113話 熊とのふれあい
李将軍から「料理が冷めないうちに食え」と許可が出たところで、雨妹は遠慮なく食事を再開する。
「で、なんでこの娘っ子が明に会うことになったんだ?」
李将軍からの素朴な疑問に、雨妹は別段隠すことでもないので答える。
「診察のためですね。
私、多少ですが医術の知識がありまして、でも医者ではないので門前払いをされないだろうと、楊おばさんから目を付けられたのです」
これを聞いた李将軍は、「はぁ~」と感心の声を上げる。
「珍しい特技を持つ宮女がいるもんだ。
そんなら医者付きの女官になれば、給料だってがっぽり貰えるだろうによぉ」
これに、雨妹は包子にかぶりつこうとしたところで、壮絶に嫌そうな顔をする。
「嫌ですよ、そんな仕事。
私は今の仕事が気に入っているんです!」
間違っても李将軍が推薦なんてしないよう、ここはキッパリ言っておく。
誰もかれも似たようなことを言うものだが、今世は給金よりも趣味に生きるのだ。
前世では看護師という仕事に誇りを持っていたものの、それはそれとして、あのように人生を仕事に捧げるような生き方はもうしたくない。
雨妹の勢いに、李将軍が目を丸くしている。
「はぁ、変わってんなぁ。
まあいいか。
で? そのお前さんから診て、明はどうだったんだ?
近衛に復帰できそうか?」
李将軍は雨妹のことからすぐに話を変えて、明のことを聞いてきた。
「酒さえ飲まなくなれば、復帰は可能でしょう」
雨妹が「酒」というのを強調して言うと、李将軍がピクリと眉を上げる。
「酒なぁ、確かにアイツの酒は楽しい飲み方じゃねぇもんなぁ」
そう言ってグビッと酒を一口飲んだ李将軍は、天井を見上げた。
その顔は困ったような、悲しんでいるような、奇妙な表情であった。
「あの、私もよく知らないのですが、明様はどうしてあのように酒を飲まれるのですか?」
立勇が横から疑問を投げかける。
「あ~」
これに李将軍がしばし呻いてから、天井から立勇へと視線を移す。
「俺からはなんとも言い難いが、一つ言えるのが後悔か。
でも、アイツが悪いわけじゃねぇ、悪いのは……いや、やめておこう。
俺もちぃっと酒が回ったみてぇだ」
李将軍はそう言うと、フラッと立ち上がって離れていった。
その後ろ姿を見送って、雨妹は立勇と顔を見合わせる。
「今の、なんのことだかわかりますか?」
「いや、正直私にもわかりかねる」
雨妹と立勇は二人して首を捻った。
こうしていても答えは出てこないので、雨妹はとにかく今は夕飯を食べてしまって、宿舎に帰ろうとなった。
楊には明日の朝に報告すればいいだろう。
久しぶりに夜に動き回って疲れた雨妹だったが、朝は同じようにやって来るもの。
朝食を食べようと食堂へ顔を出すと、今日は休みらしい美娜が座った卓からヒラヒラと手をふっていた。
雨妹も料理を受け取ると、美娜の隣へと向かう。
ちなみに今日の朝食は、蓮根と鶏肉の団子の湯と、百合根と茸の蒸し物であった。
図らずも昨日の夜の湯との食べ比べになり、百合根は今季初物である。
なんだか朝から嬉しい朝食に、雨妹はウキウキ気分で卓に着く。
「おはようさん、昨日の夜は出かけてたって?」
早速聞いてきた美娜に、雨妹は頷いて答える。
「はい、楊おばさんのおつかいで。聞いてください!
それで夕飯を食べ損ねたんで、近衛の食堂に紛れ込んじゃいました!」
「へぇ! あっちはどんな風だったんだい?」
やはり余所の食堂に興味があるらしい美娜が身を乗り出してくるのに、身振り手振りで説明する。
「は~、あっちの食堂は訓練の一環かぁ、兵士ってのも大変なんだねぇ」
「ですね。
それに食べに行ったら外れの時って、なんか料理番も食べる方も両方切ないですよね」
二人してそんな話で盛り上がっていると。
「お前さんらは、朝から賑やかだね」
そこへ楊が顔を出した。
「おはようございます、楊おばさん」
雨妹が挨拶するのに、楊は「ああ、おはよう」と返すと。
「昨日は遅くまで済まなかったね、小妹。
で、どうだった?」
美娜の隣に腰を降ろすなり、そう聞いてきた。




