<異次元の母>
<異次元の母>
ハンバーガーショップを出た俺は彼女の叔父さんの計らいで彼女の家に届けられているという鞄を取りに向かった、彼女は園庭のある一軒家の前で立ち止まり、インターフォンに手を伸ばし、チャイムが鳴るとすぐに母親らしき女性の声で返答がインターフォン越しに聞こえた。
「あっ、ママ、私、うん、一緒だよ」
「・・・・」
「えーっ、そんな事しなくていいのに」
「・・・・」
優しそうな女性の声がインターフォン越しに聞こえるがはっきりと会話の内容が聞き取れなかった。
「あのね、ママが夕飯を作ったんだって、一緒にどう?だって」
「えっ!夕飯って、そ、そんなの、悪いだろ」
「やっぱり、それじゃ、断ってくれる?」
「どうして、俺の分の夕飯まで用意してんだよ」
「さぁーね、叔父さんがママに何ていったのか、でも、いつもより機嫌が良いみたい」
玄関先で彼女と揉めていると痺れを切らした母親が玄関から出て来た。
「エミリー、どうしたの?早く彼と家に入って来なさいよ」
「あっ、こ、こんばんは」
俺は挨拶をすると大げさ過ぎるくらいに頭を下げた。
「あのね、ママが突然、夕飯なんか用意するから困ってるの」
母親は玄関ポーチから門扉へ歩み近寄ってきた。
「だって、叔父さんがエミリーがとってもお世話になったっていうから、お礼をしなくちゃって思っただけなのよ、あらっ、エミリー、なに、その格好どうしたの、学校の制服じゃないわよね」
「学校のジャージより可愛いでしょ」
「それはそうだけど、彼氏の趣味なの?」
母親が俺の顔を見た、両手を大きく振って俺は全否定をした。
「違います、違います、そんな、俺、あっ、僕はそんな趣味ありませんから」
「ねぇ、ママはこの服、可愛いと思わない?」
「似合っているけど・・・」
気のせいかもしれないが、母親の鋭い視線が俺に突き刺さった。
「さぁ、どうぞ、どうぞ」
「あっ、はい」
想像もしていなかった展開に戸惑いつつ、彼女の自宅で食事をすることになった、緊張しながら玄関をくぐった、白色系で統一され調和のとれた内装に合わせた調度品が気品良く置かれていた、メイド服を着た人が出て来ても不思議ではないような雰囲気だった。
「エミリー、その服のままで食事をするつもりなの!」
「うん、いいじゃん、手が汚れてもエプロンで拭けるし、便利だよ」
「まったく、もう、彼氏が居るんだから、もっと、可愛い服に着替えてきなさいよ」
「べぇ~だ、可愛い服なんて持ってないもん」
「そんなんじゃ、彼氏にふられちゃうわよ」
「あのさ、さっきから、彼氏って言ってるけど、まだ、付き合ってないけど・・・ねっ」
彼女は俺に相づちを求めてきた。
「ええ、あの・・今日、少しお話ししたくらいで・・友達っていうか、はい」
「そんな隠さなくてもいいわよ、でも、本当に困った子よね、学校に制服を着て行きなさいって言ってるのに、学校のジャージなんか着て行くのよ」
「そんな事は言わなくても知ってるよ、同じクラスなんだから、もう」
母親とのやり取りを聴きながら、案内されたリビングルームの食卓には既に食器が並べられていた。
「そこに座って」
「う、うん」
「そんな、緊張しなくても大丈夫だって、ママの話しに合わせておけば大丈夫だから」
「そう言ってもよ、既に変な感じになっているみたいだし」
母親は料理を盛りつけテーブルに食事を並べていた。
「なんだか見た事がないやつだけど、あれ美味そうだな」
「あー、ママの得意料理みたい、鹿のお肉だよ、意外とあっさりしてるんだ」
「鹿!そ、そんな肉、食えるのか!」
俺は衝撃のあまりに大声を上げてしまった、その声は当然、母親の耳にも入った。
「あらっ、鹿のお肉、美味しいのよ、そんなに癖のないお肉だから、食べてみて」
「あっ、すみません、いや、そういうつもり言った訳じゃなくて・・珍しいですね」
「地元でも食べる人が少なくなったみたいでね、本当は美味しいのに、やっぱり、牛肉の方が良かったかしら」
「いや、そんな事、初めてだったので、ちょっと驚いちゃって」
「このお肉ね、叔父さんが獲った鹿なんだよ」
「鹿を捕まえるのか?」
「違うよ、撃つの!こうやって、バーン!って」
「銃で撃つのか、叔父さんってすげえな」
母親はテーブルに料理を並べ終え椅子に座った。
「ただの道楽者よ、困った弟だわ、仕事を突然、辞めちゃうし」
「温泉宿のオーナーなんですよね」
「そう、今わね、折角、事務次官になったのに、一ヶ月もしないうちに辞めちゃって」
「事務次官って、政務のですか?」
「そう、外務省のね、外国に行きたくないからだって、馬鹿でしょ」
「い、いや、凄いっすね」
「あっ、冷めないうちに食べて、いっぱいあるから」
「は、はいっ、いただきます!」
目の前には滅多に食えそうもない食事が並んでいた、俺は片っ端から箸を伸ばし口に運んだ。
「今日はエミリーを病院まで担いで運んでくれたんですってね」
「えっ?はぁ?」
「あらっ、違うの?」
彼女が俺の横腹を突きながら目で合図を送っていた。
「いや、そうなんですよ、ええ、まぁ」
「エミリー、重かったでしょ」
「はい、そうですね」
その瞬間、俺のすねに激しい痛みが走り彼女の顔を見ると耳元で囁いた。
「そこは、合わせなくていいの」
「だって、話しを合わせろって言うから」
「もうっ、内容によっては否定する事もあるでしょ」
「だって、重いだろ」
「バカッ」
やり取りを見ていた母親は微笑みを浮かべた。
「エミリー、彼氏が出来たなら、どうして言わないの、風邪を引いた時にお見舞いなんてくるから、どうも怪しいと思ってたのよね、あのジャージも彼氏のだったんでしょ」
母親は彼女の言うことを半分聞き流した様子で俺に向かって微笑んだ。
「あの、エミリーをよろしくね、この子、内気で人見知りなのよ、まして、男の子とお話しなんてしたことがないから、あっ、それから、この子、時々、変な事を言うかもしれないけど気にしないであげて」
「あっ、いや、こちらこそ、ど、どうも、宜しくお願いします」
食事を終えた俺達はリビングのソファーに座りデザートを食べていた。
「なぁ、エミリー、あっ、阿部さん」
「エミリーでいいよ、こっち方が言われ慣れているし、ねぇ、私はなんて呼べばいい?」
「俺か?いや、別に、何でもいいよ」
「じゃ、ダーリンって呼んでもいい?」
「ば、ばか、言うなよ」
「やっぱり、彩矢さん以外はダーリンって呼んじゃいけないの?」
「彩矢は関係ない」
「それじゃ、ダーリンって呼んでもいい?」
「他にもあるだろ」
「じゃ、なに?」
「何でもいいよ」
「じゃ、ダーリンがいい、呼びやすいし」
「勝手にしろ」
彼女が不意に微笑み掛けてきた。
「ふふふん、楽しいね」
「急になんだよ」
「だってさ、これで、ラスプーチンの卵なんてなければいいのに」
「ラスプーチンが現実空間を支配する話しは本当なのか」
「本当だよ、そうじゃなかったら、私だって、もう探さないよ」
「それじゃ、そんなものはさっさと見つけちまおうぜ」
「う、うん・・・そうだけど」
夕食の片付けをしていた母親が遠くから声を上げた。
「エミリー!また、変な卵の話しをしているじゃないでしょうね、変な作り話は止めなさいよ」
「ママっ!してないってばっ!人の会話に聞き耳立てないでよ」
「ごめんなさいね、この子、変な作り話をするのよ、あの、聞き流してあげて」
母親は片付けを終えエプロンで手を拭きながらリビングのソファーに座り声を上げた。
「エミリー、変な作り話しを彼氏にしないの」
そう言いながら母親は再び頭を下げた。
「ごめんなさいね、何とかの卵がどうのこうのってね、私の弟がどうもこの子に吹き込んだみたいで、困っているのよ」
彼女はずっと俯いていた。
「また、嫌われたらどうするの、エミリー聞いてるの!」
彼女は小さく頷いた。
「もう、普通の話しをしなさい、分かったわね」
ソファーから立ち上がった母親はそのまま奥への部屋へ入っていった。
「やっぱり、本当の話しなんだな」
俯いたまま彼女は頭だけを縦に振った。
「本当に信じてくれるの」
「当たり前だろ、目の前で人が消えたり、時間が早くなったり現にしているんだからな」
彼女はゆっくりと顔を上げると赤い目を擦りながら微笑んだ。
「おいっ、泣くなよ、俺が泣かしたと思われたらどうするんだよ」
「だって、嬉しいんだもん」
「おう、ラスプーチンの卵、一緒に探そうぜ、絶対に見つけてやる」
「もう、その話し止めよう、また、ママが怒るから」
「ああ、そうだな」
その後、至って普通の話しをしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
俺は母親にお礼を言い彼女の家を後にし自宅へ向かった。
「ラスプーチンの卵・・・か・・・」
歩きながら思わず言葉が漏れた。
「普通、こんな話し信じる訳がないよな、異空間から来たなんて」
自宅へ戻った俺はさらに驚いた。
自分の母親までもが学校で倒れた彼女を咄嗟の気転で病院へ運んだ事で彼女の病状が大事に至らずに済み、そして、彼女の自宅で夕食をご馳走になってくる事までを知っていたた。
お陰でお咎めを食らうどころか逆に褒められるという予想外の展開が待ち受けていた、本当に彼女の叔父さんという人が手回してくれたからなのか、しかし、そうとしか考えられなかった。
その夜、彼女が見るはずの無いと言った彼女が出てくる夢を見た、この夢がまた現実に起こるのだろうか、それなら夢の通りにする為に準備をしなければならないものが増える。
朝、半信半疑ながらも準備を整え学校へ向かった。
教室に入ると雰囲気がいつもと違っていた、いつもなら始業のチャイムと同時に教室に入ってくる彼女が既に席に着いていた。
さらにいつものジャージ姿でなく制服姿だった、俺が教室に入って来たのに気がついた彼女は席を立ち歩み寄ってきた。
「おはよう、昨日はありがとう、楽しかった」
「あっ、どうも・・ご馳走さまでした、あのさ、今日はどうしたの?」
「なにが?」
キョロキョロしている彼女の制服を指さした。
「あっ、そっか、いつもジャージだったからって事?」
「うん、今日はどうして?」
「ママが」
「そういう事な、そう言えば、エミリーの叔父さんが、俺のかあちゃんにも連絡してたみたいだな」
「ほんと、ごめん、ちょっと、お節介なところもあるから」
「いや、そのお陰で怒られるどころか褒められちまった」
今まで誰とも話した事がなかった彼女が自ら話し掛けている事で教室中が多少響めき始めていた。
「それなら良いけど」
「それで、今日はどうするんだ、ラスプーチンの卵」
「探すよ」
「だよな」
彼女は机に置いてあった鞄を肩に掛けると、廊下へ俺の腕を取っていった。
「おい、どこに行くんだよ、もう、授業が始まるぜ、おいっ、まさか、今日も、サボるつもりか」
彼女は俺の問い掛けに当たり前のような顔をして答えた。
「うん、でも、午後の授業は出る」
「おい、おいっ、午後の授業って、午前中の授業をサボって午後の授業に出るなんて、そんな無謀な事するかぁ~、あっ、まさか、また、叔父さんの力を借りるのか」
「ピンポ~ン」
「まぁ、いいや、授業なんて面白くもないし、叔父さんって人がなんとかしてくれるなら」
彼女がふざけたポーズを取って笑うと、授業開始の予備チャイムが校内に鳴り響いた。
「こんな堂々と学校の外に出て大丈夫なのか?」
「だぶん、大丈夫なんじゃない?」
「先公に何か言われたらどう答えれば良いんだ」
「さぁ~、何も聞かれないんじゃない」
「楽観的な意見をどうも」
しかし、授業が始まる予備チャムが鳴ったということは、各クラスへ教員達が移動をし始める最も危険な時間帯に廊下を二人で歩いていて何も言わない教員がどこにいるのか、覚悟を決めて廊下の真ん中を堂々と手をつないで歩いたが、廊下の角から数人の教員が現れ向かいすれ違おうとしていた、目を合わさないようにしながらすれ違おうとした。
「おいっ!」
教員の声は間違いなく俺たちに掛けられている。
「がんばってこいよ」
「はぁ?あっ、はいっ!」
そのまま教員は担当する教室へ向かっていった。
「ねっ!大丈夫だったでしょ」
彼女はニコニコしながら俺の顔を見ていた。
「なぁ、がんばってこいよって何をがんばるんだ?」
「それは謎、叔父さん、なんて言ったんだろうね」
「俺、それが知りたい」
「そんないいじゃん、詮索しても仕方ないし、叔父さんに聞いても教えてくれないよ」
「マジでなんて言ったら、先公が学校をサボろうとしている俺に労いの言葉を掛けるようになるんだ!」
「ダメ、ダメ、叔父さんの事は深く考えちゃいけないの」
「午前中だけっていうのにも訳があるのか?」
「うん、午後の授業は出なさいって」
「それ、本当にそうやって叔父さんが言ったの?」
「うん、そうだけど、何か?」
「いや、別に、何でもないけど、午後の授業は出ろか・・・やっぱり、そういう事なのか・・・」
「ねぇ、どうしたの?」
「いやっ、なんでもない、午後の授業ってなんだか知ってるよな」
「えっとぉ~なんだっけ?」
「やっぱり、まっ、午後になれば分かるから」
「え~っ!なに、なに、ねぇ、分かってるなら教えてよ~ぉ!」
「ほらっ、時間がなくなるぞ」
「えーっ、なんだっけ」
「もう、いいから、行くぞ!」
「うん、分かったけど・・」
俺は彼女の手を引いて学校の外へ出た。
「今日は外からか」
「何のこと?」
「だから、お堂に行くのに、確か、その、空間がどうのうって」
「ああ、あれね、特に意味はないかも」
「はぁ、なんだよ、だったら、裏から行った方が早いだろ」
「今日はスカートだから」
「ああ、そうなのか」
「そうなの」
無事に学校の外へ出られた俺たちは雑木林に入りその境目がある場所へ着いた。
「確か、ここだよな」
「よく分かったね」
「ああ、あの大きな樹」
俺は目の前にある樹を指さした。
「うん、確かに大きな樹だけど、そんなのどこにも結構あるじゃん」
「あの樹は俺が昔さ、よく虫を捕ったりしたんだ、だから、よく覚えているんだ」
「そうなんだ、どれも同じに見えるけど」
「あの樹が一番よく虫が捕れたんだ、カブトムシとかカミキリムシだろ、あと、クワガタも捕れたんだ」
「男の人って虫が好きだよね、なんで?気持ち悪いのに」
「エミリーは虫が嫌いなのか?」
「うん、大嫌い」
彼女は身を縮めて眉間にしわを寄せた。
「そんなに毛嫌いしなくてもいいだろ、よく見ると結構可愛い顔をしているんだぜ」
「そんな訳ないじゃん、口がこんなで、怖いじゃん」
下手物でも見ているかのように顔をしかめて嫌悪感をあらわにしていた。
「分かった、分かった、なぁ、このまま突進しても本当に平気なんだよな」
「うん、そうだよ、見えてるだけで、実体はないから」
「そう言われても、なんか勇気がいるよな」
目の前に背の丈を超える草むらが茂り鬱蒼と広がっている、誰もがこの先に異空間が広がっていると想像もしないだろう、仮にこの草むらに突進したところで異空間であることを普通の人は認識する事が出来ないらしい。
「平気だって」
彼女は平然と草むらの中へ入っていった、俺も引きずられて掻き分ける間もなく草むらの中へ入った、彼女が言うように草が顔に当たるわけでもなく、ただ、なんとなくそんな気がするだけでお堂が目の前に現れた。
「この草むらって奥まであるように見えるけど浅いんだよな」
「うん、本当ならずっと続いているんじゃない?」
「そっか、ここにお堂があるせいで草むらがここに無くなってるのか」
「そいことぉ!中に入ろう」
彼女は中に入ると、スカートを整えながら床にちょこんと座った、俺は彼女と少し間隔を置いて床にあぐらをかいて、彼女の姿を改めて見た。
髪は綺麗な髪飾りで左右二つに結ばれ、綺麗にアイロンがされた丸襟のブラウス、膝上丈のスカートに黒のタイツ姿は群を抜いて可愛らしくなっていた。
「ねぇ、なんで、そんなに離れて座るの?」
「いや、だって、特に意味はないけど・・・」
「もっと、近くに座りなよ、話しずらいじゃん」
「あっ、そうかもね」
俺は膝を床に着けたまま、彼女の前へ移動して座り直した。
「ここで、良いか?」
「うん、別に近くならどこでもいいけど」
「それで、話しってなんだ」
「ラスプーチンの卵の話しに決まっているじゃん、どうして、男子トイレにあるって言う訳、私も探したよ」
「探したって言うけどよ、あのトイレは変じゃないか」
「なにが?」
「奥にどこからも行かれない空間があるだろ」
「ホントに!」
俺は鞄の中から旧校舎の手書きの図面を取りだして床に広げた。
「ここの場所だよ、トイレはこんなに奥行きがないだろ、でも、ここは階段だから・・・」
「なるほど、なるほど」
「だから、トイレのどこかに入り口が隠されてるじゃないかと俺は思うんだけど」
「なるほど」
「なければ壁をぶっ壊してよ、どうせ、取り壊す建物だろ」
「うーん」
「聞いてるのか?」
「うん、聞いてるよ、壁って簡単に壊れるの」
「そんなのやってみないと分からないけど、でっかいハンマーでドカンとやれば壊れるだろ」
「そのでっかいハンマーってどこにあるの?」
「それは、エミリーの叔父さんに頼めばいいだろ」
「頼むのは良いけど、北海道に居るんだよ、取りに行くの?」
「それはよ、送ってもらうとか、なんやかんや言って、入手する方法があるだろ、ついでにそのハンマーで卵をぶっ壊すっていうのもありだな」
「ふーん」
「探す気がなくなったのか」
「そうじゃなくてさ・・・話しって、そのさ、パワーが弱くなってるみたいなの、出たり出なかったり」
「おいおい、なに言ってんだよ、それじゃ、困るだろ、唯一の破壊方法なんだろ」
「うん、時空の鏡があれば元に戻ると思うけど」
「それはどこにあるんだよ」
「時空で落としたって言わなかったっけ?」
「聞いたような、聞いてない様な、まぁ、それで、それを見つけるのが先って事なんだな」
「うん、まぁ」
「卵の次ぎは鏡かよ、時空って事は、警察に届けられてるって事はないよな」
「可能性はあるけど」
「マジか、あんのか!時空にも警察があるのか、時空警察・・・なんか格好いいな」
「そうじゃなくて、ある空間のある時間に落ちてるの、拾った人が警察に届けるかもしれないってこと」
「そんなもの探しようがないだろ!」
「だから、相談してんじゃん!」
「だいたいさ、なんでそんな大切な鏡を落としちゃったんだよ」
彼女の俺の問いかけに堰を切ったかのように急に激しい口調で言葉を発した。
「私が悪いみたいに言わないでよ、時空を、無理矢理、開いた非常識な人がいたの!その時にぶつかって落としたの」
「どうしてすぐに拾わなかったんだ」
「あのさ、拾える訳がないでしょ」
「どうしてさ」
「道を歩いているじゃないんだよ、分かりやすく言えば、パラパラ漫画が高速で展開しているみたいな状態なの、移動するって言うよりはパラパラ漫画の一コマを選んで切り取るみたいな感じなの」
「切り取ってどうするんだ」
「その絵の中に私を書き入れると、その後は私が存在している絵が書き続けられる、逆に言えば書き入れられないとその後の絵には存在しない事になる」
「神隠しか」
「そう、不思議なのは私が移動しているのを知っていて、その隙間を開いた事なの」
「誰だ」
「分からないよ、あんな無理に開くって事は、緊急事態で開く条件を知っていて、でも、不完全な形でしか開けない状況だったって訳なんだよね、何か私に知らせたい事があったのか、今になっては分からないんだよね」
「それは過去や未来にも行けるのか」
「過去や未来には行かれないよ、タイムマシンじゃないから、ただ、未来や過去を僅かに変える事は出来る、あーっ!もう、こんな時間だ」
自分の腕時計を見て、彼女と同じ衝撃を受けた。
「そんなに時間が経ったか?」
「ダーリンの時計、高そうだね」
「ああ」
「やっぱり、そのダーリンって言うの止めないか」
「彩矢さん専用だから」
「分かった、あいつに言わせないようにする」
「その時計、彩矢さんに買ってもらったの?」
「なんで分かったんだ」
「趣味が悪いから」
「だろ、あいつが勝手に買いやがったからな、チカチカして見にくいし」
「でも、着けてるって事は気に入っているからでしょ」
「ちげーよ、これしかないからだよ」
「ふーん、日曜日、デートしたんだ」
「デートじゃねーよ、連れ回されただけだ」
「私は気にしてないよ、どう頑張っても、勝てる相手じゃないから」
「ふん、あいつも言ってたよ、私の敵じゃないってな、あんな、板ぺらみたいな女がよく言うよな」
「ドラム缶みたいな私が言うセリフでもないけど」
「阿部さんはドラム缶って言うより、鏡餅だろ」
「ひっどーいっ!私がデブだからって、それは酷いよ」
「縁起物なんだから、板ぺらよりはマシだろ」
「そうだね」
「納得したのか?」
「するわけないでしょ!」
お堂のある雑木林を抜け学校へ戻ると昼休みの時間になっていた、校舎の外に出て裏庭のベンチで弁当を食べる事にした、お弁当は女の子らしい彩りに色々なおかずとおにぎりが詰められている。
「今日も、すげー美味そうだな」
「おにぎりが今日のお薦めだよ」
早速、手にしたおにぎりにかぶりつくと少し辛みのある具味が米に良く合って食欲が増していく。
「くぅ~、うまいなぁ~、この具はなんだ?」
「葉唐辛子だよ、美味しいでしょ」
「ちょっと辛いけど、これが米に合うんだよな」
残ったおにぎりを口に押し込んでいると彼女は微笑みながら飲み物を用意してくれていた。
「気に入ってくれて良かった、嬉しい」
「エミリーの弁当は最高だな」
二人で食事をしている様子を他の奴らが注視していた、二人揃って午前中の授業を休み、昼休みに現れたかと思えば、彼女の手作り弁当を一緒に食べている光景は摩訶不思議だろう。
「あのさ、今日の放課後に行ってみるか」
「どこに?」
「旧校舎に決まってるじゃないか、あの隠し部屋にどうやって入るのか調べないと」
図面を書いているときに不可解な場所を発見し、そこに彼女あ探しているラスプーチンの卵がある可能性が高いと考えていた、彼女も俺と同じ考えのようだがあまり嬉しそうではなかった、そして、今も、口に運ぼうとしていたおにぎりを手にしたまま膝の上に置き俯いていた。
「どうしたんだよ」
「ラスプーチンの卵はそこにあるよ」
「可能性は高いよな、ずっと、探してたんだろ、嬉しくないのか」
彼女は更に口ごもり呟いた。
「なんか、呆気ないよね・・・」
「どういう意味だよ、早く見つけないと大変な事が起こるんだろ」
「うん」
彼女は何も言わずに膝に置いていたおにぎりを一口食べた。
「今まで、必死にずっと探してたのに、いざ、見つかるかもしれないとなったら、見つからないで欲しいなんてね、やっぱり、こうなっちゃうんだよね」
黙って俺の顔を見ている彼女の瞳が潤んでいるように見えた。
「どうしたんだ、泣いているのか」
「違うよ、ねぇ、今日の放課後は止めて、ちょっと、付き合ってくれない?」
「俺は構わないぜ、どこでも行ってやるよ」
「良かった~!それじゃ、叔父さんに電話してくる!」
彼女は食べかけのおにぎりを俺に渡すと、本校舎の方へ走っていってしまった、俺は手渡されたおにぎりを見つめながら呟いた。
「まさか、いや、それはないだろ」
頭の中で二つのキーワードが結びついた事に一抹の不安を感じた、しかし、それはあまりにも無謀で不安材料として頭の中から消し去ろうとしていた時に彼女の声が耳に入った。
「あのさぁ~!もう、午後の授業が始まっちゃうから、お弁当残っているの全部食べちゃって-!私、叔父さんに電話したら、そのまま教室に行っちゃうから」
「午後の授業は教室じゃないぞ!」
「どこなの?」
「美術室だよ」
「あっ、そうなの、ありがと」
彼女は急ぎ足で本校舎の方へ消えていった、俺は手にしたおにぎりを口に放り込んで鞄の中を確認した。
「あの様子じゃ、持って来てないだろうな・・・あっ、やべぇー」
午後の授業開始の予備チャイムが校庭に鳴り響いた、残ったおかずやらを口にとりあえず入れ、彼女のお弁当箱を鞄に入れ、校舎の1階にある美術室に向かった。
「あっ、お弁当箱、ごめんね」
「いや、いや、ごちそうさま」
お弁当箱を彼女に手渡し、彫刻刀を机に置いた。
「ねぇ、それ、みんな持ってるけど、今日は何をするの?」
「彫刻だろ」
「私、持って来てないけど、なんで、みんな持ってきてるの?」
「それは、担任が昨日の放課後に明日の美術は彫刻刀を持って来いって言ってたから」
「聞いてないけど」
「エミリーもその時に居たよ」
「うっそ!」
「ほおづえついて、ぼーっとしてたから、聞いてなかったんだろ」
「それなら、昨日、帰りに言ってよ、夜も一緒だったんだからさぁ」
隣の席に座っていたクラスメイトが会話を聞いてはっとした顔をした。
「夜も一緒なんて、変な誤解をされるだろ」
「変な事なんてしてないでしょ、だから、なんで、言ってくれなかったのよ」
「俺のせいにするなよ、ちゃんと、担任の話しを聞いてなかったからだろ」
教室のドアが開き美術教員が教室に入ってくると、騒がしかった教室は静まり返りった。
「あっ!それで、あの時、ニヤニヤしてたんだ、もう、意地悪!」
教壇に立った教員は彼女の方を見てるのに、気がつかない様子で声を上げていた。
「ねぇ、1本で良いから貸してよ!」
静まり返った教室に彼女の声だけが響いていた、出席簿を教卓に置いた教員は物言いたげに咳払いをした。
「1本くらい、いいでしょ、いっぱいあるんだから」
「阿部っ!うるさいぞ、静かにしろ!道具の貸し借りはダメだぞ、忘れたのか!」
「い、いえっ、すみません・・・」
身体を小さく丸めて俯いた彼女に追い打ちを掛けるかのように教員は声を張った。
「道具を忘れるような者は作品を創作する資格はないっ!忘れた者はすぐに教室から出て行って廊下で反省をしていなさい!」
教員は生徒を見渡しながらそれぞれ机の上に置いてある彫刻刀を確認していると、机の上に何も置いていない彼女を捉え鋭い視線が留まった。
「阿部っ」
「は、はい・・・」
「お前は忘れたんじゃないのか」
「い、いや、あります」
「それなら、早く出しなさい」
「は、はい」
留まった視線から解放された彼女は教員から見えない机の下で手を合わせて小声で懇願した。
「お願いだから、助けて」
この学校の美術教員は変わり者の頑固じいさんで、他の教員とも殆ど話しもせずに美術準備室で何か変な物を作っているという証言をよく耳にする。
美術業界でかなり有名な人らしく、展覧会の招待状などを配布してるが、行ったという話しは聞いた事がなかった。
「あの先生、忘れ物すると怖いよ」
「知ってるよ、だから、助けてよ、1本でいいから、ちょっと、ばれないように」
「しょうがないなぁ~俺の言う事を何でも聞く?」
「聞く、聞く、なんでも聞くから、早く、早く、先生が来ちゃうよ」
出席を取り終えた教員は彫刻刀の使い方や注意事項を解説していた。
「本当に彫刻刀を忘れた生徒は居ないだろうな!居たらすぐに手をあげなさい!」
当然、手を挙げる生徒は誰もいなかった。
「エミリー忘れたなら、手を挙げないと」
ふざけ半分で彼女の腕を持ち上げると、すぐに美術教員の目に止まり近寄ってきた。
「阿部、彫刻刀はどうした」
「ありますよ」
「持って来ているなら、早く机の上に出しなさい」
彼女の慌てぶりでは教員に忘れ物をしたのを証明しているようだった。
「あーだから、その、はい」
「阿部、忘れたなら、正直に言いなさい」
追い詰められた彼女は最後の頼みの綱とばかりに目で訴えていた。
「阿部さん、さっき、机の中に仕舞ってなかったっけ」
「えっ!」
彼女はそっと机の中に手を入れると、その感触に確信を得て表情が明らかに変わった。
「あーそうだ、机に入れてたんだ」
意気揚々と机に彫刻刀を出すと、教員は少し呆れたような顔して背を向けながら言い残した。
「持って来ているなら、早く出しておきなさい」
「はぁ~ぃ」
明るく返事を返した彼女はすぐに俺を見て頬を膨らませた。
「なんだよ、俺のお陰なんだぞ」
「もう、意地悪!持ってるなら、早く出してよぉ~」
「約束、忘れてないよな」
「なんだっけ~っ?」
「とぼけるなよ、何でも言う事を聞くんだよな」
「分かったよぉ~でも、無茶苦茶なのはダメだよ、痛いのとかも」
「まっ、良いのを考えておく」
「はぁ~なんか、嫌な予感・・・」
配られた木片を手にした彼女は作りたい物が決まっていたのかすぐに掘り始め、何かを思い出そうとしているのか宙を見るような素振りを何度もしていた。
完成した作品を教員の元に持って行った彼女は、教員と一緒に準備室へ入るとしばらく戻って来なかった。
「なにしてたの?」
「出来たよ、無くした鏡にそっくりなのを作ってみたの」
「へぇーそれで、時空の移動が出来る様になるの?」
「たぶん無理、合わせ鏡になってないから、御守り的な感じだよ」
「そんな簡単に作れないよな」
「それは、なに?」
「俺のはキーホルダー」
彼女の目の前でぶら下げて見せると、しげしげと眺めていた。
「意外と器用なんだね、これ、ロケット?」
「ミサイルにも見えるけどな、まぁ、デザインよりも実用重視で作ったから」
俺は持っていた自宅の鍵を作ったキーホルダーに付けていると彼女を呼び出す校内放送が流れた。
「午前中、授業をサボったのがバレたのかな」
「違うって、だったら、一緒に呼び出されるでしょ、叔父さんからの連絡だよ、ちょっと、行ってくるね」
彼女は美術教員に告げ教室から出て行くと、さっき打ち消したはずの一抹の不安が蘇ってきた。
数分後、教室に戻って来た彼女は美術教員に何かを告げた後、俺の元へ駆け寄ってきた。
「行くよ!」
「どこに、まだ、授業中だぞ」
「大丈夫、先生には断ったから、急がないと、間に合わないの」
「なんだよ」
「とにかく、私についてきて、後でゆっくり話すから」
彼女は俺の手を取り教室の外に出た。
「おい、おい、なんだよ、急に」
「だから、今、説明していると、電車に乗り遅れちゃうの」
「一体、どこに行くんだよ」
「叔父さんのところだよ、叔父さんが電車とか全部手配してくれたの」
「叔父さんの所って、まさか、北海道じゃないだろうな」
「そうに決まっているでしょ、叔父さんは北海道に居るんだから」
俺は手を引く彼女の腕を取った。
「ちょ、ちょい、待て、今から北海道って、帰って来られないだろ」
「今日は泊まるに決まってるでしょ、もう、今から出ても、着くのは夜なんだから」
「いや、だから、俺、親とかに言ってねえし、勝手に外泊したらさすがに怒られるだろ」
彼女は俺の腕を引っ張るように下駄箱まで歩いていった。
「叔父さんがそんな中途半端な事はしないの分かってるでしょ」
「学校は?」
「さっき、先生の反応を見たでしょ、あっ、先生、行ってきまーす」
「あー、気を付けて行ってこいよ」
「はぁーぃ」
「なんだ、お前が行くのか」
「いや、先生、俺は・・・」
「阿部の足手まといになるなよ」
「いや、違うんです、俺・・・」
「もう、早くぅ~靴を履き替えてよ」
「どうなってるんだよ」
「知らないよ、とにかく、急がないと、電車に乗り遅れちゃうの」
頭が混乱し過ぎてショート寸前だ、何がどうなって、こうなると、学校公認で授業を抜け出し北海道に行けるようになるのか?考える余地もなく言われるがまま駅へ向かった。