表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

プロローグ

プロローグ




 月明かりのない、新月の夜。

冷たく淀んだ空気は、大地をどこまでも満たし、漆黒にも近い闇夜が天を支配する。

静寂に包まれた世界の中で、まるで反旗を翻すように、赤い炎が立ち上る。




 視界は真っ赤に染まっていた。何が起きたかは分からなかった。けれど、その時「俺」は走り出していた。

 煙が視界を塞ぐ。焦げた臭気が鼻腔を掠める。悲鳴が耳をつんざく。熱気が喉を灼いていく。

それでも「俺」は走り続けた。

右手の確かな温もりを感じながら。


 大人達は「あれ」が来たのだと、絶望に満ちた顔で立ち尽くす。生きることを放棄した、諦めの顔だ。それほどの災厄が、ここに訪れたのだろう。しかし、「俺」にはそんな事はどうでも良かった。ここから逃げ出す。それが願いで、希望だった。

 大人達がこちらに気付き、逃亡を阻止しようとしてくる。その手を掻い潜り、「俺」は少女と共に走り続ける。物々しい機械を飛び越え、生命の神秘を再現した装置を横目に、ただ、ひた走った。

 その最中にも、「俺」は少女の名を呼び続けた。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。その度に、少女の可声が返ってくる。それに安堵しながらも、回数を重ねるたび弱くなっていくその声に、焦燥感を覚える。意味はないのかもしれない。けれど、拭えぬ不安を払拭するために、己の心を奮い起たせるために、声をかけ続けた。

 燃え上がる炎は、幼い身体を容赦なく灼いていく。腕も、脚も、顔も、火傷だけでは済まなかった。痣や切り傷も無数に出来ていた。それでも、少女の手は離さなかった。


 もう、独りにはしないと決めたから。ずっと二人だと約束したから。ヤクソクしたのに――――――。


「――――――っ!!!」


 声にならない絶叫が出る。目指していた出口まで、あと数歩のところで、天井が崩落した。この時だけ、意識が天井に行ってしまった。自分の安全を、優先してしまった。彼女がどんな行動に出るかなんて、分かりきっていたはずなのに。


 右手に感じていた温もりが逃げ、背中に軽い衝撃を受ける。


「――――――え?」


 随分と間抜けな声が出るものだと思った。背中に力を受けた身体は、物理法則に則って、開きっぱなしの窓から投げ出された。

 世界が引き延ばされる。全てが止まって見えた。揺れる炎も、渦巻く煙も、倒壊していく建物も、己自身も。

 咄嗟に振り返ろうとしたが、身体が拒絶するかのように動かなかった。いや、拒絶しているのは自分だ。拒んでいるのは、「俺」だ。

 振り返らずとも、分かったから。少女が何をしたのか、分かってしまったから。どんな顔をしているのかなんて、容易に想像できてしまったから。




 意識が遠のき、黒に染まっていく視界の中で、君は――――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ