼きを開始する。

 背負った籠に詰まった落ち葉をこんもりさせながら、しかしどうしても先程の女のことを考えてしまう。


「む~ん、なんか気になる」


雨妹の前世看護師としての性分と、後宮ウォッチャーとしての野次馬根性とが、己の中の「他人のことは放っておけ」という理性的な意識をグイグイと隅に押しやっていくのが、自分でもわかる。

 あんな訳アリ感てんこもりな人物を、知らんぷりして通り過ぎて忘れるなんて、どうにもできそうになかった。


 ――くぅっ、気になって食事が喉を通らなくなったらどうしてくれるの⁉


 いや、今しっかりお腹が空いているし、これからまた落ち葉を焼くついでに焼き芋だって作るのだが。

 しかし今後はわからないのだから、このモヤモヤをスッキリさせたい。

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