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陽輔、人生最大のムダ情報 ~大井川里美の下着事情~

 午後十一時半、就寝前。

 ボクはこのベットに入ってから眠りに落ちるまでの時間がことのほか好きだ。お気に入りの本を読むもよし、一人静かに物思いにふけるもよし。誰にも干渉されな…


 ブゥゥゥーン…


 …誰にも干渉されない、この貴重な時間がボクの唯一の…


 ブゥゥゥーン、ブゥゥゥーン…


 スマホが枕元で震えている。誰だ、ボクの貴重な時間を邪魔するのは。…まあ、くまでもないような気はするが。

 震えるスマホを手に取ると、予想通り発信者は大井川先輩。だが今日は無下むげに電話を無視するわけにはいかなかった。夕方、電車の中でヤンキーにからまれているところを先輩に助けられた今日は。

「もしもし」

 なぜか夜中だと、自分一人しかいない部屋でも声が小さくなる。

「…も、もしもし」

 …先輩の声の調子がいつもと違う。普段は電話越しでも鼓膜をつんざくばかりの勢いなのに。

「先輩、今日はすいませんでした。何の役にも立たないばかりか、先輩に助けてもらっちゃって」

 男としてはちょっとバツが悪いが、今日の電車でのことはちゃんとお礼を言わないと。

「じ、実は、電話したのはそのコトなんだが…」

 何だろう、ドキドキする。ボクがあんまりケンカ弱いから、自分と一緒にお祖父さんから柔術を習え、とか言い出すのかな? 言い出しそうだな。

「…ついさっき、ふと思ったんだ」

「な、何でしょう」

「…もしかして………、み、見えてたか?」

 …え、見えた?

「何がですか?」

「つ、つまりその…、脚を振り上げた時に、その………」

 そこまで言われてやっと思い至った。先輩が言ってるのはおそらく、女性の秘めやかな部分を覆う一枚のはかなげな布のコトだ。

「見えてません」

 即答だ、ここは。変に間を空けたら命に関わりそう。

「本当か!? 本当に見えなかったか?」

「本当です」

「よ、よかった」

 先輩の心底ホッとしたような声がする。

「もしあんな黒のレースなんか陽輔に見られてたら…」

「…え?」

 今思えば迂闊うかつだった。

「先輩、今日は白と水色のボーダーでしたよね?」

 沈黙が垂れ込める。

 少し遅れてようやくカマをかけられたことに気付いた。先輩、ズルい。

「やっぱり見えてたんじゃないかああぁ!!!」

 はい、実は見えてました。実際あの時は先輩の舞うような戦いっぷりに見とれてそれどころじゃなかったんだけど。

「落ち着いて下さい、先輩。あれは不可抗力で…」

「違うんだぞ…」

 先輩の声が涙声になっているのは気のせいだろうか。

「はい?」

「今日のは違うんだ! いつもはもっとカワイイの穿いてるんだからな!」

 こう言っては何だケド、ものスゴくどうでもいい。

「そ、そうなんですか。でも今日のもカワイかったですよ」

 動揺のあまり、ついいらないコトまで口走った。違うんです。単なる先輩に対するフォローなんです。

「………」

 うわあ~。先輩、そこで黙らないで下さい。沈黙が痛い。

「…ああいうのがイイのか?」

「え?」

「陽輔は、ああいうのが好みなのか?」

 こんな日付が変わろうかという時間帯に、何て答えにくいアンケートを取るんだ、この人。

「いや…、イイって言うか、悪くないって言うか…」

「そうか…」

 先輩が何やら深刻な口調で考え込んでいる様子だ。

 ホント、先輩のパンツの柄とかどうでもイイですから。牛丼チェーン店の並盛り値上げ以上に興味ないですから。

「陽輔が好きなら、ああいう柄をもう少し揃えるかな」

 なぜだ。なぜそういう話の流れになる?

「必要ないでしょう? 先輩のを見る機会なんて、もう二度とないですし」

「そんなコト分からないだろう!?」

 耳にキーンと来た。急にボリューム上げないで下さい。

「いつ二人の気持ちが燃え上がって、そういう雰囲気にな………」

「……るコトは絶対にないですからご安心下さい」

 先輩の言葉を断固としてさえぎるボク。

「ようすけぇ、お前…」

「そんな泣きそうな声出してもダメですよ」

「わ、私のコトが嫌いか?」

 電話の向こうで先輩がグスグス鼻を鳴らしている。まあ、多分にウソ泣きの可能性があるけれど。

「嫌いかとかれれば、答えは『ノー』です」

「じ、じゃあ…!」

「『嫌い』ではないですが『恐い』ですね」

 何か言い募ろうとする先輩に皆まで言わせず、ボクははっきりと言い切った。

「私のどこが恐い!?」

 その自覚のないトコロとかですかね。

「今日、電車の中で思ったんですけど、先輩ってひょうみたいな人ですよね」

「『人』じゃないか!」

「でも『ひょうみたい』です」

「ぐぬぅ~」

 先輩が悔しそうにうなるのが電話の向こうから聞こえる。

「頭からバリバリ食べられちゃいそうですよ」

 ボクはクスッと笑いながらもう一押しした。ボクのその言葉に、先輩が懇願するような口ぶりで答える。

「や、優しく食べるから…」

「結局食べるんじゃないですか!」

 先輩の答えになかば本気で怯えた。

「もういい!」

 ついに先輩がカンシャクを起こす。こういう子供っポイところは、ちょっと可愛らしいと思わなくもない、こともないとは一概いちがいに言い切れない、…かも知れない。

「そんなコト言うなら、明日は豹柄ひょうがらのパンツを穿いて行ってやる!」


 どうぞご自由に、きっとお似合いですよ。どのみちボクがそれを見るコトは絶対ないですけど。

 …ていうか先輩、そんなの持ってるんだ?

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