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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第六章 百花宮の秋

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112話 熊は偉かった

「行ってきたというか、飲み屋でとっ捕まえてきたと言いますか」


「はぁ~、やっぱり相変わらずか」


立勇リーヨンに話を聞いて熊男が大きくため息を吐くと、熊の唸り声のように聞こえる。

 それにしても熊男が誰なのか、会話に手がかりが出てこない。


「あの、こちらはどなた様で?」


雨妹が口の中のものをゴックンしてからヒソッと尋ねるのに、立勇が「言わなかったか?」と告げてくる。


「こちらはリーえい将軍だ」


予想外の身分が出てきた。

 衛将軍とは確か聞くところによると、現在の軍の最高戦力ではなかったか?

 戦時などの非常時には大将軍などのもっと上の将軍職があるものの、平時では皇帝直属の軍を率いる衛将軍が実質軍の最上位だ。

 そして現在皇帝は侵略をやってもやられてもいないため、臨時の将軍職をもうけてはいなかったはず。

 なにせ玉の輿を狙っている宮女たちから出世頭の情報は聞くともなしに流れてくるため、雨妹にはこうした情報が自然と蓄積されるのだ。

 そんな軍の最上位なお人が、今雨妹の目の前でとっくりから手酌で酒を飲んでいる。

 これにはある意味、皇帝に出くわした時よりも驚きがあった。

 なにせ皇帝は後宮に住んでいるのだから、運が良ければいつかは会うとわかっていた。

 しかし将軍となると、戦いの場に赴かないと会えないものではないのか?

 それがどうして一般兵と大して変わらない格好でここにいるのだろう?

 そんなわけで想像より上の身分が出て来て、雨妹は慌てて礼をとろうとしたものの、両手に湯の器と包子を持っていて邪魔だったため、一人アワアワとしてしまう。


「落ち着け、まずは食い物を卓に置け」


「堅苦しいのはよせよせ、ここだとただの飲んだくれだよ」


立勇の忠告に被せるように、熊男、もとい李将軍がそう言ってヒラヒラと手をふる。

 とりあえずタンの器を卓に置いた雨妹は、恐る恐る李将軍に尋ねた。


「あの、衛将軍ともあろうお方が、何故ここにいらっしゃるので?」


このような一般兵の使う食堂ではなく、もっといい店でいい酒を飲めばいいだろうに。

 言ってはなんだが、ここで飲まれている酒は安酒だ。

 不思議そうにする雨妹の考えが読めたのか、李将軍がニヤリと笑う。


「酒ってのはな、なにを飲むかじゃなくって、誰と飲むかなんだぜ?

 外にお高い酒を飲みに行きゃあ、『将軍様、将軍様』って煩くっていけねぇや」


なるほど、一理ある。

 どうやら外で飲むと色々な輩が寄ってくるのが嫌らしい。


「将軍様って、顔が売れているんですか?」


そもそもの話を確認すると、立勇が頷く。


「都だとな。

 知らないのはお前のように田舎から出てきたばかりの者くらいだろう」


どうやら李将軍を知らなかったことで、雨妹が田舎者なのが露見してしまったようだ。

 そこは事実であるし、別段恥じることでもないので気にしないが。


「で? おめぇさんは誰でぃ?」


とうとう李将軍に尋ねられたが、雨妹としては出来れば偉い人に名乗りたくない。

 どこでなにに繋がって身の上が露見するか分からないのだから。


「将軍様に名乗るほどの身分ではありませんが、お察しの通り下っ端宮女でございます」


雨妹がそう説明するのに、立勇は「そんな失礼な言い方があるか!」などという文句を特につけてくることはない。

 けれど、李将軍はなにかピンとくるものがあったようで、身を乗り出してマジマジと眺めてきた。

 顔が近くなると、余計に熊っぽくなる気がする。

 そして李将軍がパン! と手で膝を打つ。


「ほう?

 もしやうっすらと聞いたことがある、最近なにかと騒がせている宮女ってのは、おめぇか?」


何故か妙な露見の仕方をしてしまった。


「お騒がせしているんですか? 私って」


「概ね合っているだろうが」


尋ねる雨妹に、立勇がこともなげに告げた。

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