表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第七章 冬の事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/680

133話 宮妓の事情

 そんな話はともかくとして。


ヤンおばさんは、その宮妓がどこのどなたかわかりますか?」


雨妹ユイメイがそう問うと、しかし楊は首を横に振る。


「宮妓は教坊の管轄だからねぇ」


楊がそう告げたのに、雨妹は「やっぱりそうか」と納得する。

 雨妹の華流ドラマ知識だと、教坊とは宮妓に歌舞を教えたり、管理したりする組織である。

 ここでも宮妓はそこで統率されているようだ。


 ――なら、また偶然会うことを待つしかないのかぁ。


 雨妹がそう考えていると。


「けれど、その宮妓とやらに心当たりがないこともないね」


楊がそんなことを言った。「そうなんですか?」

雨妹が目を丸くするのに、楊が頷きながら近くから椅子を引っ張ってきて隣に座る。


「それが、皇帝陛下がお気に入りの琵琶の弾き手がいるんだけれどね。

 それがここのところ全く宴席に出なくなって、どうしたものかと噂になっているって話さ」


楊はそう語ると、卓に置いてある白湯を自分で茶器に注いで飲む。


「琵琶、ですか」


雨妹はそう呟くと「ふむ」と顎に手を当てる。

 琵琶とは前世のギターに似た弦楽器である。

 琵琶の弾き手であれば、あの皮の厚い指も説明がつくというものだ。


「へぇ、陛下のお気に入りってことは、なかなかの立場じゃないか。

 それがゴミ捨て場に一人でいたってことかい?

 おかしな話だねぇ」


一方、美娜メイナが楊の話を聞いて首を捻っている。

 これまたごもっともな指摘である。


「その噂の人は体調が前々から悪くて休みがちだったのが、とかじゃなくて、急にぱったり見なくなったんですか?」


雨妹の質問に、楊が頷く。


「そうさね。その宮妓が小妹が言う風湿病とやらだとしたら、これも納得だ。

 上等の弾き手ほど、惨めな様を晒したくないだろうからねぇ」


楊がそう言って「ほう」と息を吐く。


 ――む~ん、そういうことかぁ。


 なんとなく見えてきた状況に、雨妹は「それにしても」と考える。

 皇帝もお気に入りの楽師となれば、普通に考えればかなりの美貌の持ち主か、かなりの名手かであろう。

 けれどこう言っては失礼というか、雨妹に言われたくはないだろうが、あの宮妓は上等な美貌の主ではない人だった。

 一方で皇帝好みの地味顔とも、微妙に路線が違う。

 地味顔にも種類があるのだ。

 となると率直な意味でのお気に入り、すなわち琵琶の名手ということになる。


 ――あの人、そんなにすごい楽師なのかぁ。


 前世から音楽の素養のない雨妹には、その良し悪しはさっぱりわからないのだが、その音を聞いてみたくはある。

 なにせ音楽とは、前世みたいにスピーカーからいつでも流れてくるものではなく、目の前に楽師を呼ばないと聴けない貴重な経験なのだから。

 そんなに風湿病が酷いのだろうか?

 もし軽度ならば、治療に励んで再び琵琶をとってもらいたいものだ。



そんな会話をした、翌日。

 雨妹はその日も同じ場所を掃除していた。

 というか、しばらくここの掃除担当である。

 そして、今日もこんもりと集まった落ち葉を処分するためにごみを捨てに行く。


「あ!」


雨妹は思わず声を上げる。

 ごみ捨て場には、昨日と同じようにあの女がいたのだ。

 ボーッと宙を見ていた彼女は、雨妹の姿に気付くと立ち上がった。


「待っていたよ、アンタをさ」


そう告げてきた女に、雨妹はきょとんとしてしまう。


「そうなんですか?」


昨日は不機嫌にさせて別れたので、雨妹とは会いたくないだろうと思っていた。

 意外そうなこちらの態度に、女が微かに笑みを浮かべる。


「芋の礼を言おうと思って。

 おかげで腹を満たせたよ」


この女の話に、雨妹は眉をひそめる。


 ――たったあれだけの焼き芋で、腹を満たせた?


 言い方としては「おやつとして美味しかった」という響きではないように聞こえる。

 怪訝そうにする雨妹に、女は語る。


「なにせここのところ、ロクなものを食べていなかったから」


今、とうてい聞き過ごせないことを耳にしたのだが。


「……あなたは聞くところによると、皇帝陛下お気に入りの琵琶師ではないのですか?」


この雨妹の言葉に、女は「ははっ」と乾いた笑いを響かせた。


「弾けない楽師は、ただの役立たずさ」


そう自嘲するように言う女は、どこか遠い目をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 弾けない楽士は、ただの役立たずさ> 某豚さんを思い出す台詞にニヤリとさせられますw しかしかなり深刻な扱いを受けているみたいですね。僅かな芋で腹を満たせたとか言っている辺り、ほとんど碌に食…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ