ラブコンサルタント 里美
大田こずえさん。
コケシさんはボクに「大田さんを知っているか」と質問したが、それは愚問というものだ。なぜなら大田さんのクラスは一年B組。つまりボクのクラスメイトなんだから。
しかしコケシさんがそう質問したことを笑うワケにはいかない。それくらい大田さんという子は目立たない。
大田さんという女の子を一口で説明すると、まず真っ先に浮かぶ形容詞は「無口」だ。とにかく無口。喋らない。静か。大人しい。
…どこかの誰かさんとは大違いだな。
同じクラスであるボクでさえ、大田さんの声を聞くのは授業中に彼女が指された時くらいで、その声も彼女の左後ろの席に座るボクまでやっと届くかどうかというボリュームだ。もしかしたらうちのクラスの人でも、席が離れた人達は彼女の声を聞いたことがないんじゃないだろうか。
顔も取り立てて可愛いとか、美人とかいうワケじゃない。ただ少し目尻の下がった瞳のキレイな目は印象的で、男から見ると守ってあげたくなるタイプなのは確かだ。
「逆に、古屋先輩よく知ってましたね、大田さんのこと」
ボクにしてみればそっちの方が驚きだった。
「委員会が同じなんす。美化委員会…」
「なるほど、そこが接点ですか。それで前提条件を確認しておきたいんですが、先輩は大田さんに告白したいとまでは思っていない、ということでいいんですか?」
ボクの質問に、コケシさんの顔がみるみる蒼くなっていく。
「こ、告白なんてとんでもないっす。オレはただ普通に大田さんと話ができれば…」
コケシさんが震える声でそう言ったとたん、ボクとコケシさんが座るベンチの後ろにある植え込みが急にザワザワと蠢き始めた。
野良犬か?
そう思ってボクが振り向くと同時に、植え込みからいきなり何かがガサッと飛び出す。
「コケシぃー! このバカ者があぁぁぁーーー!!!」
そう絶叫しながら飛び出してきたのは、頭を葉っぱだらけにした大井川先輩。
ああ、大井川先輩も古屋先輩を「コケシ」って呼ぶんだ。…ていうか、バカ者はあなたの方ですよ、どう考えても。
「女にホレたんなら、ハッキリと想いを伝えんか! このヘタレが!!!」
大井川先輩は植え込みの中に仁王立ちしたまま、ビッとコケシさんに人差し指を突き付けた。かたやコケシさんの方は、あまりの非現実的な光景に口を半開きにしてフリーズしている。
まあそれはそうだ。こんな登場のしかたをする人なんて、今時マンガにだって出て来やしない。
「大井川先輩、あなたいったい何やってるんです?」
ボクは飽きれも驚きも通り越してコケシさんの心境を代弁した。それに何より…。
「そもそも他人様の恋愛話を盗み聞きするなんて、やっていいことと悪いことがありますよ」
そう低い声で先輩を諌めながらボクは目を細めて見せる。
「い、いやそれは…、その…」
ついさっきまでの勢いもどこへやら、大井川先輩がしどろもどろで何事か弁解しようとした。ボクは躾の効果を上げるべくさらに追い討ちをかける。
「まずはその植え込みから出て下さい。ボクが公共物破損で通報しなきゃならなくなる前に」
ボクの冷徹な警告に、大井川先輩が追い立てられた野うさぎみたいに植え込みから飛び出て来た。
「違うんだ、陽輔。盗み聞きするつもりなんかなくて、用があって陽輔の跡をつけてたら、ちょっと声をかけにくい雰囲気になったから、その…」
「それで忍者みたいに植え込みに隠れたと? …ところで『ストーカー行為等の規制等に関する法律』ってご存知ですか?」
ボクは先輩の頭や肩についた葉っぱを手で払う。ただし目は細めたまま。
「わ、私はストーカーなんかじゃないぞ!」
「警察に捕まったストーカーはみんなそう言うらしいですね」
「違うんだ、陽輔ぇ…」
大井川先輩が目に涙を溜めて必死に訴えるが、よく考えると何も違わない。いや、よく考えなくても違わない。
…けどまあ、そろそろ赦してあげるか。どうせこの人の場合は、陰湿な悪意や執着とかじゃなく、ただ犬が飼い主の後を追うようなシンプルな心理だろうし。
「分かりました。ボクの跡をつけたコトは赦します。けど古屋先輩の秘密を盗み聞きしたことはまた別ですよ」
「…分かっている」
ションボリした先輩が、意外と素直に認める。
「すまないコケシ、このことは絶対口外しないから…」
だが謝られた方のコケシさんは、茫然自失といった感じで先輩の謝罪も耳に入らない様子だ。
「あ、あの。古屋先輩?」
「…師匠、オレもう終わりっす」
コケシさんが焦点の定まらない目でボクに訴えた。
「よりによって大井川にこのコト知られるなんて…」
「ま、まあでも古屋先輩、大井川先輩も口外しないと誓ってますから…」
ボクはこの状況を何とかプラスに転じようと頭を巡らせた。
「そうだ先輩。大井川先輩も一応は女子なんですから、この際意見を聞いてみましょう」
「今の言い方は聞き捨てならないぞ、陽輔!」
大井川先輩が猛然と不平を表明する。
「失礼しました、訂正します。…大井川先輩も一応は人間なんですから、意見を聞いてみましょう」
「うわあぁぁーーーん! もっとヒドくなってるうぅぅぅ!!!」
大井川先輩がボクの肩をポカポカと叩く。
痛いなあ、先輩。ボク、今それどころじゃないんですよ。
そう、実際このコケシさんから提示された問題はボクの手に余る。女子との三文字以上の単語を使用した会話が不可能なコケシさんと、極端に無口で大人しい大田さんを普通に会話させるなんて、ボクにとってはリーマン予想に取り組むに等しい難題だ。
「大井川先輩。そんなことよりいい考えないんですか?」
「そんなこと? 私の女子としてのプライドに関わる問題がそんなこと!?」
「すいません。謝りますから、もう。女子の立場から何か知恵を貸して下さい」
ここはちょっと下手に出てみる。今の状況では、女性視点の意見は確かに貴重だ。サンプルの平均値からの外れ率はこの際目をつぶろう。
「むう。女子の立場からか…」
女子扱いが復活して、ちょっと機嫌を直した大井川先輩が少し考える素振りを見せた。肝心のコケシさんの方は、大井川先輩の参戦を承諾したというよりは、なんか色々諦めたような顔になっている。
「…そのコケシの好きな大田さんというのは、どんなタイプの子なんだ?」
「それが、ボクと同じクラスの子なんですけど、スゴく大人しい子なんですよ。ボクだって大田さんが喋るのをほとんど聞いたことがないくらいくらいです」
「ふむ。だとすると、女子を前にするとまともに喋れないコケシとは会話が成り立ちにくいな」
大井川先輩って勉強はからっきしだけど、こういうコトは的確に状況判断できるんだな。
「なら手紙だ」
大井川先輩がファミレスでメニューを注文するみたいに、こともなげに言いきった。
「「手紙?」」
ボクとコケシさんの声が見事にシンクロする。
「そう。手紙で告白すればいい、コケシ。思いの込もった手紙をもらって嬉しくない女子はいないぞ」
「だ、だから、オレは告白までする気はないって…」
「はっきり言うぞ」
慌てて反論しようとするコケシさんを制して、腰に両手をあてた大井川先輩がビシッと言い放った。
「正直今のコケシでは、面と向かってその子と日常会話をするよりも、手紙で思いを伝える方が百倍楽だ」
ま、まあそれは確かに。そもそも会話ができないんじゃ、その日の天気の話題すらおぼつかない。その点手紙なら一度書いてしまえば、後は渡す時の勇気を振り絞れば済む。
「だけど、いきなり告白っていうのはちょっと…」
大井川先輩の勢いを見てると、不安のあまりボクまで気弱な発言が出る。
「なら手紙に日常の話題を書いて渡すのか?」
大井川先輩がボクをジロリと睨んだ。何だかあっという間に形勢が逆転してる。
「それじゃあただの変なヤツじゃないか。そんなモジモジしてるから、いつまでも私の愛を素直に受け入れられないんだ、陽輔」
「ちょっと先輩、何をドサクサに紛れてボクに矛先向けてるんです?」
先輩のあちこち尖った愛なんて受け入れられますか。
…それから、あなたより変な人なんてそうそういませんよ?




