『初めての…』
遅くなりましたが短編4つ目です。
次は昔書いた小説を少し直してから投稿しようと思っています。
初めてのキスは、鉄の味がした。
冷たくなっていく彼の身体は、まるで色すらも失っていくようで、世界から切り離され、見捨てられているようにも見えた。
「…可哀想な人」
それは、誰に向けて言ったのだろうか。自分の口から出た言葉なのに、何故か自分の意思とは関係なく零れ落ちたように思えた。
きっかけは些細なこと。
いわゆる一目惚れから自惚れに。
すれ違いから勘違いへ。
偶然という名の必然に。
誰かの掌の上なのか、それとも元々用意された運命なのか。
私の手を、腕を伝い、床に零れ落ちた真っ赤な液体は、彼とは正反対に生温くて、暖かくて。
そこで初めて気付く。
真っ赤な液体に堕ちる、もう一つの雫。
赤の中に一つ、透明が混じる。
─もう遅いのに。
遠く響くサイレンの音は、近づいている。
「…本当に、可哀想な人」
最期に、私は自分の意思でそう言葉を紡いだ。
赤と赤は混じり合い、むせ返るような鉄の匂いの中で。
女は世界一幸せで、世界一不幸せな笑みを浮かべていた。