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「ほんまに攫ってきたんか」

 青いTシャツをきた高校生くらいの少年が私をみてから天を仰ぐ。

 他の男たちはサングラスをかけ素顔を晒していないのに、彼は堂々と顔を晒している。


「うるせぇ、お前が見たいっていうから連れてきてやったんだ。用が済んだんだからとっとと失せろ」

 迷彩柄のTシャツをきた大柄な男が少年に向かって怒鳴る。

「へーへー。お嬢、また会おう」

 彼はウィンクするとバイバイと手を振ると部屋を出ていった。






 今回の騒動の始まりは突然両親が帰国してきたことに始まる。

 普段両親は本拠地のアメリカか、商談や接待などで自家用ジェットで世界中を飛び回っている。

 日本は長男に任せているので滅多に戻ってこない。


「仏教徒ではないくせに、なぜか毎回お盆に帰国してくる」

 成田空港ではなく、羽田空港に向かう車を運転しながら黒崎が説明をする。

 私たちは今、両親の出迎えに向かっているところだった。


「滞在予定は2日間。来日目的は凰華に会うことで、2日間とも凰華と過す。去年の例からいっても、いろいろ連れまわされるから覚悟しておけ」

「その言い方ってなんか面倒事みたいなかんじよね」

 私は頬づえをついて車の外を眺める。お盆の時期なので首都高は少し混雑している。


「1年分の愛情を2日間に凝縮されて味あわされる。俺も実際にみたのは初代のときだけだ。めずらしく初代が疲れていたのを覚えている」

「2代目の話はよく出てくるけど、初代の人の話はあんまり聞いたことがないね。初めてかも。初代ってどんな人だったの?」

 私は窓の外から視線を車内に戻す。

 同じ凰華として人生を送った人に興味がある。


「2代目はいろいろトラブルを自分から起こしていたからな。初代は簡単にいうと劇場型だったな」

「劇場型?」

「ああ。悲劇の美少女という役柄に陶酔していた。この世界で8か月持った。最後の誘拐がなければもっと持ったかもしれないな」

 黒崎の声が一段と低くなる。

 何か聞いてはいけないことを聞いてしまった。そんな感じがした。

 正直もう少しその話を詳しく知りたかったのだけど、私は口を閉ざす。



「凰華!会いたかったよー!」

 VIP用待合室の中に入るとすぐさま中年男性にがしっと抱きしめられた。

「ローズ元気でしたか?」

 目が点になりそうな私の目の前で、優しそうなプラチナブロンド美人がにっこりと笑う。

 事前にネットで彼らの顔を見てきた。間違いなく凰華の両親だった。


「お、お久しぶりです。ちょっと苦しいです。お父様」

 私は抱きついた父親の背中をパンパンと軽く叩く。

「凰華、もうパパと言ってくれないのか?」

 彼は娘を抱きしめる手を緩め、娘の肩に手を置いて力説する。ものすごく悲しそうな顔に私は若干引く。


「お、おかえりなさい。パパ、ママ」

「凰華!相変わらずなんて可愛いんだ!」

 再びがしっと抱き付かれ、私は息を詰まらせうげっと小さく呻いた。


 再会の抱擁から解放されたのは、それから20分も後だった。

 やっとVIP待合室から空港の出口へと移動する。

 すでに疲れている私の足取りは重い。


「ローズ、最近ずっと入院していたでしょ?体は大丈夫なの?」

 優しげな母親が心配そうに話しかけてくる。

「そうだよ、凰華大丈夫なのかい?」

 そして暑苦しい父親も……正直彼は黙って立っていれば素敵なロマンスグレーの叔父様なのに、かなりがっかりだ。


「大丈夫。体はいたって元気です(さっきまでは)」

 私は少し疲れた顔で笑う。

 私たち3人が歩く後ろには山ほどの荷物が積まれたカートを押す数人の男たちがぴったりとついてくる。

 たった二日間の滞在なのに驚くほどの荷物量だ。


「ああ、これね。私が選んだ一年分のローズへのお土産よ。衣類や装飾品ね」

 私の視線に気が付いた母親がついてくる大型カート5台を指さす。

 あれ全部土産?どんだけ買ってるのよ!

 どうやら母親はショッピング中毒のようだ。


「パパのもあるよ!さきに家に送ったけどね」

 対抗意識なのか父親がすかさず主張する。

 今クローゼットにある服だけでも着こなせないのに、そんな大量に貰っても……。


「でも、大人になったせいかしら。一年であなたの雰囲気も変わったわ。似合わないものがあるかもしれないわ」

 立ち止って私をじろじろと母親は見つめる。

 一瞬どきりとする。そりゃ前にあったのは初代で今は私。中身が違うんだもん。雰囲気が変わってもおかしくはない。


「早速、いまのあなたに合わせたプレゼントを買いに行きましょう」

 母親は私の腕をつかむとさっさと空港出口に向かって歩き始める。

 空港出口の自動ドアをくぐると、目の前の車止めに黒塗りのリンカーンがしずしずと入ってくる。映画でしかみたこがない私はその大きさに驚く。普通の車の2倍はある。


「さぁ乗って。さっそく銀座に行きましょう」

 ぐいっと母親に腕をひかれるが、私はそれを押しとどめる。

「ママ、私も車できているからそっちで後をついていきます。私最近慣れた車じゃないと酔いやすいの」

 もちろん嘘八百だ。正直一旦2人から距離をとって休憩したかった。


「そう?それなら仕方ないわね」

 諦めてくれたらしく、両親はしぶしぶ二人だけでリンカーンに乗り込む。

 私は黒崎を見つけると、やや小走りで彼があけた車の後部ドアをくぐる。


 そのあと銀座についてから怒涛のショッピングが始まった。

 衣類、鞄、靴それに装飾品。正直銀座のほとんどの店を回りかねない勢いだった。


 ある程度疲れると、なんだかんだと理由をつけて黒崎のもとに私は逃げ込む。どうもそれがいけなかったらしい。父親の子供じみた嫉妬心に火をつけたようだ。

 15時のおやつをオシャレなカフェで取っているときに、父親が黒崎を呼び寄せる。


「君は今日は帰っていいよ。そうだ、今から明日いっぱい休みでいい。凰華は私たちがついているから君がいなくても大丈夫だ」

「かしこまりました」

 黒崎は深々と礼をとると、すぐにその場から立ち去って行った。

 私は唖然とする。

 緊急クエストが突然発生したらどうするのよ!


 私はバックの中にひそめた小型銃をぎゅっと握りしめる。

 最近護身のために銃を黒崎から習い始めたばかりだ。あまりうまく的に当てられないけど。


 世界的にお金持ちの夫婦には強そうな外人のボディーガードが3人ついている。

 彼らに守ってもらうしかない。

 私は銃から指を離し、運ばれてきたケーキの攻略にかかった。


 長時間耐久ショッピングの本日分はそろそろ終了となる頃、私はデパートのトイレに向かった。

 朝からずっとトイレに行く暇もなかったのだ。

 用を済ませ、水道をひねり手を洗っているときに、突然ぴたりと何かが背中に触れる。


「黙っていうとおりにしろ。抵抗すれば撃つ」

 高級デパートの女子トイレに不釣り合いな迷彩柄のTシャツをきた男が背後に立っていた。

 私は鏡でそれを確認して静かに頷く。

 いつもの緊急クエストをつげるブザー音が鳴らないことに私は歯噛みする。音が鳴ってくれれば逃げ出せたかもしれなかったのに。


 男はハンカチらしき布を私の口と鼻をおおうように当てる。

 薬品のにおいがする。

 そう感じたときには私は意識を失っていた。




 次に目覚めたときにはトイレではなく、どこかの小さな倉庫として使っている部屋だった。

 目覚めた瞬間にいつものブザー音が鳴り響く。

 ブーブーブーブー。

『緊急クエスト発生!無事に家まで辿り着け!』


 いつもは多少危険な状況に陥る前にブザー音の警告で難を逃れていたのだけど、今回の緊急クエストはつかまった状態から逃げ出せと言っている。

 ひどいよ。自力で逃げ出せるわけがない。


「目覚めたようだな」

 私の近くでパイプ椅子に座った男が、声をかけてくる。

 この部屋の中には他に人は二人。全員がサングラスをかけ、顔を判別させないようにしている。

 服装は全員Tシャツ。体つきは若く見える。少なくとも10台から30台前半。

 私はというと体の前で手首を紐できつく結ばれている。足は拘束されていない。


 刃物か銃で脅されていたら叫んでいたかもしれない。

 だけど、今は拘束されているだけで特になにも凶器を突き付けられていない。

 いままでの緊急クエストは一撃でももらったら即死級だった。とりあえず今は即死するような危険な状態ではない。

 きっと黒崎が助けてくれる。私はそう必死に願っていた。


「びびって声もでねぇか?あんたは誘拐されたんだよ、俺たちに。今身代金を用意させている。運がよければ家に帰れるぜ」

 パイプ椅子に座った男が、得意そうにそう話し出した。


「しかしえらく可愛いな。こいつ食っちゃってもいい?」

 アロハ柄のTシャツを着た男がへらへらと笑いながら私を見る。

 その表情に私は背筋に悪寒が走る。

 やだ、きもい。こいつきもい。


「馬鹿、何度もいっただろう。金を手にいれるまではお預けだ」

「ちぇーっ。早く食いたいなー」

 パイプ椅子の男がしかりつける。どうやら彼がこの誘拐のリーダーらしい。


「おい、情報屋がそこの女に会わせろと言ってる。どうする?」

 今まで黙っていた迷彩柄Tシャツ男は、携帯端末をかざして、パイプ椅子の男に尋ねる。

「なんで会わせなきゃいけないんだよ」

「今回の情報料は女と会せればタダでいいそうだ。どうする?」

 パイプ椅子の男は黙り込んだあと「わかった。会わせてやる」と答えた。


 それから10分もしないうちに、一旦外に出ていた迷彩柄Tシャツの男がひょろりとした褐色の髪をした少年を連れてきた。青いTシャツにブルージーンズ。ややたれ目がちな目が印象的だった。

「ほんまに攫ってきたんか」

 彼は私をみて大げさに天を仰ぐ。


「なんだ情報屋ってこんな餓鬼だったのかよ」

「餓鬼ゆーな」

 不満げなパイプ椅子の男に向かって彼はへらりと笑う。

 気の抜けたような笑顔だった。


「お嬢も可哀想にな。眠らされて銀座の高級デパートからぼろい倉庫に強制移動。起きたらまるで別世界。まるでアナザーワールドってか?」

 ぴくりと私はアナザーワールドという言葉に反応する。

 彼はにんまりと満足そうに笑う。


 私を試した?

 彼と私以外の人は苦虫を噛み潰したような顔で少年のほうを見ている。

 つまり情報屋の彼はプレイヤーで他の人はNPCなのだろうか。そういえばゲームガイドラインでPKやハラスメント行為の禁止の注意書きを読んだことがある。確か一発退場だったはずだ。


「しかしあんたら阿保っぽい顔しとるけど、お嬢を攫って来るなんてほんまに阿保やったんやな」

「なんだと!」

 アロハ柄のTシャツの男が激高して、小馬鹿にした少年の胸ぐらを掴む。

「そいつに手を出すな!」

 すぐにパイプ椅子の男が立ち上がって怒鳴る。


「堪忍な、お嬢。俺はこいつらにNシステムに引っかかれへん、ルートの情報を売っただけや。別に誘拐犯ん仲間とはちゃう」


「うるせぇ、お前が見たいっていうから連れてきてやったんだ。用が済んだんだからとっとと失せろ」

 迷彩柄のTシャツをきた大柄な男が少年に向かって怒鳴る。

「へーへー。お嬢、また会おう」

 彼はウィンクするとバイバイと手を振ると部屋を出ていった。彼について迷彩柄のTシャツの男は外に出ていく。


 一体あの少年は何が言いたかったんだろうか。

 私は彼が出ていった扉をじっと見つめた。


「おい、帰って来ねぇな」

 10分ほど過ぎても迷彩柄のTシャツの男は戻ってこなかった。

 イライラしたようにパイプ椅子の男が煙草に火をつける。携帯端末を取り出しなにやら操作を行うが「ちっ」と言ってそのままポケットに携帯端末をしまう。


「あいつと連絡がとれねぇ。お前ちょっと見てこい」

「ええー、いいのかよ。一人だけになっちまうぜ?」

「大丈夫だよ、これがある」

 彼はジーンズのポケットから小さな拳銃を取り出して私に向ける。


 あれは私のバックに入っていたやつだ。

 持っていたことが裏目に出る。役に立ちたいと思っているのに見事な空回りだ。自分が嫌になる。


「わかったよ。勝手に食うなよ」

 男はそういうと倉庫から出ていく。


 それからしばらくしても二人は帰ってこない。

 パイプ椅子の男は段々とイライラし始める。

 黒崎だ。きっと黒崎が来ているんだ。


 私は倉庫の中をもう一度確認する。出入り可能な箇所は二カ所。扉と小さな窓。

 彼ならどっちから入ってくる?

 私は意を決すると、おずおずと立ち上がる。


「動くな、大人しく座っていろ」

 男が銃を向けて怒鳴る。

「トイレ……トイレに行きたい。我慢できない。トイレどこ?」

 私はうろうろするふりをして少しずつ窓側に向かう。窓は結構私から離れている。だから男は私が窓から逃げ出すなんて思っていない。


「誰か戻ってくるまで、我慢しろ!おい、座れ!」

 私は窓と直線状に並ぶところまでくると、窓ガラスに向かって「放電」スキルを放つ。

 目に鮮やかな閃光と同時に派手な音をたて窓ガラスが破られる。

 私はスキルを放つと同時にすぐに窓の前から離れる。


「なんだ!誰かいるのか!」

 男は突然割れた窓ガラスのほうに向かって銃を構えたそのとき、扉が勢いよく開き黒崎が飛び込んでくる。

 ズガーン!

 一発の銃声が鳴り響く。


 腕を打ち抜かれた男は銃を取り落す。

 黒崎は2丁拳銃を男に向けたまま、私に声をかけてくる。


「怪我は?」

「ない」

 私はそう答えた後、今まで張りつめていた緊張が解ける。

「怖かった。……気持ち悪い男もいたし、遅い、遅いよ」

 私はぼろぼろと泣きながら黒崎に文句を言う。


「悪かった」

 黒崎はぼそりとつぶやくようにそう言った。



 そのあと家まで私は興奮が収まらず、車の中で泣き続けた。

 あの狭い空間でいつ襲ってくるかわからない男たちと対峙し続けたのが結構つらかったのだ。

 それでもなお気を張って頑張れたのは、黒崎が絶対に助けに来てくれると信じていたからだ。


 家にたどり着くとファンファーレが鳴り響く。

 パンパカパーン!パンパカパーン!

『緊急クエスト達成! 取得経験値 1034』

『カルマLvが8に上がりました。』

 空々しく響くファンファーレの音に、思わず苦笑する。


 家で私の無事を待っていた両親は駆け寄ってくると、私を無言で抱きしめた。

 優しいひと肌が暖かかった。

 気遣う両親を後にし、私は自分の部屋に戻る。


 黒崎がすぐにチョコレート添えのコーヒーを淹れてくれた。

 私は黙ってコーヒーをしばらく飲む。


「黒崎は結構前にあの現場についていたんでしょう?」

 私はチョコレートを食べたあと正面に座る彼に質問する。

「そうだ。凰華の奥歯に発信器を取り付けている。だからすぐに場所はわかった」


 やっぱりね。私は納得する。

 黒崎ならやりかねない。


「それですぐに突入してこなかったのは、私に怪我をさせたくなかったから?」

「そうだ。俺はお前を守ると約束した」

 じっと彼は目をそらさずに私を見る。


「だが、部屋の中の状態がわからなかった。むやみに突入すべきか俺は迷った。ところでなんで窓を破った?俺が扉の外にいたことに気が付いていたのか?」

「だって窓の外は川だったんだもの。いくら黒崎でも見つからないように入ってこれないわ。そうなると扉の向こうにいると思った。私は黒崎がいるってことを信じていたから」


 私はじっと黒崎を見てそう告げる。

 彼は手を頭に当てると整った髪をくしゃりと握りつぶす。


「初代は誘拐されたことでこのゲームを脱退した。俺は彼女を助けることができたが、彼女に怪我を負わせた。実際大した怪我ではなかったが、長時間誘拐犯とのいたことによる心労と自分の腕から流れた血で彼女は心神喪失状態になった」

 彼は私の頭に向かって腕を伸ばす。


「お前はよくやった。自分で自分の危機を脱出したんだ。あの陽動がなければ俺は突入をずっとためらっただろう」

 彼は私の頭をひと撫ですると腕を戻す。

 私は少し照れくさくなる。


「あの誘拐犯はNPCだった。私がスキルなんてものを持っているとは知らないだろうって思ったから。私、黒崎が来る前にプレイヤーに会ったんだよ」

 私はあの少年との会話を黒崎に説明する。


「情報屋か。少し調べてみる必要があるな」

 彼はそういうと、席を立つ。自分の部屋に向かおうとする。私は彼に声をかける。

「黒崎」

「なんだ」

 彼は私のほうを振り返る。


「助けてくれてありがとう」

 私がそう伝えると彼は軽く目を瞠る。

「凰華に初めて礼を言われたな。お前はやはり変わっている」

 彼はおかしそうに笑うとそのまま自室へと戻っていった。



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