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引いて楽しいアミダくじ

「それにしても彩音ちゃん、急に家に来るなんてどうしたの?」

 嬉しそうにストロベリー味のアイスにいそしむ彩音ちゃんに、ボクはしたかった質問をようやく投げ掛けることができた。

 かたわらでは大井川先輩と内野先輩が、それぞれ「巨乳好き……」とか「六冊も……」とか、意味不明なつぶやきを漏らしながら黙々とアイスを口に運んでいてなんだかコワイ。

「明日から夏休みでしょ? だから志望校近くの陽ニィの家で勉強したいって、お父さんに頼んだの」

「志望校?」

 どういうことだ。彩音ちゃん、中学受験でもするのか?

「うん。水澤学園中等部」

「「「なんですとぉぉぉ!?」」」

 横で話を聞いていた先輩ズまでが驚きの声に参加する。

 ボク達の通う水澤学園は、中高一貫の私立だ。その中等部を彩音ちゃんが志望してる?

「合格できたらここから通えばいいって、陽一オジさんも言ってくれたよ」

 おいバカ親父。そういう話はボクにもしておけ。

「こ、ここから通うって、つまり陽輔と一つ屋根の下……」

 大井川先輩がワナワナと唇を震わせながら指摘した事実は、ボクにとっても少し頭の痛い問題だった。少なくともボクが高校を卒業するまでの二年間、場合によってはたっぷり六年間、親戚とはいえ年頃の女の子と一緒に暮らすというのか?

「わ、私もここから学校に通う!!!」

「なにトチ狂ってるんです!?」

 すっかり冷静さを無くした大井川先輩にツッコミを入れたボクは、ふとこの状況の発端に思いを巡らせた。

「そもそも先輩達、今日なんでウチに来たんでしたっけ?」

 そのボクの質問に、なぜか彩音ちゃんがピクリと反応する。

「そう言えば夏休みの計画、何も立ててないねー」

 内野先輩のお疲れ気味のボヤキに、ボクはやっと今日の本来の目的を思い出した。

「夏休みの計画!? ねえ陽ニィ、それ何、何!?」

「彩音ちゃん、実はね……」

 さて、食い付き気味の彩音ちゃんに、あのメンドクサイ経緯いきさつをどう説明しようかと頭を悩ませていたボクの代わりに、内野先輩がカクカクシカジカ、ヒシャヒシャウマウマと事情を説明してくれる。

「納得いきません」

 内野先輩の説明に、彩音ちゃんが頬をぷうっとふくらませて異を唱えた。

「つまりお二人は、婚約者の私を差し置いて陽ニィを海だの夏祭りだのに連れ出すつもりなんですか?」

「陽輔え!!!」

 うわっと、ビックリした。急に大きな声出さないでくださいよ、大井川先輩。

「もう我慢ならん! この子の言うコトは本当なのか!?」

「『婚約者』っていうくだりのコトですか?」

「そうだ! 私に黙って婚約などと、こんなムゴイ裏切りがあるか!」

「別に大井川先輩を裏切ったおぼえは毛頭もうとうありませんけどね……。まあ、小さな頃にそんな約束をしました」

 そう言いながらボクは、両親の留守をさみしがって泣く小さな彩音ちゃんをなぐさめるために、将来お嫁さんにすると指切りしたことを少し懐かしく思い出していた。

「ほらね。嘘じゃなかったでしょ?」

 得意気とくいげな彩音ちゃんが、大井川先輩にトドメの一言をつきつける。トドメを刺された方の大井川先輩はと言えば、まるで「orz」さながらに床に両手をついてガックリとうなだれた。

「ねえ彩音ちゃん」

 今まで黙ってことの成り行きを見守っていた内野先輩が、突如とつじょ静かに口を開く。

「夏休みのこと、私達にもチャンスをくれない?」

「チャンス?」

「そ、夏休みの間にヨーちゃんと仲良くなるチャンス」

 彩音ちゃんはマセたしぐさで腕を組みながらじっと内野先輩の目を見つめ返した。

「あげなきゃいけない理由、なにも思い付かないんですケド……」

 それを聞いた内野先輩が、ちょっと意地悪な調子で彩音ちゃんに笑いかける。

「こわい?」

「……え?」

「彩音ちゃんは、『四年たったら賞味期限ギリギリ』のお姉さんたちにヨーちゃんを取られるのがコワイのかな? さっきまでの自信はドコに行っちゃったのかな~?」

 内野先輩、ダメですよ。いくら彩音ちゃんが小学生でも、さすがにそんなミエミエの挑発には乗らないと思います。

 ……ところで、賞味期限ギリギリって何のコトですか?

「こわくないもん……」

 けれど予想に反して、彩音ちゃんが上目使いに内野先輩をにらみながら張り合う気配を見せた。ちょっと口を尖らせているところなんかは、やはりまだ子供だなあと思わせる。

「こわくなんかないもん! 誰とデートしても、陽ニィは私のコト選んでくれるもん!」

「うん。それなら……!」

 まんまとノセられた彩音ちゃんに、内野先輩がピッと親指を立てて見せた。

「『夏休み ヨーちゃん争奪デート大会』を開催しよう!」

「「デート大会!?」」

 その言葉に、彩音ちゃんばかりか、魂が抜けたみたいになっていた大井川先輩までが食い付き気味に反応する。実のところ、このボクだってちょっと冷静じゃいられないネーミングだ、その企画。

「そ。公平にくじを引いて『海』、『夏祭り』、『花火大会』の三つのイベントに、三人それぞれがヨーちゃんと一緒に行くの。それで、夏休み終了時にヨーちゃんから誰を選ぶか発表してもらおう」

 ちょっと待ってください、内野先輩。なんですか、そのボクの胃を拷問にかけるような企画。

「ま、待ってください、内野先輩。それって、つまりボクは夏休み中に、この三人の中から誰かを選ばなきゃならないってことですか?」

「そうだよ? それともヨーちゃんがホントに好きな人って、この三人以外にいるの?」

「なにぃ!? 陽輔、みかっち以上の巨乳の知り合いがまだ他にもいるというのか?」

「陽ニィ! カワイイ従妹(イトコ)との結婚の約束を破るなんてサイテーだよ!?」

 ダメだ、まさに四面楚歌。ボクの味方は誰一人だれひとりとしていやしない。しかも大井川先輩の非難は意味すら分からないし。

「はい! というわけで、くじ引きくじ引き~」

 さっきまでとうって変わった高いテンションで内野先輩が号令をかけた。

「よし! アミダだ、アミダ!」

 大井川先輩も復活。ボクの机の上の紙に手を伸ばすと、三本の直線とそれを繋ぐ梯子はしごを大雑把な手つきで書き付けていく。

「よし。陽輔、最後に線を一本書き加えろ」

 抽選結果が記された部分を折り返して隠した紙を、大井川先輩がボクにずいっと突きつけた。

 もはや抵抗する気力すら失せたボクは、投げやりに線を一本追加して紙をテーブルの中央に滑らせる。

「はい。じゃあまず彩音ちゃんから選んで」

 内野先輩に促され、彩音ちゃんが真ん中の線の上に「彩」と鉛筆で書き付けた。

「じゃあ次はさっちゃん」

 そう言って紙を差し出す内野先輩に首を振って見せながら、大井川先輩はずいとテーブル上の紙を押し戻す。

「私は最後がいい。『残り物に和服ガール』って言うしな」

 相変わらず何を言っているのかゼンゼン分からないな、この人。

「じゃあ、お先に」

 内野先輩が左の線の頭に「美」と丸っこい字で記入。そうか、内野先輩の下の名前「美佳子」だったっけ。

「残った右が大井川先輩ですね。では結果発表~」

「ヤル気なさげにハショるな! ちゃんと私の名前も書き込ませろ!」

 ボクのダルそうな結果発表宣言に、大井川先輩が猛然と抗議の声を上げた。

「もう、メンドクサイなぁ。じゃあ早くしてください」

「め、メンドクサイ!?」

 目を丸くして心外そうな声を出す大井川先輩が、最後に残った右の線の頭に「里」と書き込む。それはいいのだが、その「里」の字がまたムダに大きい。ざっと見、他の二人の字の四~五倍はある。いったい何アピールなんだ?

「じゃあ、今度こそいっくよ~?」

 

 内野先輩が張り切って開いたアミダの抽選結果は、ボクの夏休みどころか、その後の人生そのものに大きな影響を与えた。

 この年の八月三十日、家に帰る彩音ちゃんを駅で見送るボクが彼女に何と伝えたか、もしもこの時のボクがそれを知り得たなら、きっとショックのあまり高校を中退したんじゃないだろうか……。

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