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第35話:幻の現は終わらない

――ソレは、ニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべ、赤に汚れた鈍く光を返す刃こぼれをした包丁を片手に持ち揺れていた


「……勇者様、どうかしましたか?」

「アインさん、幻覚だってわかってても……」


――ボクはあの幻覚(おとこ)を壊したくなる……――


そう、部屋の奥の方から目線を反らさずにボクが言うとアインさんはわずかに目を見開き、ボクの手に触れていたけど……

ボクの視界にはすでにアインさんが入らなくなっていて……


――あぁ、そうだった……ボクはあの幻覚(おとこ)を殺したくてずっと……――


そう思った時だった、聞いたことのある女性の声がボクの耳に届いたのは。


「ソウ、ディルさん……」

「お久しぶり……でもないわね、ミサキ様」


声がした方を見ればそこにはここにいるはずのない魔王の奥さんのソウディルさんがいて

その横にはキラキラ王子が不思議そうな顔をして立っていた。


「勇者様は彼女をご存じなんですか?」

「え、ていうか……」


その人魔王の奥さんだよって言おうとした時、ソウディルさんはどこかいたずらしてるような表情で立てた人差し指を自分の口元に持ってきてウインクをしてきた。

……つまり魔王の奥さんだっていうことは内緒ってことなのかな?


「それよりもミサキ様、あなたは何を見ていたんですか?」

「あ……」


そうだ、ボクはあの男の幻覚を見てて……


「……あれ(・・)が、ミサキ様の淀みなのですね……」


ソウディルさんはまっすぐボクにしか見えないはずの幻覚を見ながらそう確かに言った。

そしてソウディルさんはにっこりと笑みを浮かべ


「ミサキ様には旦那様のことでお世話になりましたので少しばかりの恩返し致しますね」

「恩返し……?」


えぇ、と頷いたソウディルさんはあの男の幻覚を見据えると軽く右手を払った

その瞬間、幻覚のはずのやつは顔を歪め、何かを叫ぶように口を大きく開き、かき消されるようにその姿はボクの目から消えた。


「これでもうミサキ様が淀みに思考が落ちることはなくなりますわ」


そう綺麗な笑みを浮かべるソウディルさんだけど……この人はどこまで気づいてたんだろ……?

つい思ったことを聞いてみたらソウディルさんは笑みの種類を変えずにあっさりと言った


「あなたが何かに対して強い負の感情を持っているということも、そしてそれを他者に隠そうとしているということですわね」

「……ソウディルさんって案外こわい人だよね……」

「ふふ、それよりもミサキ様。今のあなたはまだ完全ではないのでお気をつけくださいませ」

「ん……」


まだ完全じゃない……それはボクにだってわかってることだった。

ボクはまだ完全にあの幻覚に対する嫌な気持ちが収まりきってないから……


――あぁ、ホント気持ち悪い(・・・・・)……


ぼんやりと幻覚のあった位置を見つめるボクを見守っているソウディルさんの視線に気づけないくらいにはボクの思考が少しずつ沈みつつあることにボクはまだ自分でも気付けていないのだった……

なんで魔王の嫁がいるかと言えば彼女は投資家でもあるからであったり。

ていうか姿自体人とさほど変わんないんだよーという例であり、ソウディルの力の一部をチラ見せしようかと!


ていうか八つ当たり相手そういやいないな……

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