女子会は火花を散らして
「い、従妹だと……?」
さっちゃんが膝の上で握りしめた拳をプルプル震わせている。
「はい。廣沢彩音、十二才。小学校六年生です。私の父が、陽ニィのお母さんの弟なんです」
うん、このプロフィール自体は問題ない。問題は最初の自己紹介でこのコが言っていた内容だ。
「ね、ねぇ彩音ちゃん。さっきあなた、ヨーちゃんの婚約者って……」
「ええ。言いましたが何か?」
私の質問に臆する様子もなく堂々と答えを返す彩音ちゃん。
こうしてあらためて見ると……、カワイイ。この子を見た第一印象といえばその言葉しか浮かばない。
ツインテールに結わえた髪と、タンクトップにちょっと背伸びをした短いスカートがかえって年相応の活動的な魅力を感じさせるし、くりっとした大きな瞳はどことなくヨーちゃんと似た面影を湛えている。
「ふざけるなぁ! そんなコトが認められるかぁ!!!」
「どうして私と陽ニィの婚約に、大井川さんの承諾が必要なんですか?」
涙を浮かべながら動揺するさっちゃんと、冷静に反論する彩音ちゃん。これじゃあどっちが小学生だか分からないなぁ。
私は今、生まれて初めて男の子の部屋に入るという、年頃の乙女としてはかなり重要なイベントを実施中のハズなのだが、私の胸はなぜか「ドキドキ」というよりは「ハラハラ」のせいで激しく鼓動していた。
ヨーちゃんの部屋の床には、私こと内野美佳子とさっちゃん、そしてヨーちゃんの婚約者を名乗る少女、廣沢彩音ちゃんが輪になって座っている。
この部屋の主であるヨーちゃんは「女同志の話し合いがあるから、コンビニで飲み物でも買ってこい」というさっちゃんの命によって部屋から強制退去中だった。ここ、ヨーちゃんの家なのにカワイソウ。
しかもさっちゃん「少し時間が欲しいから、最短距離を行かずに巻き貝の殻みたいにグルグル廻りながら行ってこい」なんて拷問みたいな指示までしてた。ヨーちゃんも、さすがにそれには「絶対熱中症になるので却下です」って言ってたケド。
「陽輔の未来の妻は私だぞ!」
さっちゃんの駄々っ子みたいな声が響き渡る。ヨーちゃんのお母さんが買い物に出掛けてて助かった。
「それは陽ニィが言ったんですか?」
彩音ちゃんはまったく動じることなくそう訊き返す。
「え?」
訊き返されたさっちゃんの方がよっぽど動揺してる。なんかもう勝負あったって感じだよ、さっちゃん。
「……陽ニィが大井川さんを奥さんにすると、自分でそう言ったんですか?」
「……うっ!」
言ってないねえ。まあさっちゃん、ヨーちゃんには「手のかかる姉貴」みたいに思われてるフシがあるからなぁ。
「……ねえ彩音ちゃん。彩音ちゃんとヨーちゃんは、いつ結婚の約束したの?」
私はさっちゃんが答えに詰まっている隙をついて彩音ちゃんに質問した。
「その質問にどんな意味があるのか分かりませんが……。私が幼稚園の時ですよ。陽ニィは小学校三年生でした」
なるほど。子供の頃によくある、従兄妹同志の可愛らしい約束というわけだ。でもそれをわざわざあげつらうなんて、ちょっと大人気ない気がしてできない。
「だいたい、親戚同志で結婚なんかできるワケないだろう!?」
でも、こうやってさっちゃんみたいにムキになって反論するのも、それはそれで大人気ないか。
「大井川さん、日本の法律では四親等以上離れていれば結婚はできるんですよ。知らないんですか?」
彩音ちゃんのさっちゃんを見る目が、だんだん憐れむような感じになってきてる。
「み、みかっち。そうなのか……?」
「うん、一応ね。『イトコ婚』って言葉もあるし……」
私はすっかり落ち着きを無くしたさっちゃんに、仕方なしにそう答えた。
「い、イトコ婚……。なあみかっち、糸コンニャクと白滝の違いって何だろうな?」
ゴクリと唾を飲み込みながら、震える声でさっちゃんが呟く。
ダメだ。さっちゃん、完全に動揺してる。
「そ、そうだ。だいたいキミと陽輔では年の差が……」
「四歳差なんて、ごく普通じゃないですか。芸能界じゃあ十歳、二十歳差なんて珍しくもないし」
はあっ、と溜め息をつきながら彩音ちゃんが言い切った。
「よく考えてください。陽ニィが二十歳の時、私はちょうど食べ頃の十六歳ですよ? かたやお二人は、賞味期限ギリギリの二十一歳ですよ? まったく勝負にならないじゃないですか」
た、食べ頃って……、今時のお子様って発言がダイタン過ぎ。しかも二十一歳って「賞味期限ギリギリ」なの? 女の賞味期限、彩音ちゃんの中でちょっと短か過ぎじゃないかな。
「そもそも大井川さん、陽ニィの好みのタイプとは思えないんですけど……」
彩音ちゃん、もうやめてあげて! これ以上さっちゃんにダメージを与えないで!
「なんでキミにそんなコトが分かるんだ!」
「分かりますよ。陽ニィが持ってるエッチな本に載ってる人達、ぜんぜん大井川さんと違うタイプの人ばっかりですもん」
「何!?」
「え!?」
思わず私まで反応しちゃった。
ダメダメ! この上私まで動揺しちゃダメ! ヨーちゃんだって年頃の男の子だもん。そういう本の一冊や二冊、持ってて当たり前だよ!
……それにしても彩音ちゃん、ソレは暴露しちゃいけない情報じゃないのかナァ。
「既に六冊検分済みなので、かなり精度の高い情報ですよ、コレ」
いやあぁぁぁ!!! 六冊うぅぅぅ!!!? ヨーちゃんのバカ、エッチィィィ!!!
「ふっ! この目で見るまでは信じるワケにはいかないな……」
さっちゃんがプルプル全身を震わせながら何とか強がる。
「別にいいですよ。じゃあ見てみますか? 陽ニィ、こういう本の隠し場所にヒネリがないんですよねぇ」
「ちょっとぉ!? ダ、ダメダメダメえぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~!!!」
何食わぬ顔でヨーちゃんのベットマットの下に手を差し込もうとする彩音ちゃんを、私は必死の思いで制止した。
「……そう言えば」
彩音ちゃんが自分の腕に必死に手をかける私を値踏みするように見つめる。
「私としては大井川さんより、こちらの内野さんの方が陽ニィ争奪戦のライバルとしては強敵な気がします」
「え、私?」
彩音ちゃんの意外な言葉に思わず固まった。
「はい。陽ニィの持ってる本、内野さんみたいにムネが大きくてカワイイ系の人が載ってるのが多いんですよ。内野さん、お見受けしたところEくらいありますよね?」
ちょっとぉぉぉ! ヨーちゃんのバカァ!!!
「内野さん、大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよ」
彩音ちゃんがケロッとして言う通り、私の顔はポカポカと火照っていた。さっちゃんはさっちゃんで、口を半開きにして魂が抜けたみたいな顔をしてるし。高校二年の女子二人が、小学生の女の子一人に手もなく捻られ翻弄されている。
「そ、そんなコトを言うんなら……」
さっちゃんが最後の力を振り絞って口を開いた。
「…キミだって陽輔の好みのプロポーションではないというコトじゃないのか!?」
「私はまだ発展途上ですし。それに私、今でもBありますよ? 大井川さんはA? あ、もしかしてAAとか……?」
この子まったく動じない! それどころかさっちゃんに絶大な威力のカウンターをお見舞いしてる。
「こ、こう見えたって、私だってBはあるんだ~!!!」
もう本気で泣き出しそうになっているさっちゃんが微妙なカミングアウト。もうそろそろタオル投入のタイミングだろうか。
「ただいまー」
自分の家に帰ってきたというのに、まるで職員室の扉を開けたかのようなこの気の重さ。あの三人、ボクの留守中ケンカとかしてないだろうか。
コンビニのレジ袋を片手に自分の部屋の扉を開けたボクは、床の上に死体のように横たわる大井川先輩の姿に思わずビクッとした。内野先輩は内野先輩で、放心したようにペタンと座り込んでいるし。
「あ、お帰り陽ニィ。アイス買ってきてくれた?」
ただ一人目の焦点があっている彩音ちゃんが元気よくボクを迎える。
「う、うん……。 彩音ちゃん、この惨状はいったい?」
「うーん、よく分かんない。三人でお話ししてたら、二人ともなんかグッタリしちゃったの」
ボクと彩音ちゃんの会話に、先輩二人がやっとこちらに視線を向けた。
「き、巨乳好き……」
「ろ、六冊……」
いまだ目の焦点が定まらない二人の先輩が、ボクを見ながら恨めしそうに呟く。
ちょっと二人とも、コワイですってば! いったい「女同志の話し合い」で何があったんですか?




