114話 再びのお願い
雨妹は昨日の明の様子を思い出しながら告げる。
「明様の顔を見ることはできましたが、なにせ飲み屋で飲んだくれて寝ている所でして。
本人との会話は無理でした」
「そんなにかい?
どうやら私の知っている姿から、悪化しているようだねぇ」
楊おばさんがため息を吐く。
「けど、観察はできました。
あれは酒の飲みすぎでかかる病です。
酒を飲まずに普通の生活をしていれば、いずれ治るかと」
肝心のことを話すと、楊は少しホッとしたような顔になる。
「酒ねぇ。
元々そんなに飲めないのだから、飲んだくれても楽しくないだろうに」
「なになに、楊さんの知り合いの話?」
そう言って陰りのある表情をする楊に、隣に座る美娜が口を挟んでくる。
こうもズバッと聞けるのは、美娜の性格故かもしれない。
楊は別段隠すことではないのか、すんなりと話した。
「ああ、私と同じ土地から同じ時期に都へ出てきた男さ。
それなりに交流があったんだが、最近あまり良くない噂を聞いたもんで、ちょいと様子を探ってもらおうと思ってね」
楊の口から、昨日は聞かされなかった初耳の情報が出た。
「明様、楊おばさんと同郷の同期だったんですか?」
「おや、言わなかったかい?
私が後宮に勤めたのと、あちらが兵士になったのが一緒だから、同期といえば同期かねぇ」
懐かしそうに語る楊の様子を見ながら、雨妹は考える。
明の屋敷にいたあの老女曰く、おしめまで替えていた間柄だという。
となると、明は少なくとも付き人がいる生活だったはずで、裕福な家柄だろう。
そんな明と付き合いがあった楊も、それなりの家柄であると想像できる。
そうならば楊は宮女として入ったのではなく、女官から仕事を始めたのだろうか?
そうであれば、明との交流も可能であろう。
雨妹はそんな風に推測してしまうが、だからどうだという話ではない。
単に華流ドラマオタクの血が「考察したい」と騒ぐだけだ。
一方、美娜も別のことを考えていたらしい。
「もしかしてその男って、独り身かい?」
「そうでしたね、屋敷の世話をしている方はお年を召した女性が一人で、連れ合いの方は見られませんでした」
「なるほどねぇ、独り身男ってのは、酒におぼれがちじゃあるか」
美娜が昨夜の雨妹が想ったのと似たようなことを言う。
「楊さんの同期ってなると、結構いい歳だろう?
近衛だったら女に人気があるだろうに、よほど問題でもあるお人なのかねぇ?」
首を捻っている美娜に、楊が「はぁ~」と大きく息を吐き出す。
「……まあ、問題といえば問題さね。
いつまでも昔のことをウジウジしているっていうのがね。
それで小妹、もう一度頼みたい」
「……なんでしょうか?」
雨妹はなんとなく言われることがわかる気がするが、一応尋ねる。
すると楊が告げるには。
「今日の仕事は休みでいいから、これからあの男の家に行って、きちんと身体について言って聞かせるついでに、酒を飲みに出るのを阻止してくれないかい?
一人でとはいわない、手伝いはきちんと用意するから」
想像通りといえば想像通りで、雨妹は不思議に思う。
あの明に対して楊は、一体どうしてそこまでするのだろう?
同郷の同期というだけで、そこまでするものだろうか?
――身内ならともかく、同郷でも所詮他人だしなぁ……。
雨妹であれば、おそらくそこまではしない。
雨妹はお節介焼きな質だという自覚はあるし、見える範囲の人は助けたく思うが、視界から外れた人までは手を回さない。
そのあたりの線引きをしておかないと、キリがないのだ。
それで言うと、楊にとって明は近衛を休職して飲んだくれていても、まだ視界から外れていない人なのだろうか?
「楊おばさん、どうしてそこまで明様のことを気にするんですか?」
雨妹が直球で尋ねてみると、楊は目を伏せて言った。
「……あの男もぼちぼち夢から醒める時が来たんだと、そう思ったんだよ」




