序章
後宮の下っ端宮女の雨妹は、今日も元気に掃除に勤しんでいる。
「綺麗になるって気持ちいい~♪」
鼻歌交じりに雑巾がけをしていると、回廊を誰かが歩いてくる音がする。
ゆったりとした歩みからして、誰か偉い人に違いない。
雨妹は雑巾を持って廊下の端の柱の影に寄り、頭を下げていると。
「そこ、端で丸まっているな、蹴りそうになる」
頭上から男の声で暴言が降って来た。
「なんだ、立勇か」
知っている相手だったため、雨妹は頭を上げて姿勢を崩し、柱に背を預ける。
畏まって損をした気分だ。
「掃除の邪魔だから、とっとと行きなよ」
シッシッと手を振る雨妹に、立勇はピクリと眉を寄せる。
「そうか、太子殿下より菓子を分けていただいたのだが、お前は食わんのだな」
そう言って立勇は、綺麗な紙に包まれているものをちらつかせた。
「いる、いります!」
菓子と聞いた雨妹は、コロッと態度を変える。
太子から分けてもらった菓子なのだから、きっと高級品なのだろう。
「ちょっと待って、手を洗ってくる!」
「ついでに茶を持って来い」
雑巾がけで汚れた手を洗いに行く雨妹に、立勇の声が追いかける。
この二人、もし時代が違えば、こうして気軽に接するべき立場ではない者同士である。
しかし時の流れとはわからないもので、今二人はここにいる。
そんな二人の物語を、初めから見てみることにしよう。