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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第六章 百花宮の秋

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121話 行き交う心

「百花宮のお掃除係」コミックス1巻が、明日12月28日に発売となります!

「今考えてもわからぬのだ。真面目なあの男に、無理を強いてしまっただけであったのか?

 あの時一体どうすれば、皆が幸せになれたのか?

 ……と皇帝陛下は今も悩まれておる」


ドゥが最後にだんだんボロが出た言葉を取り繕うように付け加えると、苦しそうな表情で俯く。

 その姿を見ていると、雨妹まで心が重たくなってくる。


 ――皆、母が好きだったから、色々考えたんだなぁ。


 雨妹は母の姿も思い出も記憶にもないので、想像することも難しく、それこそドラマの中の話のようにしか脳内で描けない。

 けれど、全ては「好き」という気持ちが一番最初にあっての、行動だったわけで。

 「好き」という気持ちは、人の背中を押す希望にもなり、縛り付ける呪縛にもなるもの。

 特に母が既に死んでしまい、その意思を誰も確認できなくなってしまっては、呪縛から逃れようがなくなってしまう。

 その呪縛に今、明は縛られているのだけれど。

 生きている人間は、縛られたまま留まっていてはいけないのだ。

 そして、二人に苦難を強いてしまったと嘆く、この目の前の男も。

 雨妹は多少迷ったが、意を決したように真っ直ぐに杜を見る。


「私が思いますことを、発言してもよろしいでしょうか?」


「なんであるか?」


そう告げた雨妹に杜が先を促すので、「では」と語り出す。


「明様がその美人の方と添い遂げずに辺境の尼寺まで送り届けた点です。

 これは私の想像ですが、明様はその美人のお方を好いていたとしても、駆け落ち者としての苦労を共に背負う覚悟が、己にはないことを知っていたのではないでしょうか?」


なにしろ、人がそれまでの経歴を捨てて一から生き直すのは、言うほど簡単ではない。

 どうやら明はお坊ちゃん育ちであるし、そんなお坊ちゃんが農村に紛れ込んでひっそりと暮らすのは、かなり難しいに違いない。

 かといって、近衛であった経験を生かして兵士として働けば、きっとどこからか足がついて、皇太后の手の者に見つかってしまう。

 つまり、明はそうまでして追っ手から逃げ続ける生き方というものを選べなかったのだ。

 そして想いを寄せる美人に逃亡者の苦労をかけるより、たとえ貧しかろうと尼寺で安心して暮らす方が幸せなのでは? と考えた。

 その選択は、決して非難するようなものではないだろう。

 そして共に辺境まで行ったということは、これに母も了承したのだと思うのだが。

 この雨妹の推察に、杜は「なるほど」と頷く。


「明は確かに、ただ命令に忠実で真面目というだけではなく、思慮深い男であったな……であっても、そう話してくれれば、誰もその選択を責めたりはせなんだのに」


杜が悲しげに目を伏せる。


「せめて、美人が自ら命を絶ったのではなければ、明もあれほどに己を責めなかったかもしれぬが、それも今語っても仕方のないことよな」


そう言ってしばし無言でいた杜だったが、やがて「よし」と気合を入れ直すように顔を上げた。


「お主の疑問に答えるつもりが、こちらの疑念を晴らしてもらうことになろうとは思わなんだ」


そう言ってニコリと笑う杜は、もう先程の悲しみの表情を引きずっていない。

 気持ちの切り替えが早いのはさすがだな、と雨妹が感心していると。


「そなた、雨妹はなんとも聡明な女子よの。

 きっと母君も喜んでおろう」


杜が褒め言葉と共に、雨妹が名乗っていないにもかかわらず名を口にした。

 ここへ来てから一言も口を挟まずにいる楊から聞いた可能性もあるのだけれど、そこは深く追及しない方がいいだろう。


「お褒めいただき光栄です。

 話を聞かせてもらえて、とてもためになりました」


ペコリと頭を下げた雨妹に、杜が眉を上げる。


「ほぅ、ためになったかな?

 若く未来ある娘には、かなり胸の悪くなる話であったと思うが」


この杜の言葉に、雨妹は「はい」と頷く。


「非常に勉強になりました」


「どのような学びを得たのか、聞いてもよいかな?」


尋ねる杜の好奇心の光を宿らせる目を、雨妹は真っ直ぐに見る。


「どのようなことであれ、真実を知らなければ進めないこともある、と学びました」


「……なるほど、確かにそうであろうな。

 真実は時に残酷だが、それを乗り越えねば幸せを得られぬこともあるか」


杜が感慨深そうに頷く。


 ――そう、人は誰でも、逃げ続けることなんてできないんだから。


 人生で、時には逃げることだって大事だ。

 けれど、逃げ続けるのも辛い。

 この気持ちの切り替えをするのは、本人にしかできないわけで。

 今、明は逃げるのを止めて前に進むために、知らなければならないのだろう。

 母の真実を。

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