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プロローグ

こんなところで泣いてどうしたの?

カイムが見知らぬ少女にそう尋ねられたのは、ギルドの任務で盛大に足を引っ張ってしまい、落ち込んで丘に寝転がっている時だった。

北の町外れにある丘には、数々の植物が咲き乱れ、その香りは心を癒してくれる。嫌なことがあるたびに訪れる彼のお気に入りの場所だった。


「君こそなんでこんなところに? ここは時々、魔物もでる危ない場所だよ。はやく家に帰ったほうがいいよ」

「それはお互い様じゃない」


貴族の娘だろうか。カイムが一生働いても買えないだろう、真っ白なシルク生地のワンピースを身にまとっている。風と踊るように揺らぐ黄金(こがね)色に輝く髪が、少女の気品さを醸し出していた。

おまけに美形であることから、相当身分が高いことが伺える。


「僕はいいんだ。魔物くらい倒せるからね」


涙をボロボロの服の袖で拭い、寝転がった時に投げ出した剣を起き上がりながら少女の前に、少し自慢げにつきだした。

どこにでも売っているであろう使い古された長剣だ。それでもカイムには何にも代え難い宝物だった。


「あなたは剣士さんなのね!」


コバルトブルーの瞳を輝かせ少女は


「じゃあ、私の騎士になってくれない?」


と言った。

騎士は、この聖都ヴァンシュタイン皇国において、貴族やそれに連なる一族にのみに与えられる称号で、カイムにはまったく縁のない言葉だ。


「無理だよ。騎士には貴族しかなれない。僕みたいな平民にはなれないんだ」


無茶苦茶な少女の提案をカイムは即座に拒否した。


「正式な騎士じゃなくていいの。私だけを守ってくれる騎士になってくれれば……」

「だから無理なんだよ。僕は騎士になれるほど偉くも強くもない。さっきも任務に失敗して泣いていたところなんだ。情けないけど僕は魔術や剣もまともに使えないし、お金もないただの子供なんだよ」

「魔物だって倒せるんでしょう?」

「それもとっさについた嘘なんだ。魔物なんて、もしあったら逃げるしかないよ……。」


すると少女は黙った。いや、カイムのなんてことのない嘘に泣きだしてしまった。

彼は焦ったが、なにも言えなかった。

雲のない、抜けるような空の下。

無言のまま、しばらくの時間が流れた。


「いたぞ〜」

「シャルロット様だ!」


静寂を切り裂く怒号のような声が遠くで響いた。

と同時に、彼女は涙に濡れた顔を上げる。


「お願い、一緒に逃げて」

「ええ!? お迎えじゃないの?」

「違うわ! 私を捕まえに来た騎士よ! 護ってくれなくてもいい……。ただ一緒に逃げてくれれば」

「騎士から逃げるなんて無理だよ、すぐに捕まる」


カイムがそう弱音を吐いたその時、


「その通りですよ。シャルロット様」


と全身甲冑の大人たちが僕とシャルロットと呼ばれた少女を囲んだ。

紋章術。

それは体や物に刻まれたルーンと呼ばれる刻印に魔素(フォルス)を流し込むことで使用できる魔術のことだ。

騎士と呼ばれる者たちは皆高いレベルでこの技術が使える。遠くにいたはずの騎士たちは息もつけないほどの速度で二人に迫れたのは、この紋章術の効力だ。


「もう逃げるのはおよしください。貴女はこれから国のために戦に行くのです。それが貴女に課せられた宿命(さだめ)なのです」


「絶対に嫌よ。もう戦場になんて行きたくない! もうあんなことしたくない」


「これ以上、我儘を申し上げないでもらいたい。これは王命なのですよ。たとえ王女であっても、逆らえないのは御自身が一番理解しているでしょう。さあ、行きますよ」


「いやぁあああああ」


「ちょっと待ってよ」


その悲鳴に置いてきぼりをくらっていたカイムは、ついつい口を挟んでしまった。まだ自分が話していた相手がお姫様だってことに動揺をしていた。

だが嫌がっている様子に加え、戦場に連れて行かれると聞いたからには後には引けない。

それはカイムが両親を戦争で亡くした故の怒りに似た感情からだった。

それに彼はギルドマスターに常日頃から言われていた。男は女を守るものだって。例え弱かろうと体を張るものだって。


「彼女嫌がっているじゃないか、やめてあげてよ」


震える足に鞭を打って、必死に騎士を睨めつける。


「おやおや。勇敢な少年だ」


その言葉を僕は最後まで聞けなかった。いつの間にか間合いに入ってきた騎士に殴られた。

いや、ただのデコピンだったが、フォルスが込められたそれは尋常ではないほど、僕を遠くへと吹き飛ばした。咲き乱れる花々とともに丘の崖の手前まで吹き飛ばされた僕は意識が混濁していた。

ごめんなさい。巻き込んでごめんなさい。

ボロボロになったカイムの様子を見て、彼女はそう繰り返した。

彼女にはなんの非もないはずなのに、土に顔を埋めた彼に何度も何度もそう叫んだ。

意識をなくなる前に、彼女が騎士に担がれ連れて行かれる様子が見えた。


「……力が」


カイムは拳を握り締めながら呟く。


「僕に彼女を護れるだけの力が欲しい……」


弱虫だったから、彼女と一緒に逃げてあげられなかった。

弱虫だったから、騎士から彼女を護ってあげられなかった。

弱い自分に悔しさが溢れた。

雲のない、抜けるような空の下。

この時カイムは誓った。

必ず彼女を護れる騎士になろうと――。


更新は気分で。

文章や表現の間違い等は優しく教えてください。

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