100話 お土産より食い気
「あの時はどうも、乗せていただき感謝する」
立勇も気付いたらしく、雨妹を背後に庇う姿勢は崩さないものの、軽く目礼をする。
「いやぁ、おたくらに世話になったのはこっちの方さ!」
おじさんはそう言うとニカリと笑い、ヒラヒラと手をふった。
「魚を売っているんですか?」
雨妹は立勇の背中から顔を出し、おじさんの前に並ぶ魚たちを見る。
「おうよ、朝獲れだぜ?
都人にゃあ、海の魚は珍しかろうて。
現物を見たことあるかい?」
「佳に来て、初めて見ました!」
自慢気に話すおじさんに、雨妹は正直に返す。
前世を計算しないのなら、尾頭付きの生魚なんて、佳で見たのが人生初だ。
「私もだ、川魚とは違うものなのだな」
「はっはぁ!
川魚なんざ話にならんさ、海の魚の美味さはよぅ!」
立勇もそう言うと、おじさんはうれしそうな顔をする。
おじさんは心底、海が自慢であるようだ。
「あの、魚の丸焼きって食べられますか?」
魚は利民の屋敷でも食べたのだが、いかんせんあそこの料理はお洒落に盛られていて、一匹丸焼きなんていう料理は出なかったのだ。
「ああ、買った魚を浜辺で焼けるぜ」
おじさん曰く、浜辺には漁師小屋があり、そこの焚き火で焼けるのだという。
――やった、食べたい!
というわけで、雨妹はおじさんのところからアジやサザエ、大ぶりのエビを買って、浜辺の漁師小屋へ行く。
浜辺では漁師たちがちょうど昼食時なのか、火のまわりに集まっていた。
そこに雨妹は混ぜてもらうと、早速魚を焼く準備だ。
雨妹が漁師から借りた刃物でアジの内臓をとる。
「アンタ都人だろう?
よく捌き方を知っているなぁ!」
すると漁師たちから感心されてしまう。
「ちょっと、やり方を聞きかじっていまして」
雨妹は立勇を気にしつつ、そう言ってごまかす。
その立勇は、雨妹の手元を興味深そうに見ている。
「川魚で、そのような事をしたことがないが」
「海の魚にゃあ、毒があるのもあるからな。
中はとるんだよ」
立勇の疑問に、雨妹ではなく漁師が答えた。
それを聞きながら、串刺しにしたアジやエビを炙り、サザエを火のそばに置く。
それからしばし待ち。
――もういいかな?
いい香りがしてきたので、雨妹はまずアジの串を火から外すとガブリとかぶりつく。
「おいひい~♪」
立勇もアジに齧りつくと、「うん、美味い」と頷いている。
雨妹は次にエビの串を取る。
「エビもおいし~い♪」
プリっとしていて甘味があって、味付けがなにもなくても十分に美味しい。
「……お前は、よくソレを口にできるな」
立勇はアジは川魚と変わらない見た目だからいいとして、エビは見た目がよろしくないのか、抵抗があるらしい。
――まー、海を知らないとこうなるよね。
利民の屋敷での食事で、エビも出てきたはずなのだが。
魚介に慣れない都人を気遣って、形が分からない料理にされていた。これは料理長も都から引き抜かれた故の気遣いだろう。
だから立勇は、エビの本当の姿を見るのは初めてなのだ。
「あれ?
でも利民様の船に乗った時、魚を食べなかったんですか?」
それこそ、魚食べ放題に思えるのだが。
「川でもそうだが、船の上では火を扱うのが難しい。
ゆえに行軍同様、食糧は保存食だな」
長い航海ならばともかく、数日程度では船上調理はしないらしい。
漁師もこれに口を挟んで教えてくれたことによると、調理は水も使うので、どんな大きな船であっても、余分な水を積む余裕はないとのことだった。
火を扱わないのであれば、生という手もあるが、船上では食中毒も敵なので、生食もよほどでなければしないらしい。
そんな船の知識を得たところで、サザエもいい香りがしてきた。
その雨妹が買った中で一番見た目が不気味であろうサザエを、なんと立勇が気に入ったという。
最初は食べるのに腰が引けていたものの、一口食べたら口に合ったようだ。
――なんでも、食べず嫌いはよくないよね!
これがまた都に戻れば、魚介が食べられない生活に戻るのだから、今のうちにお腹いっぱいに食べておきたい。
「さあ、まだまだ食べ溜めしますよ!」
「……土産を買い忘れるなよ」
魚介に心を奪われている雨妹に、立勇が釘を刺した。
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