117話 考えるとお腹が空く
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実のところ、雨妹の見た目は髪の色が同じであるという点以外、母とは顔かたちや立ち姿といったものは、瓜二つというほどそっくりなわけではない。
もちろん同じ地味顔系であるし、よくよく見れば親子であると思わせる類似点はあるようだが。
尼たち曰く「雰囲気が違うので、パッと見では似て見えない」らしい。
なのに明が雨妹を見て母の名を呼んだのは、この母と同じ髪の色だけで判断したとしても、母をよく知っていたということになる。
――もしや明様は、ウチの父母のデートのお守もしていたのかな?
そんな推測が成り立つものの、だとしても名前を呼んで謝るとはどういうことか?
考えても、すんなり答えが浮かばない。
「む~ん、色々考えていると、お腹が空いてきちゃいます……」
脳は糖分を活力源にするというから、きっと糖分が足りなくなってきているのだろう。
それに雨妹はなんだかんだで宮城から出て内城へ向かうのに、そこそこの距離を歩いている。
なにせ宮城の中を走っている馬車というのは、高貴な方々が乗る軒車か、荷物を運ぶ荷車しか走っておらず、庶民が使う馬車なんてものはない。
故に下っ端は一つの都市ほどもある広さである宮城の中を、ひたすら歩くしかないのだ。
こうなると、元気になるには甘味をどこかで確保しなくてはならない。
なにせ今日は仕事ではないので、おやつを手に入れていないのだ。
けれど甘味を手に入れるためには、宮城へ戻るか外城へ出なければならない。
そして外城へ出る場合、雨妹だけでは恐らく許可が下りない。
というわけで。
「李将軍もお腹が空きませんか?
空きますよね!?」
同行者をハラヘリ仲間に引き入れようと、必死の訴えを試みる。
これに、李将軍が「ククッ」と笑いを漏らす。
「なるほど、噂に聞く通りの食いしん坊だな。
せっかくだから外城へ出てなんかつまんでいくか?」
なんと、外城へ出るのを許可された。
この熊さん、なかなかいい熊さんである。
外城へ出ると、李将軍が足を向けたのは高級な店が立ち並ぶ中央通りではなく、昨夜の飲み屋が並んでいた通りでもなく、市場であった。
――意外なような、似合っているような……。
将軍としてはおかしいのかもしれないが、熊男としては市場が似合うという、難しい男である。
そして熊男曰く。
「こういうところで食うのが、性に合うんだよ。
お綺麗な店に座って食うのは、どうもなぁ……」
そう言って頭を掻く。
「そんなことを言っても、接待とかあるんでしょう?」
雨妹が当然の指摘をすると、李将軍が嫌そうな顔をする。
「ありゃあ苦行だよ、苦行。飯の味も覚えちゃいねぇ」
なるほど、この熊男はいわゆるジャンクフードなどを好むようだ。
そして市場の人々から「将軍様、美味しいのがあるよ!」と気軽に声をかけられる所を見ると、李将軍はここへ度々出没しているようだ。
そんな話をしながら、甘味を物色して歩いていると。
「おやぁ、昨日の夜のお嬢さんじゃねぇかい?」
横手からそう声をかけられた。
「へっ?」
雨妹は自分のことかと振り返る。
「誰でぃ、そちらさんは?」
しかしそちらには既に李将軍が立ち塞がっていて、その大きな背中に隠されて相手が見えない。
もしかして雨妹を守ってくれているのかもしれないが、横にも縦にも大きすぎて視界を塞がれるのはどうなのだろう?
少なくとも、まるで自分が小人になった気分になる雨妹であった。
とりあえず相手が誰かだけでも確かめようと、李将軍の背中の横から顔を出せば、そこにいたのは昨夜の飲み屋の主であった。
「ああ、どうも!」
「やっぱりそうだった、人違いかと焦ったぜ。
今日は将軍様のお供かい?」
雨妹が片手を振って挨拶すると、飲み屋の主がホッとした顔をする。
熊男に凄まれたら、さぞや怖かっただろう。
「李将軍、この人、昨日明様が飲み潰れていたお店の店主さんですよ」
雨妹が説明すると、李将軍は立ち塞がるのを止めて横に退いた。
「そうかい、じゃあ部下が世話になったのに、失礼したな」
ペコリと頭を軽く下げる李将軍に、飲み屋の主が「いやいや」と頭を横に振る。
「こっちこそあのお客さんを引き取ってもらって、助かったってもんでさぁ。
あのお客さんも、なかなか飲むのを止めなさらんでねぇ」
飲み屋の主は、そう言って困ったように苦笑する。




