130話 宮妓の女
宮妓とは、後宮で働く妓女だ。
妓女というのは、雨妹的には前世で言うところの遊女――歌舞をしたり寝所で客をもてなしたりが仕事の女たちと印象が似ている。
妓女になるのは罪人であったり、借金のかたに売られたりした女で、このあたりも同様だろう。
けれど遊女と妓女の違いは、芸能の道を歩む女も含まれる、ということだ。
歌い手や楽師、役者の女たちも、また妓女なのである。
このあたりを、雨妹などは雑な身分の括りだなと思ってしまう。
そして民間の妓女は寝所働きが主だったりするが、宮妓となるとそのようなことはせず、純粋に歌や楽器、踊りで宴席を盛り上げるのが仕事である。
――まあ、後宮で寝所っていうと、皇帝や太子なんかの寝所になるものね。
そのようなことを、皇后が許すはずがない。
宮妓が後宮入りするのは、戦で負けた御家の女が罪人として入る場合と、諸侯から贈り物扱いで入る場合とがある。
宮妓は宮女や女官のような出世をしないが、それでも後宮に生きる女であることには違いなく、皇帝の目に留まれば后妃になり得る。
そんな宮女や女官とは立場が微妙に違うのが、宮妓だ。
その宮妓が、何故かごみ焼き場にいた。
年の頃が二十代後半か三十代くらいだろうか?
ごみを焼くわけではなく、ごみ捨て場を囲む塀の隅の方でただボーッと宙を見て座り込んでいる。
――なにをしているんだろう?
雨妹としても気になるけれども、今は持っている落ち葉を燃やすことが先だ。
背負った落ち葉の入った籠を「よいしょ」と降ろすと、燃え跡のある場所にひっくり返して落ち葉をこんもりとさせ、焼き場に置いてある火打石で手早く火をつければ準備は完了だ。
まずは落ち葉が燃えてしまうのを待つ。カラカラに乾いた葉ばかりであるので、棒でかき混ぜながら待てばあっという間に灰になる。
そのまだ燃えたてホヤホヤの灰の中に甘藷を入れて、この灰の熱で甘藷が芯までホカホカになるのを待つだけだ。
――ふっふっふ~ん♪
この美味しいものができるまでの時間も、美味しくするために大事なものだ。
焼き芋のためなら、雨妹は冷たい風に吹かれることだってへっちゃらだ。
次第に甘藷の甘い香りが灰の中から香って来ると、雨妹は口の中に唾液が溜まってくる。
「……いい匂い」
すると、雨妹の中で景色と同化していたあの宮妓が、そう呟いたのが聞こえた。
――出来上がりそうになってそんなこと言ったって、あげないからね!?
雨妹は思わずそちらをギロッと見る。
食い意地が張っていると言うことなかれ、寒いとお腹が空くのだ。
いや、夏だって暑いとお腹が空くと言っていた気もするか。
要するに、年中お腹が空いている成長期なのだ。
しかし見ればその宮妓は、物欲しそうな顔をしているわけではなく、最初に見た時のままボーッと宙を見ている。
ただ純粋に、香った匂いの感想を述べただけなのだろうか?
それ以降彼女がなにも言わないので、雨妹はまた焼き芋に意識を戻す。
「お、いい焼き具合♪」
棒で突いて探れば、いい感じなホクホクに焼き上がっていた。
雨妹は灰をどけて焼き芋を拾い上げ、「アチチ」と言いながら焼き芋を持っていた布に包んで、さあ食べようとなった時。
「……」
雨妹はなんとなく、景色なあの宮妓が気になってしまった。
――あの人、どうしてこんなところにいるんだろう?
こんな、誰も来ない淋しい場所に一人でいて、なにをするわけでもなくボーッとしているその様子が、どうしても視界に引っかかってしまう。
こんなにモヤモヤした気持ちでいると、美味しい焼き芋に集中できないではないか。
というわけで、雨妹はその宮妓に歩み寄ると。
「あの、食べますか?」
彼女に三分の一に割った焼き芋を差し出した。
半分に割らなかったのは、この焼き芋をそもそも用意して焼いたのは自分なのだし、だから多めに食べても別に後ろめたく思うことはないからだ。
つまり、食い意地が勝った結果である。
「……」
彼女はそこで初めて、雨妹と目を合わせた。
どこか、どんよりとした暗さを感じさせる目だ。
――なんか、気になる目をする人だな……。
雨妹が微かに眉を寄せていると、彼女は細い腕を伸ばして、焼き芋に袖の布越しの手で触れる。
「……温かい」
掠れた低めの声が彼女の口から漏れた。
「焼き立てですから」
雨妹は当然だとばかりにそう返した。




