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決して負けられない闘いが、そこに。

 ボウリングって楽しいよね?

 家族でワイワイ。

 友達(みんな)でガヤガヤ。

 恋人同士でキャッキャ、ウフフ。

 そう、ボウリングって楽しい。楽しいハズなんだ。

 ではなぜ、今ボクはボウリングをしているのに楽しくないのか? 冷や汗を流しながらレーンに立ちすくんでいるのか?

「分かっているな陽輔。七ピン以上倒さないとお前の負けだぞ?」

 そう、言わずと知れたこの人のせいだ。

「大井川先輩こそ分かってますか? 逆に八ピン倒せばボクの勝ちなんですよ?」

 先輩の魂胆こんたんなど見え透いている。ボクに精神的プレッシャーをかけて、勝負を自分に有利に運ぶつもりだ。

「そんなガクガクとあしを震わせている男に何を言われようが、まったくもってでもないな!」

 ボクのあしの有り様に関して言えば、実に悔しいコトだが大井川先輩の言う通りだった。問題はたとえ先輩の魂胆こんたんを見抜けても、プレッシャーはプレッシャーでちゃんとかかってしまうということだ。

 それにしても、一応は先輩だって女子の端くれなんだから「()」なんて言葉を使わないでほしい。腐っても鯛。端くれでも女子。でしょ?

「ヨーちゃんしっかりー。ふぁいとぉー!」

 殺伐さつばつとした雰囲気の中、内野先輩のホンワリポワポワした声援が飛ぶ。

「ヨーちゃんって呼ぶな、みかっち!」

 今度は大井川先輩が動揺してる。うん、ちょっと溜飲りゅういんが下がった。

 だがさすがは大井川先輩、光速の立ち直り。クルリとボクに向き直ると、ケーキ屋のショーウィンドーを覗き込んでいるような顔で更にプレッシャーをかけてくる。

「フフフ、陽輔。無駄な抵抗はやめて早く楽になれ。どのみちその様子ではろくにボールも投げられまい」

「く、くっそおぉぉぉぉー!!!」

 先輩の余裕タップリな口振りに思わず絶叫してしまった。こんな屈辱、小二の時にクラスみんなの前で自分の給食を床にぶちまけて以来だ。

「ふはははは! いいぞ陽輔! 普段クールなお前がそこまで感情をむき出しにするとはな! もっとだ。もっとたけれ! そして暗黒面に染まり、我が手に落ちるがいい!!!」

「いったいドコのラスボスですか、あなた!!!」

 もはやあれだ。ボク達のこのレーンだけ別世界だ。

 従業員は客同士のトラブルか何かといぶかしんで、さっきから何度もカウンター越しにこちらをチラチラ見ているし、隣のレーンの小さな女の子を連れたお父さんなんかもうドン引き。女の子の方だけは楽しげに笑っているのが、ボクにとっては唯一の救いだった。




 さかのぼること二時間前。

 ショッピングモール内にある書店でやっと目当ての本を探し当てたボクは、ちょっとホクホクした気分で専門店が並ぶ通路を散策していた。

 欲しかった本が家の近くの書店で見つからず、思いきって埋め立て地にあるこのショッピングモールまで来た甲斐があったというものだ。せっかく足を伸ばしたんだし、ついでに他の店舗も色々見て回ろう。

 そんな気を起こしたのが運命の歯車の最初のズレ(・・)だった。

 何やら遠目に見ても全体にピンクッぽいファンシーな雑貨屋の前を通り掛かった時、ボクの耳にどこかで聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「あ! さっちゃん、コレコレ。コレかわいーよ?」

 この聞いただけでいやされるポワポワ声は……。

 しかし次の瞬間、声の主が呼ばわった相手の名前がボクの頭に嫌な予感を喚起かんきする。

 …さっちゃん、とな?

 思わず立ち止まって目だけで声のした方をうかがうと、果たして内野先輩がウサギの形をしたリングピローらしきものを手にして目をキラキラさせているところだった。

 どこかで聞いた話だが、第六感の鋭い人は他人の視線を肌で触覚のように感じ取るという。

 きっと内野先輩もそうなのだろう。まるでボクの視線に反応したみたいにリングピローから顔を上げると、結構な人混みにまぎれているハズのボクにピタリと目の焦点を当てる。

「あ、ヨーちゃん!」

 …遅かった。

 「呼ばないで」というゼスチャーをするひまもなく、内野先輩がボクの名前を呼びながらこちらに手を振ってしまった。

 いや、内野先輩だけならイイんですよ。むしろこんなところでお会いできて光栄なんですよ。だけど内野先輩さっき……。

 内野先輩の声に、こちらに背を向けていた黒髪の女性がボクの方を振り向く。

「ん?」

 振り向く前から正体は分かっていたけど、大井川先輩と目が合った瞬間は、色々ともう人生をあきらめたくなった。

 何でこんなところに来てまで大井川先輩と鉢合わせ? 平和だったはずの休日が、ものの三十秒で急転直下だ。

 ちなみに、黒いカットソーにベージュのストレッチパンツ姿の大井川先輩は、大人っぽくてちょっと綺麗だなんてコトは断じて考えてない。考えてないんだからね!

 さあ陽輔、決断の時だ。素早く次の行動を選択しろ。

 …というわけで決断した。選択の結果は「駐輪場に一番近い出入り口まで猛ダッシュ」。大袈裟じゃなく、その時のボクのスピードはきっと高校総体だって狙えたはずだ。

 もどかしい速さで開く出入り口の自動ドアをくぐり抜けた次の瞬間、背後から細い、だがムダに力強い腕に羽交い締めにされた。そう言えば「柔術」とかいう格闘技やってるんだっけ、この人。

 ああ、さらば、ボクの平和な休日。

「よーすけ~。何をそんなに急いでいる?」

 上っ面だけ甘い大井川先輩の声がボクの耳をくすぐる。

「……いや、なぜか突然全力疾走したい衝動に駈られまして」

「そうか……」

 ボクの体に回された先輩の腕に、気持ち力が加わった。

「……偶然だな。私も今なぜか、この腕に全力を込めたい衝動に駈られているんだ」

「ゴメンナサイ。ボクが悪かったです、ゴメンナサイ」

 ようやく大井川先輩のいましめが解かれたところに、内野先輩がトテトテと追い付いてくる。

「あはは。ヨーちゃんやっぱり捕まってる。前にも言ったじゃない。『どの道、地球の果てまで追い掛けられるよ』って」

 そう言えば、確かにそんなコト言われましたね、前。

「ヨーちゃん。せっかく会ったんだし、三人で遊ぼうよ」

「そうだな。私を見て逃げ出すなんて失礼な振る舞いをした埋め合わせに、少し付き合ってもらうことにしようか」


 …ボクに言わせれば、大井川先輩には相手が自分を見て逃げ出す理由について少しかえりみて欲しいところなんだが……。


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