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ルナ姫とシェネル 後編

 レンジ達と再会を果たしたルナ姫は後日、正式にカリナーンを訪れた。

 悪いウワサを全く聞かなくなり、リューベルクの国王が直々にカリナーンの王を一目見ようという事だった。

 ルナ姫は父である国王とバートのすぐ後ろを歩く。

 彼女が通る度、城の兵士や使用人はその美貌に息を漏らす。

 そんな人々の様子にいちいち気を留めることのないルナ姫だが、ふと、城内の中庭に目をやった。

 稽古だろうか。

 そこには、大柄な男と黒髪の青年が木刀で戦っていた。

 野蛮だと直感的に感じたルナ姫は、まじまじと黒髪の青年を見た。

 若々しくも気品あふれる青年は、まるでルナ姫の想い人を思い出させる。

 だが、その一瞬の想いは呆気なく打ち砕かれる。


「うわっ!!」


 男の一撃で、黒髪の青年は尻もちをつく。

 みっともない姿に、ルナ姫はこの青年に一瞬でもシアードを重ねてしまった自分を恥じた。


 ……かっこ悪い。

 シアード様なら、こうはいかないでしょうに。


 男は木刀を投げ捨てると、すぐさま青年の元へと駆け寄った。

 そして起き上がらせようと手を差し延べるが、青年はその手を取らなかった。


「……よせ。

 このくらい何ともない。

 ガラット、それより続きを頼むよ。」


 青年は、何度も何度もガラットと呼ばれる男に立ち向かっていった。


「……諦めの悪い方ね。」


 ルナ姫はそう呟くと、すでに見えなくなった父とバートの後に続いた。


「シェネル様、そろそろお時間では?」


「あっ!」


 シェネルは中庭の時計に目をやると、急いで身だしなみを整える。

 その最中、ガラットは二本の木刀を持ったままシェネルに尋ねた。


「シェネル様、どうして剣を握ろうとなんか思ったんです?

 あなたはこの国の王。

 何も自ら剣を振るう機会などないでしょうに。」


「……僕は、弱い。

 兄上の様に強くなりたいというのも、勿論ある。

 だけど、それだけじゃない。

 僕は強くなって、僕なんかのところに来てくれる妻を守れるようになりたいんだ。

 せめて大切な人だけは……自分のこの手で守りたい。」


 かつてマリー王妃の後ろにいた時とは大違いだった。

 ガラットは、マントを整えるシェネルの後姿をたくましく、そして頼もしくも感じた。


「お、遅れてすまない。」


 シェネルはマントを仕替えて、リューベルク国王とルナ姫の前に現れた。

 そのまま行こうとしたところを、侍女やバートに止められたのだ。


「あなたは……。」


「どうした、知り合いか?」


「い、いいえ。」


「カリナーンに輿入れした暁には、お前はこの方の妻となるのだぞ。

 年齢もほぼ同じ。

 喜ばしい事ではないか。」


 リューベルク国王は、端正な若々しい王に喜んだ。

 ルナ姫は中庭で確かにシェネルを見た。

 大柄の男に挑んでは、何度も何度も倒された、あの情けない青年はこの国の王だったのだ。

 加えて、自分と将来結ばれる、かもしれない相手だ。

 ルナ姫は、自分の目の前にいるシェネルをじっと見つめる。

 シアードにはやや劣るが、容姿は申し分ない。

 強いて言えば、シアードを柔らかくした雰囲気だ。

 だが、先程の姿を見たせいだろうか。

 どことなく頼りない男として、彼女の目には映ってしまう。


「わ……私、強い方が好きですの。」


 ルナ姫はそう告げると、父の呼ぶ声を無視したまま一人で街に繰り出した。


 カリナーンの城下町はリューベルクに比べて人口も多く、熱気に包まれている。

 勿論気候のせいでもあるが、何より復興に向けての人々の熱意が凄まじい。

 街のあちこちでハンマーを振るう音が聞こえる。

 ハンマーの材木を打ち付ける音を後ろに、この街で売られている物は花や植物が多く見られた。

 どれも見た事のないものばかりで、ルナ姫は目を輝かせた。

 足取りも軽く街中をうろついていると、酒場街の方に来てしまう。

 すると、柄の悪い四人の男達が、ルナ姫の前に立ちはだかった。


「よーお、姉ちゃん。

 何処に行くの?」


「アンタ、キレイだなあ。

 なぁ、俺達と飲もうぜ。」


 男達はルナ姫の返事を聞かないまま、彼女の細い手首を掴んだ。


「ぶ、無礼者!」


 ルナ姫は思わず男に向かって平手打ちをした。

 肌がぶつかり合った音が二回、その場に響いた。


「痛ぇな……!

 何しやがる!」


 男がルナ姫に向かって拳を振り上げた。

 ルナ姫は声を上げる間もなく、きつく目を閉じた。

 だが、いくら待っても男の拳は振り下ろされることはなかった。

 何故なら、


「……下衆が!」


 シェネルがルナ姫の目の前に立ちはだかっていたからだ。

 シェネルは、その男の拳を素手で受け止めていた。


「ひっ、お、王様……!」


 拳を振り上げた者以外の三人は、シェネルの姿に後ずさりをした。

 無理もなかった。

 あの優しい国王が、見た事もないほど闘志をむき出しにしているのだから。


「お、お、王様だろうと関係ねぇ!

 その女は、俺達が目ぇ付けてんだ!」


 引くに引けなくなった男は、シェネルに掴み掛った。

 だが、シェネルはそのまま男の服を掴み、床に叩きつけた。

 それを見た仲間も、躊躇しながらもシェネルに攻撃を仕掛ける。

 それはものの見事に全て避けられ、返り討ちとなった。

 どさ、どさ、と四人の男がその場に倒れた。

 ルナ姫は、先程まで違うシェネルの様子に開いた口が塞がらない。

 一方でシェネルは、動けないままでいるルナ姫を抱きかかえた。


「ルナ姫。

 危ない目に合わせてすまない。

 僕がちゃんと、君を見ていれば良かったね。」


 まさか謝られるとは思わなかった。

 ルナ姫は動揺を隠せない。


「……君が兄上を慕っている事は知っている。

 僕はそれでもかまわない。

 いつか君の気持ちが僕に振り向いてくれる……いや、僕がきっと振り向かせてみせる。

 ゆっくりでいい。

 国同士だとか、そんな事も考えなくていい。

 僕は僕の意思で、あなたをカリナーンの妃として迎えたいんだ。」


 ルナ姫を抱きかかえたまま、シェネルは街中でプロポーズをした。

 少しの沈黙が続いた後、ルナ姫がやっと口を開いた。


「……あなたは……あなたはどうして、私をそこまで慕ってくださるのですか?」


「あぁ、あの時……君の姿を見たからかな。

 君が兄上を懸命に見舞う姿に、優しさを感じたんだ。

 兄上を愛しそうに見る横顔が、素敵だと思った。

 いつか僕にも向けられるといいなと、そう思っていた。」


「変わったお方……。」


 ルナ姫は、照れながらも真面目に話すシェネルの様子に思わず笑った。

 崩した笑顔は、何とも言えないほど愛らしかった。

 ルナ姫を抱きかかえたシェネルの姿に城の者は驚きを隠せなかったが、二人に送る眼差しは優しくて、暖かいものだった。

 それから、ルナ姫はカリナーンを頻繁に訪れる様になり、二人は瞬く間に結ばれた。


「兄上にも結婚式の招待状を送ったんだけど、お前なら大丈夫だとしか言われなかった。」


「シアードらしいな。」


「その時、二人の居場所を尋ねたんだけど、何処にいるか分からないと言われてね。

 兄上も知らないのに、僕達が知る由もないよ。

 結婚式に呼べなくて、すまなかったね。

 でも、こうしてまた、カリナーンに来てくれて本当に嬉しく思っているよ。」


 レンジに言っているはずなのだが、シェネルの顔はルナ姫に向けられていた。

 ルナ姫もまた、その視線を受け止めるかのようにシェネルを見つめていた。


「……邪魔しちゃ悪ぃな。」


 レンジとハープは、仲睦まじい二人を残し、城を後にした。


「でも、不思議だね。」


「何がだよ。」


「ルナ姫、あんなにシアードを好きでいたのに。

 心変わりってするんだね。」


「俺はしねぇけどな。」


 咄嗟の一言に、レンジは自分の口を手で塞いだ。

 そして、そーっと隣を歩くハープの横顔を見た。

 自分の世界にでも入っているのだろうか。

 彼女の横顔は、ただひたすらうっとりしていた。


「私、二人がうらやましいなって思った。

 すごく愛し合ってるのが伝わるもん。」


「俺だって!!

 ……何でもねぇ。」


 レンジは、黙ってハープの手を握った。

 少々汗ばんだ手は、とても熱い。


 ハープは半歩先を歩くレンジに、


「いつか……私を、お嫁にもらってくれる?」


 と、照れながらそう告げた。

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