<決戦の時>
<決戦の時>
旧校舎の男子トイレ、一番奥、窓側の個室は闇に包まれた空間が広がっている、自宅にあった一番デカい懐中電灯を手にして旧校舎の中を進んだ、この程度の明かりでラスプーチンの卵を破壊する事が出来るのかは未知数だが、俺が破壊すれば夢の通りにならなくて済むと思った。
俺は手の汗を拭い静まり返った廊下をゆっくりと進んだ、目の前に扉が開いたままのトイレの中が明かりの中に映し出された。
「やっぱり、このドアだけが開かない、夢と同じか」
大きく深呼吸をして、思いっきりドアノブを蹴飛ばすと、ドアが軋み音を立てながらゆっくりと開き始めた、夢の通りなら暗黒の世界があるはず、固唾を呑み懐中電灯のスイッチに指を掛け構えた。
「なんだ・・・ただの壁じゃないか」
不自然なのは便器がなくいきなり壁になっている、どうしてこんなカモフラージュをする必要があったのか思案を巡らせていた、その時、聞き覚えのある声にも関わらず、一瞬、振動の鼓動が止まるほど驚き、その声のする方を見た。
「エ、エミリー、ど、どうして、ここに・・・」
忽然とトイレの入り口に立っている彼女は明らかにいつもと様子が違っていた。
「ラスプーチンの卵を破壊するため」
「いつの間に・・・」
「そんな懐中電灯じゃ、ラスプーチンの卵は破壊する事は出来ないよ」
「そうか、でも、ほら、ただの壁だったよ、ラスプーチンの卵なんてないぜ」
「あるよ、ここに私が居ないと、ラスプーチンの卵は現れない、そうでしょ」
「そうだけど、でも、違うだろ」
「長い夢から醒める時が来たの、もう少し、一緒に居たかったけど・・・でも、必ず、この場面は実現してしまう・・・それが私の運命なの、それに、悪夢にうなされるのは、もう、散々でしょ」
タイル張りで何の変哲もない壁が、溶けた鉄の様になり歪み始めていた。
「な、なんだ・・・急に・・・」
「空間異相が始まったの、パワーを溜めないと」
「ちょっと、待てよ、今なら、まだ、間に合う、ここから出よう」
しかし、床に足が張り付いてしまったかのように足が動かなくなっていた。
「エミリーっ!身体が動かない、なんとかしてくれ、お願いだ、一緒にここから出るんだ、この夢の続きを俺は見たくないんだ、現実にしたくないんだ」
「あなたと出逢えこと、悔やんだりしてない、やっぱり、夢の世界と現実の世界は一つにはなれない、私の手で夢の世界を壊せば、残る真実は一つだけ、彩矢さんと幸せになって」
「バ、バカな事を言うな、いつまでも一緒だって言ったじゃないか、ここから出よう」
「もう、引き返せないの・・・遊園地も水族館も楽しかった、良い思い出になったよ、本当にありがとう」
暗黒の闇へと変わっている壁にゆっくりと歩み寄った彼女は手のひらをかざしていた。
「止めろーっ!止めてくれっ!」
彼女がこれから何をするか、そして、その後に何が起こるか俺は分かっていた、そんな理不尽な事が現実になるなんて認めたくない、彼女を失うくらいなら、それが現実にならないのであれば、毎晩、悪夢にうなされても構わなかった。
「頼む、お願いだから、止めてくれ、今からでも遅くないだろ・・・どうしてだ・・・やっぱり、現実になっちまうのか」
必死に制止しようとする俺に彼女がにニコリと微笑み掛けた、でも、その顔は憂い悲しみが満ちあふれていた。
「今までもそうだったでしょ、もう手遅れなの、もし良かったら、現実空間の内気な私にも少しは優しくしてあげて・・それじゃ、ありがとう・・・さようなら・・・・」
彼女の手からもの凄い閃光が放たれると、一瞬で目の前が真っ白になり意識が遠のいていく、俺はこのまま意識を失う訳にはいかないと必死に耐えた。
「くそーっ!お、俺は、エミリーの事は絶対に忘れねーぞっ!」
視界が完全に奪われる前に彼女の頬を流れる幾筋もの涙・・・悲しみに歪み拉がれた顔・・・じっと遠くを見つめる瞳が俺の瞼の奥に焼き付け、消えつつある意識の中で俺は何度も何度も彼女の名前を叫び続けた。