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男子会は密やかに

「陽輔、待て。待ってくれ」

 悲壮な声でそう訴えながら引きられて行く大井川先輩を見送りながら、ボクは深い溜め息を一つついた。

 ホームルームが終わり、カバンに教科書やノートをしまい込んでるボクのところにやって来た大井川先輩は、突如その背後に姿を現した夏川先生によって遅刻過多、及び成績不振のかどで職員室へ連行されて行くところだった。まるでアメフトの選手みたいな体格をした夏川先生は、必死に抵抗する先輩をいとも軽々と引きって行く。

 まあ仕方ない。これも因果応報いんがおうほう、普段の自分のおこないが跳ね返ってきたというだけのことに過ぎない。今日のところはこの恩恵にあずかって、久し振りの静かな下校時間を楽しませてもらおう。

 だがそう思ったのも束の間、くつを履き替え、鼻歌まじりで校門のところに差し掛かったボクは、何やら不穏ふおんな空気を感じて足を止めた。どうやらボクの高校生活は「静か」とか「平穏」という言葉には縁がないらしい。

 こちらをじっと見つめながら仁王立ちする三人の男子生徒。三人が三人ともポケットに手を突っ込み、片足に体重を掛けて威圧的な雰囲気をかもしている。

 その様子はさながら「ヤンキー」なんて単語が流通し始める前の、昭和の学園マンガに出てくる不良みたいだ。詰襟つめえりの学生服の第一ボタンを開け放ち、ツバに切れ目の入った学生帽をかぶって隣の学校の番長を待ち伏せたりするアレ。ここでザーッと一陣の風が吹き抜けて、三人の足元を一枚の紙切れが舞ってでも行ったらもう完璧だ。

「おい、一年」

 真ん中に立つ男子生徒が、不自然に作ったような低い声でボクに呼び掛けた。

 そう言われて初めて気がついたが、この人達一年生じゃない。二年生の先輩達だ。しかも大井川先輩と同じB組の。

「ちょっと顔貸せよ」

 何でか分からないが、セリフまで昭和のマンガっぽい。

 二年B組の先輩達がいったいボクに何の用なのか。その疑問に思わずまゆをひそめると、ボクの表情の変化がどんな誤解を生んだのか突然先輩の口調が変わった。

「い、いや。時間あったらでイイんだけどさ…」

 先輩達三人の態度が明らかにたじろぐような感じになっている。しかも今確かに一歩後ずさったし。

 何なんだ、この人達。強気なのか弱腰なのかさっぱり分からない。

「時間なら別に大丈夫ですケド…」

 ボクはこの場面で取るべき自分のスタンスをまったくつかめないまま、少し困惑しながら返事をする。

「じゃ、じゃあさ、ちょっと付き合わね? おま…、いや、キミにきたいコトあってさ」

 きたいコト? 先輩達がボクに?

「…分かりました」

 急に腰の低い対応になったのと、一応先輩達の依頼でもあることから、ボクは状況を半分以上把握できていないながらもこの申し出を受けた。

 学校を出ると、ボクは黙って自転車を押しながら先輩達の後に付いて行く。三人は時折こちらを振り返り、やはり一言も喋らないまま駅に向かう方向へ歩いて行った。

 もう二百メートルも歩けば駅に着く、という辺りで足を止めた先頭の先輩が、「ここでいいか?」と言いながらビルの二階にあるファミレスに親指を向ける。

 まだ夕方の早い時間ということもあってファミレスの店内はほとんど席が埋っておらず、ボク達四人は窓際の六人掛けの席を使うことができた。

 全員がドリンクバーで飲み物を調達し終わると、校門で最初に声を掛けてきた三人のリーダーとおぼしき先輩が口を開く。名前は確か石塚、とかいったような気がする。

「悪いな。付き合わせちまって」

 初めて声を掛けてきた時のあの不自然な威圧感はもう微塵もない。

「いえ…。それで、ボクにきたいコトって何ですか?」

 あらためてそうたずねられた石塚先輩は、軽く一つ咳払いをしてから話し始めた。

「つまりさ、キミに訊きたいコトって言うのは…」

 先輩はそこでいったん言葉を切ると、乾いた唇に舌を這わせてゴクリと唾を飲み込む。そんなに緊張を伴う話題なのかな。

「…あの大井川を、うまく扱う方法っていうか、コツっていうか、そういうコトなんだけど」

「うまく扱う…」

 ボクは我知らずその言葉を声に出して繰り返していた。

「うまく扱っているように見えますか…」

 思わず両手で顔を覆ってうなだれる。本当にうまく扱えているなら、今頃きっと大井川先輩と縁のない平和な毎日を送れているだろうに。

 先輩達は悲嘆に暮れたようなボクの様子に困惑しながら顔を見合わせていたが、やがて恐る恐るといった感じで口を開いた。

「だ、だってさ、この間だって内野ですら手を焼いてた大井川を教室から連れ出してたじゃん」

「あれは動物をエサで誘導したようなものですからね。『うまく扱う』うちには入りませんよ」

 そう。あれは野生動物をエサで都合のいい場所におびき出すという、極めて古典的な手法の応用に過ぎない。

「でも、それができるだけでも大したもんだと思うけどなあ」

 石塚先輩の隣に座っていた、目の細い作りかけのコケシみたいな顔をした先輩が、コーヒーカップをソーサーに置きながら嘆息を漏らした。

「うちのクラスのヤツらだって、内野以外は大井川とまともに話しすらできねぇもん」

 そう言えばボクは自分のクラスでの大井川先輩をまったく知らない。せっかくの機会だ、今後の対応に役立つかも知れないし、ちょっと情報収集しておこう。

「大井川先輩って、クラスではどんな感じなんですか?」

 再び先輩達が顔を見合わせる。やがてボクの隣に座っていた柔道家みたいな体型の先輩がボクの方に少し向き直った。

「…昨日の話なんだけどさ」

「…はい」

 何か、雰囲気が修学旅行の夜の「怖い話」大会みたいになってる。まあでも同じようなものかも。

「大井川が古文の宿題忘れてきたんだ。」

 あの人のエピソードにしては、ずいぶんとマイルドな出だしだ。

「それで先生が、忘れた理由は何だっていたんだけどさ、あいつ『宿題が出されてたのに気づきませんでした』って言ったんだよ。面と向かって」

 よく分からない。「出されてたことに気づかない」ってどういうコトだ?

「あいつ、その前の授業でボーッと考え事してて、先生の話を聞いてなかったらしいんだ。それで宿題が出てたこと自体が記憶になかったらしい」

「…つまり『忘れた』んじゃなくて『そもそも聞いてなかった』んだと?」

 ボクは内心で新卒間もない女性教師である古文の宮原先生に同情しながら今の話の内容を確認した。

「そ、宮原先生、泣きそうな顔になってたぜ」

「分かる気がします。大井川先輩の場合は言い訳とか作り話じゃなくて、本当にそうだから始末に悪いんですよね」

 先輩達三人がうんうんと無言で頷く。

「もしキミが宮原先生の立場だったら、その時どうした?」

 石塚先輩が興味津々(きょうみしんしん)といった風にボクの方へ身を乗り出した。

「簡単ですよ。その時の分も含めた、二倍の量の宿題をあらためて出します。また忘れたら更に二倍です」

 コーラを一口飲んで喉を潤してから、ボクは冷徹に言い放った。

「大井川先輩が宿題をやってくるまでそれを繰返します」

 三人はおののいたような顔でボクをじっと見つめている。

「皆さん、要はですね…」

 ボクはいつの間にか空になっていた自分のグラスをテーブルに置くと、この二ヶ月で身に付けた貴重な教訓を披露した。

「大井川先輩を人間と思わないことです。犬に対するしつけと考えれば、何とか道はひらけます」

 石塚先輩がスクッと立ち上がると、何か吹っ切れたような顔でボクに言った。


「師匠、お代わりお持ちしますよ。ここはオレらがおごりますから」

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