<始業式>
<始業式>
遠くから嫌な聞き覚えのある声が耳に木霊する中で意識を取り戻した、状況はおおよそ把握していたが目を開けるのが怖かった。
「今日は学校じゃないのっ!早く、起きなさいっ!いつまで寝ているのっ!」
朝になっても起きてこない俺にしびれを切らした母親がたたき起こしに来ている、俺は学校の旧校舎に間違いなく居た、その俺が部屋のベッドで寝ているという状況は明らかに旧校舎で何かが起こったことを意味していた。
「分かってるよ、起きるよ」
母親が目の前にいて俺が部屋で寝ている、変わらない日常ではあるが俺にとっては異常事態だった。
「昨日、あんた、寝言で何か叫んでたけど、変な夢でも見てたの」
「夢じゃないんだ」
「朝からバカな事を言ってるんじゃないわよっ!始業式に遅刻なんてみっともないわよ」
「全てが、終わったのか・・・」
「寝ぼた事を言ってないで、顔を洗ってきなさい」
呆れ顔をして母親は部屋から出ていった、今日が始業式という事は、今までの事が全て夢だったということになる、俺は夢の中で夢をみて、夢の中で目覚めて学校へ行き、再び、寝て、起きて、それを夢の中で繰り返していたというのか・・・俺の記憶の中には彼女との思い出がいっぱい詰まっているのに、それが全て夢の中での話しだったなんて、信じてたまるか、いや、信じたくない。
悪夢は現実になり学校へ行くと体育館で始業式が当たり前のように始まった、そして、転校してくるはずの彼女はクラスの列に居る、転校してきたのは俺と一緒に入学した彩矢だった、錯乱状態に陥った俺は半狂乱になり制止する教師を振り払って体育館から逃げ出した。
「違う・・・違う、違う」
気がつくと雑木林に向かっていた、お堂がある藪を掻き分けいくら進んでも見当たらなかった、葉の先端が皮膚に刺さり血が滲み出ていた、場所を間違えているとも考えられなかったが、辺り一面の藪を掻き分けたがお堂はどこにもなかった。
「どうしてないんだよ」
雑木林の斜面を駆け下り、旧校舎のトイレに向かったが普通に便器があり何も変わった様子はなかった、エミリーの記憶だけ残された俺にとってこの現実の全てが悪夢だった。
始業式を半狂乱で飛び出し、泥まみれになり身体中に擦り傷を負って学校に戻ってきた俺は教師から異常者として扱われ数日間の休養をさせられた。
せめて、夢の中でもエミリーに会いたいと願っても夢すらも見ることなく数日が経過した、登校が許可され数人の女子と話している彼女に恐る恐る近寄った、最後は直接本人に聞くしかないと思った。
「ちょっと、いいかな?」
「えっ、はい、私になにか・・・」
振り向いた彼女はエミリーで容姿も何一つ違わないのに、なぜか俺は目の前に居る彼女を好きになれない、そんなはずはないのに、なぜなんだと自分に問いかけても答えが出てこない。
「いや、あのさ、その、ラスプーチンの卵を破壊したの、覚えてないよな」
「はっ?らす・・なんですか?私、何も壊したつもりありませんけど」
「そうか・・・変な事を聞いて悪かったな、あと、鏡を持ってないか?」
「持ってますけど・・・」
「それ、ちょっと、見せてくれないかな」
「どうして、見せないといけないんですか?」
「少しだけ、確認したいだけなんだ」
怪訝な顔をしながら彼女はカバンの中から手鏡を取りだし俺に手渡してくれた、それがもしかしたらエミリーが無くしたと言っていた時空の鏡ならばと思ったが実物を見たことがない俺には判断が付かなかった。
「この鏡、何か不思議な事が起こったりしないか?」
「不思議なことって?」
「だから、合わせ鏡になるとか、勝手に光ったり、何でも良いんだけど」
「別に・・・なにも起こりませんけど・・・あの・・・私の事をからかっているんですか?」
「いや、違うよ、そんなつもりじゃないんだ・・・ごめんな、悪かった・・・気にしないでくれ」
言い知れない絶望感の中で無力な自分を責めた、最後に浮かべていたエミリーの涙を、どうすることも出来ない、俺は一体なんなんだ、せめて、現実に居る彼女を好きになってあげる事が出来れば良いのに、それすら出来ないなんて、なにが、ずっと一緒・・・でも、俺は忘れてない、エミリーを忘れてない、それだけが俺にとって唯一の救いでもあり、それが、重荷になり俺を苦しめている。
「私、何か気に障ることを言いました?」
「あっ、いや、そんな事ないよ、俺が全部、悪いんだから、本当に、気にしないで、あっ、なんか、その困っている事があれば、その遠慮しないで、俺に相談でも、何でも良いからよ、気軽に声かけてくれよな」
「あ、ありがとう・・・ございます・・・別に・・・その、困ってることもなくて・・・」
「ああ、ある時で良いから、今、すぐって事でもなくても、あの、同じクラスなんだし、みんな仲良くやろうぜ、なんて」
「は、はい・・・」
彼女は困惑した表情を浮かべ俺を見ていた、その様子が俺を更に苦しめた。
「あっ!ダ~リン、み~けっ!」
彩矢の金切り声が俺の耳を貫通した。
「どうしたのぉ~、この子と何のお話しをしてたのかしら」
馴れ馴れしく俺の腕に絡みつきながら彼女を威嚇するような目で見ていた。
「いえ、いえ、なんでもないです」
怯える様な表情で俺から離れていく彼女に言葉の一つも掛けてあげられなかった。
「ダーリン、どうしちゃったの~なんか、始業式の時さ、もしかして、私が急に転校してきたから、ビックリしちゃって、そんでもって、わぁ~ってなって、そんな感じ?」
「あー、まぁ、そういう事にしておくか」
「それじゃ~私のせいで、自宅謹慎になちゃったの?かな?もぉ~それだったら、パパにお願いすればいくらでもなんとかなったのにぃ~」
「悪かったな、なんとかしてもらったんだろ」
「ありゃ、バレちゃった、もうぉ~誰が言ったのよぉ~」
「なんとなくだよ」
「さっすがぁ~ダーリン、賢いから」
「でもよ、おまえが転校してくるなんて、想像もしてなかったよ」
「でしょ、でしょ、で~しょ、もうぉ~ダーリンが好き過ぎちゃって、パパにお願いして、転校させてもらったのぉ~、これから、ずっと、一緒だね、ねっ、ダーリン」
馴れ馴れしく身体を寄せ腕を絡ませてくる、それを振り払う気力も今の俺にはなかった、相変わらずだが化粧と香水の匂いが鼻を突く。
「そうなるのか」
「だってぇ~そうでしょ、この学校に私より綺麗で頭脳明晰でスタイルが良い女の子は居ないでしょ」
「おまえさ、それ、自分で言うか、普通は言えないけどな、それに、おまえってそんなに頭が良さそうに思えないけどな」
「なによ、自意識過剰だと言いたいわけ」
「そう」
「なんでぇ~ダーリン、昔より、冷たくなってるぅ~、昔はもっと優しかったのにぃ~」
「昔っていつの話しだよ」
「うんとぉ~」
「もう、分かったから、優しくすればいいんだろ」
「当たり前じゃないのよん」
「彩矢も見ようによっては美人だな」
「見ようによってじゃなくて、どこから見ても美人でしょ」
「そうか、悪かった、彩矢は美人だよ」
「当たり前の事を言わないでよぉ~もう、ダーリンったらぁ~」
これじゃ、クラス全員の女子は俺に興味を示す訳がないから、結果として俺は彩矢と一緒になるしかないという運命なのか。
「そういえば、この間って言うか、うん、昨日かな、ダーリンの夢を見たの、でもさ、それが超悪夢でさ、なんか、チビのデブに私のダーリンを奪われそになったのぉ~信じられないでしょ・・・その、ブスがまぁ~酷いの、あーっ!さっき、ダーリンが話しをしていた子にそっくり!・・・まさか・・・って、あり得ない、あり得ない」
「そうか、それは、災難だったな、でも、悪いけど、あの子を俺は好きになれそうもないから、安心してくれ」
「当たり前じゃない、ダーリンには彩矢が居るだよ、あんな、ブスをダーリンが好きになる訳がないじゃない、そんなの、言われなくても、分かるてーの」
「そうだな、でも、あの子の事をブスって言うのは止めてくれないか、それから、デブもチビもだ、とにかく、あの子の悪口は言わないでくれないか」
「なによぉ~ブスなんだからブスで良くない?」
「彼女は俺の恩人なんだよ、だから」
「ふーん、何の恩人なの」
「色々だよ、せめてもの償いだから、頼むよ」
「ダーリンがそこまで言うなら・・・ねぇ~ダーリンがしてる時計、それって、ジャガールクルトの時計じゃない、結構、高いやつだよね」
「この悪趣味な時計だろ、おまえが買ってくれた・・・」
「私?買ってあげた?いつ?」
頭が混乱していてこんな単純な事に気がついていなかった。
「そうだよな、この段階では、まだ、買ってないよな、ちなみによ、この時計はいくらするんだ」
「本物ならジャガールクルトでしょ・・・安くて80万位かな、でも、それ、ダイヤとルビーが入ってるから100万以上かも・・・」
「マジか、そんな高いの俺にくれたの、へぇー、おまえ、金持ちだな」
「だから、私は買ってないって・・・でも、ダーリンにプレゼントするなら、そのくらいは当然でしょ」
俺はポケットに手を突っ込んでキーホルダーを取り出し確認した。
「そう、このキーホルダーも間違いなくエミリーと美術の時間で作ったやつだ」
「誰なの、エミリーって、その時計もその子に買ってもらったの?」
「違うよ、この時計はおまえだって、こんな悪趣味な時計と選ぶのは、おまえしか居ないだろ」
俺は夢を見ていた訳でなくやっぱり現実だったんだ、そうでなければこの時計とキーホルダーは存在しない、キーホルダーは思い違いの可能性はあっても、この悪趣味な時計は彩矢くらいしか買わないだろう、まだ、エミリーを取り戻すチャンスが残っていると確信した。
「そうだ、エミリーの叔父さん、まだ、手がかりが残ってたじゃないか」
「もうぉーダーリン、どうしちゃったの?」
「俺、今から、北海道に行く」
「なによ、急に」
「夢じゃなかったんだよ、俺はエミリーを連れ戻す、必ず、俺、約束したんだ」
「ダーリン、何を言ってるの?本当に頭がどうかしちゃったの?」
「ああ、俺は頭が可笑しいんだよ、だから、付き合うなら別の男が良いと思うぜ、じゃーな」
俺は旅立つ前に彼女から鏡を借りた、彼女は難色を示したが必ず返すと熱心に説得すると、常軌を逸した俺の様子に根負けしたのか、鏡を手渡してくれた。
この鏡が役に立つかは分からない、ただ、帰りのフェリーでエミリーが鏡を大切そうに見ていた様子が思い浮かび、彼女が持っている鏡がきっとエミリーを連れ戻してくれると信じ北海道の叔父さんの宿へ向かった。