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<時空>

<時空>


俺は期待を膨らませ宿を訪れたが、叔父さんは俺の事など全く覚えていなかった、あの豪快さだけは健在で奇想天外な事を言う俺を一晩泊めてくれた、エミリーと一緒に行った場所を辿り最後のに灯台へたどり着き、タクシー代を払うと手持ちの金も底を突いた。

タクシーを降り灯台に向かってゆっくりと歩き始めると、タクシーの運転手は窓を開け俺を呼び止めた。


「お客さん、帰りはどうするんですか?」

「お金もないから」

「何があったか分からないが、若いんだから、いくらでもやり直しは出来る、余計なお節介かもしれないがな」


始めは運転手が何を言っているのか分からなかった、俺がここで命を落とそうなどと考えているのではないかと運転手は思ったのかもしれない、それ程、俺は追い詰められた顔をしていたのだろう。


「安心してください、自殺したりしませんよ、俺は彼女を迎えに行くんです」

「そうか彼女を・・・でも、この辺りは民家はないぞ」

「分かってます、夢の中に居る彼女を取り戻しに行くんです、この灯台が最後の手がかりなんです」


俺の話しを聞いたタクシーの運転手は哀れそうな顔をした、頭の可笑しな奴だと思われても仕方ないだろう、正直、エミリーが夢の中、仮想空間から来たと言った時、俺もタクシーの運転手と同じように思った、でも、どんな風に思われようと俺は構わなかった。


「まぁ、気が済んだら戻ってくるんだぞ、ここで待っていてやるから、ああ、お金の事なら、まぁ、心配するな」


厄介な客を乗せてしまったと後悔している様子が手に取るように分かった。


「ありがとうございます、そうだ、この時計を売れば少しはお金になると思いますから」


運転手は怪訝な顔で差し出した腕時計を見て突き返した。


「いいよ、高校生の小遣いで買ったようなもんじゃ、たいした値もつかねえ、それに、気に入っているなら悪いが、趣味が悪い時計だな」

「俺もそう思いますよ、でも、騙されたと思って時計屋さんに持って行ってください、一応、本物だと思いますから」

「ああ、分かったよ、それじゃ、おまえさんの気持ちだと思って受け取っておくから、戻ってくるんだぞ」


運転手は無造作に時計をダッシュボードの中に放り込んだ。


「戻ってくる時は二人になってますけど」

「ああ、4人までは同じ料金だから、安心しろ」


灯台の元へ行き、扉に手を掛けると運転手が小走りに近寄ってきた。


「中に入るのか」

「はい、彼女と来た時も中に入ったから、何か手がかりがないかと」

「彼女との思い出の場所ということか・・・本当に大丈夫なんだろうな、この灯台は色々な噂があってよ、気持ち悪いんだよな」

「噂ってなんですか?」

「この灯台、使ってないのに光を放ったとか、もっと、薄気味悪いのは人が消えたって噂よ、自殺じゃないかとも言われたけど、でも、死体が見つからなくてよ、まぁ、見間違えだろうけどな」

「光か・・・エミリーがここで一瞬消えたように見えたんだよな・・・」

「なに、ブツブツ言ってんだ、上がると景色は良いらしいけどな、間違いだけは起こすなよ、まだ、若いんだから、彼女に振られたくらいで、命を落とすこともない」

「俺は迎えに行くんです、約束したんです、ずっと、一緒だって」

「迎え行くって、この上で彼女が待ってるのか、そうじゃないだろ、まさか、天国に迎えに行くって事じゃないだろうな、それは止めろよ、さっきも言ったけどな・・・」


運転手は彼女に振られて俺が自殺すると完全に思っているようだ、普通の人なら夢の中にいる彼女を迎えに行くと言って信じる人は居ないだろう。


「違いますよ、安心してください、必ず、戻ってこられると思います、ただ、俺が時空を移動した場合はどうなるかよく分からないから、でも、死んだりはしません」

「頭も可笑しくなっちまったのか、可哀想に・・・」


哀れみの視線を感じながら、中に入り薄暗い足元を照らす僅かな明かりを頼りに、周囲に目を凝らした。

ここに時空を移動する条件が揃っているのかもしれない、階段をゆっくりと上がっていった、黒く静寂な海に小さい船の明かりがポツリと輝いていた。


「エミリー、俺、ここまで来たけど、どうすれば良いんだ、何をすれば良いんだ、教えてくれよ」


水平線に沈む夕日が眩しく俺を照らしていた、この灯台に来れば何かが起こるかも知れない、僅かな可能性に希望を抱きここまで来た、ぐっと握りしめた鏡に映る自分の顔が他人の顔の様に見えた。

海に浮かぶ船の明かりが転々と広がり始めた、夕日が沈むと周りはすっかり暗くなり、月の明かりが海面に反射して見えているのかと空を見上げても月はまだ出ていなかった。


「なんだ」


思わず声を上げた、海面に浮かぶ光が一つに集まり目に飛び込んできた、その眩しさに目を細めるとその光は灯台の反射板に当たり光の線を結んでいて、まるで、灯台が光っているかのように見える。


「これだっ!」


急いで手にしている鏡を灯台の反射板に向けると、無限の像を映し出す合わせ鏡になった、これに海面と灯台を結ぶ光線を当てれば時空移動が出来るかもしれないと、映し出される無限ループに全神経を集中した、この場所に時空の切れ目があれば鏡に映し出されるはずだった。


「お願いだ、出てきてくれ」


そこに、この光を当てれば時空移動が出来る、無限の像の中に僅かに違う像がある、それが時空の切れ目だと彼女が教えてくれた、光を当てると歪み始めたように見えた。


「俺をエミリーの所へ連れて行ってくれ」


心の中で念じ続けていると、フラッシュのように瞬いた光で灯台の電球は粉々に砕け散り、その瞬間、俺の身体が少し浮かび上がったような感覚と同時に彼女の声が頭に響いた。


「痛いっ!誰なの、時空をこじ開けて!あっ!鏡が・・・」


俺の意識はあるのにまるで夢を見ているような不思議な感覚、パラパラ漫画がめくられてるような一コマ一コマの映像が頭の中に流れていく、その中に彼女の後ろ姿が見えたり消えたりし、その映像が止まると、俺は雑木林にあるお堂の前に立っていた。


「マジか・・・」


信じがたい光景に呆然と立ち尽くした。


「エミリーがこの中に居るのか」


お堂の扉をゆっくりと開けると、鏡を手にした彼女が倒れていた。


「大丈夫か!エミリー、俺、だよ、しっかりしろ」


慌てて彼女の身体を激しく揺らすとゆっくりと目を開けた。


「約束通り、迎えに来たぜ」


俺の姿を捉えた彼女は目を見開き驚愕の声を上げた。


「えーっ!ウソでしょ、ど、ど、どうやって、ここに」

「灯台からワープしてきた」

「ウソでしょ、信じられない・・・夢じゃないよね」

「なに言ってんだよ、エミリーは夢に出てくる方なんだろ」

「そ、そうだけど・・・」

「逢いたかったぜ、エミリー」

「わ、私もだけど・・・本当に・・・信じれない」


俺に覆う被さる様に抱きついた彼女を俺も強く抱きしめた。


「ラスプーチンの卵は破壊したのか」


彼女は俺の問い掛けに黙ったまま、次第に彼女の身体が小刻みに震え始めすすり泣く声がした。


「どうしたんだ」

「鏡の中に閉じ込めるのがやっとだったの・・・ごめん」

「あはははっ、なんだよ、そんなことか、エミリーはドジだからな、でも、それでも良いんだろ」

「ダメなの・・・」

「それじゃ、もう一回、やっちまえば、閉じ込めてあるんだろ」

「それが、出来ないの」


抱えていた身体を離すと、彼女は鏡面が真っ黒になっている鏡を俺に見せた。


「やっぱり、早く壊すべきだったのかもしれない、まさか、本当に来てくれるなんて、思ってなかった・・・でも、きっと、どこかで、もしかしたらなんて、思ったのが、間違いだったんだ」

「どういうことだ」

「ううん、なんでもない、ここに来た時に使った鏡はあるよね」

「これだよ、現実の方から借りてきた」

「貸してくれる?」

「良いよ、ってか、これ、エミリーのだし」

「ありがとう、それじゃ、現実空間に戻すから」

「戻すって、もちろん、エミリーも一緒だよな」

「うん、そうだよ・・・それじゃ、目を閉じて」


目を閉じる瞬間に見た彼女の表情が、あの時、旧校舎で俺の目に焼き付けた表情をしていた、胸騒ぎがして俺はすぐに目を開けた。


「エミリー、俺だけ戻すなんて考えてないよな」


彼女は閃光を出す手のひらをゆっくりと下げながら呟いた。


「出来ないよ、出来ない、また、さよならなんて、出来ないよっ!」

「一緒に戻れないんだな、何が問題なんだ」

「ラスプーチンを閉じ込めた鏡を置いて、現実空間へは行かれないの、ここで破壊しないと」

「そうか、よし、俺も手伝ってやるから、何とかしょうぜ」

「それが、どうにもならないの、ラスプーチンの卵をここで破壊するためには、空間を完全に隔離した状態じゃないと、今は、現実空間と仮想空間が交錯してる状態だから、それが出来ないの」

「だから、俺だけを戻そうとしたんだな」

「だって、そうしないと、いつまでもこうして一緒には居られないの」


彼女は声を詰まらせ大きな瞳から溢れそうな程に潤んでいた。


「お願いだから、こうして時間が経てば経つ程、別れる時に哀しくなるでしょ、私と一緒に過ごした日々は夢なの、それでいいじゃない、そう思うのがお互いに一番良いと思うの」


二人で過ごした日々を夢物語で終わらせるなんて、彼女が本心で言っているとは思えなかった、本当にそう思っているならラスプーチンの卵を破壊していた、彼女は俺が来るのを待っていてくれた、その思いに俺が答えてあげられないのが悔しくて声を荒げた。


「夢なんかで終わらせられるか!」


見つめている手のひらが大粒の涙で濡れていた。


「やっぱり、仲良くするんじゃなかった・・・遊園地も水族館も思い出なんて作るんじゃなかった・・・いつかさよならしなくちゃいけない時が来るのは分かってたのに・・・余計に悲しくなるのは分かってたのに・・・私だってずっと一緒に居たいよ!だけど、無理なものは無理なの!」


彼女はゆっくりと鏡に向かって手のひらを向けた。


「お、おいっ、な、なにしてんだよ」

「早くっ!鏡を向けてよっ!」

「絶対に嫌だよ」

「お願いだから・・・もう一度、逢いたいなんて考えなければ良かった、こんなに別れるのが辛いなんて思わなかったよ、時間が経てば経つほど悲しくなるの、だから、お願い」

「ふざけんな、こんな鏡なんて、要らねー、割ってやる!」


俺は渾身の力を込め鏡を床に叩き付けた、床を転がった鏡は彼女の足元で止まった。


「その鏡は何をしても割れない、あなたが現実空間へ戻るのに必要なものだから」


拾い上げた鏡を彼女が手にし、俺に差し出していた。


「現実空間の私に必ず返してね、きっと、大切にしている鏡だと思うから」


彼女は俺の手に鏡を握らせると同時に手のひらから閃光が放たれた。


「そんな・・止めろよっ!」

「さようなら・・・」


彼女の姿が目の前から遠ざかっていく、あの時と同じ顔をしている遠ざかる意識の中、無意識にポケットからキーホルダーを取り出し鏡面に向かって突き刺した。


「ふざけんじゃねーっ、こんな鏡、割ってやる!」


キーフォルダーの先端を鏡に突き刺さると、鏡面から発生した星屑のようなキラキラと細かい光が瞼の奧に落ちていき、そして、目の前が真っ暗になり俺は意識を失った、真っ暗で何もない空間を彷徨っていると遠くから彼女の声が聞こえた。


「ねぇ、起きて、大丈夫、ねぇ、返事してよ」


俺はゆっくりと目を開けた、おぼろげな視界に彼女の顔が映った。


「あ~良かった」

「ここはどこだ」

「お堂だよ、空間移動中に鏡が割れたの、引き戻すのが大変だったよ、でも、なんで割れたんだろ」

「俺が割ったんだよ」

「本当に?どうやって?絶対に割れないはずだよ」

「気合いだよ、もう、二度と俺だけ戻そうなんてするなよな、絶対、一緒に戻るんだ」

「う、うん、一緒だよね、ずっと、一緒だよね・・・」


肩を震わせている彼女をグッと抱きしめ唇を重ねると、静かに瞳を閉じ身体を俺に委ねた、両腕で抱き支え静かな時間が流れていった。

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