110話 ご飯のためにはどこへでも
ご飯を求めて近衛の食堂に向かう雨妹と立勇であったが。
雨妹は外廷へ入る前に、出る際に変に目立つからと外していた頭巾を再び取り出してしっかりと被る。
――どこに誰がいるか分からないもんね!
夜闇で暗いので見られても平気ではと思わなくもないが、用心である。
例の髪切り魔の変態皇子のような者が、いつどこに潜んでいるか知れないのだから。
そうして連れて行かれた近衛の建物というのは、本当に外廷の端にあった。
たまにお偉いさんが集まって話し合ったりする場所らしく、宮女の宿舎とは趣が違う。
そもそも近衛は宮女のように住み込みではなく、内城からの通いであるので、食堂とて近衛の全員を食べさせるものではない。
その代わり、朝夕問わず交代で一日中誰かしらが働いているため、食事も朝夕の二食のみとはいかないわけで。
基本的に夜の遅くまでやっているらしく、今頃行っても食事にありつけるというわけである。
「こちらだ」
立勇に連れられて建物へ入った雨妹が、廊下を歩いていてまず思ったことは。
――なんか、建物の中の空気が男臭い……。
都へ来てから女の園で暮らしているから余計に、そう感じるのかもしれない。
あかりをケチっているのか、うすら明るいのがまた暗さを引き立てていて、おどろおどろしい雰囲気である。
男臭さと混じり合って、なんともいえない気分になってきた。
その苦行を抜けた先、廊下よりも幾分か明るい空間が見える。
美味しそうな香りが漂ってくるので、おそらくはあそこが食堂であろう。
「へぇ、そこそこ小奇麗ですね」
「お前は、近衛をなんだと思っているのだ」
雨妹の口から思わず零れ出た本音に、立勇からツッコミが入る。
「いや、だって、男だらけってなんか、ねぇ?」
雨妹は言葉を濁しながら笑ってごまかす。
掃除や整理整頓の能力に男女の性差は関係ないものの、男だらけになると汚くなりがちなのは、前世でも今世でも傾向としてあるもの。
「廊下が男臭かったですし、ここもそういう建物かと思っても無理ないですよね?」
雨妹が正直に告げると、立勇が「ああ」と眉を上げる。
「廊下は息を止めて歩くのが癖になっていたな。
あそこは倉庫から臭いが漏れるからな、それで臭いのだろう。
武具を溜め込まずに早く洗えばいいものを」
「危険ですねそれ。
あの臭いはなんか変な虫とか湧いてますよ、きっと」
雨妹は立勇にそう忠告してやりながら、食堂を見渡す。
食堂の中にいるのは近衛だけではなく、宦官や文官などの姿もちらほらと見られる。
なにかしらの理由でここを訪ね、ついでに食事をしているのだろうか?
見れば酒を飲んでいる者もいるので、仕事上がりの一杯なのかもしれない。
――ここでお酒を飲めたら、わざわざ外城に出なくてもいいもんね。
「上手いことやっているなぁ」と雨妹が感心していると、
「なんだぁ立勇?
珍しく女連れているじゃねぇか」
横手から声をかけられた。
そちらを見ると、いつの間にか目の前に簡素な格好をした筋肉ムキムキな大男が立っていた。
まるで熊みたいだと呆け顔で見上げると、その熊から頭を捕まれる。
「しかも見ねぇ顔だ」
――って、強い、力が強いから!
そう言いながらワシワシと頭を揺すられ、雨妹は外れそうになる頭巾を懸命に押さえた。
「所用で外へ案内いたしましたら飯時を逃したとあんまり嘆くもので、連れてまいった次第です」
立勇がその熊男へ丁寧な礼をとって話す。
その言い方だと雨妹が食いしん坊みたいに聞こえるのが少々引っかかるものの、お腹が空くのが切ないのは事実なので、ココで文句を言うのは止めておく。
「そうか、そりゃあ可哀想に!
腹が減ったら剣も振れねぇんだ、それに細っこい身体じゃあ戦場で死ぬぞ!」
そう言って熊男が雨妹の頭をさらにグイグイと押してくるが、背が縮みそうなのでやめてほしい。
それに雨妹はおそらくこれ以上食べても太っていくだけだし、戦場に出る予定もない。
けれど熊男が雨妹の食堂での食事を禁じたいわけではないことはわかったので、雨妹はペコリと頭を下げて、ついでに掴んだ手から逃れた。




