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「ねぇ、前に言ったアナザーワールドってゲーム覚えている?」

 バイト代が出たので久々に楽しいショッピングを終えた私と友人は買い物でもらった福引券を手に握りしめ抽選会場の人の列に並んでいた。抽選会場は家族連れが多く、はしゃぐ子供の甲高い声が耳の中に響く。


「え?何か言った?」

 福引商品二等にあたる家庭用エスプレッソマシーンを欲しいなぁとしげしげと見つめていたので、友人が話かけた言葉を私は聞き逃してしまう。


 友人である茅野真紀とは今通っている大学の講座で知り合った。大学進学のために地方から出て来た私にはこの土地では知り合いが誰もいなかったので、割とすぐに真紀と仲良くなれたことはすごく嬉しかった。引っ越して最初の二週間くらい誰とも話をすることがなくて、正直このまま一人ぼっちなのかと早々にホームシックにかかったっけ。


「だから、アナザーワールドってゲーム覚えてる?  最近流行っているって話したゲームなんだけど。別人として人生をやり直せるっていうVRMMOだよ」

 真紀はすらりとした長い手でかさばる荷物を持ち直しながら唇を尖らせる。


「あー、前に真紀が言ってたやつだね。なんとなく覚えてる」

 少し進んだ並び順を詰めながら前に聞いたゲームの説明をぼんやりと頭で思い浮かべる。


「確かどこの誰が作ったのかわからない謎のゲームで、全世界に無料配布されていて、なんかお金くれる怪しいゲームだっけ?」


 無料で遊ぶことが出来てお金をくれる?

 その話を聞いて、まず思ったのがどこかの信仰宗教の洗脳ゲームか何かじゃないかと疑った。

 ゲーム内にカルマLvというものがあり、このLvが一定の値を超えるとプレイヤーあてに賞金が送られてくるそうだ。Lv5で千円。Lv10で5千円。Lv100になるとなんと20億とか馬鹿げた数字になるらしい。実際にヘビーユーザー達がLv20の賞金5万円を、手にいれたという報告が掲示板を賑わせている。


「お金をくれるのは何でか判らないけど、集団失踪とかニュースになっていし、ずっとやってるけど特に問題はないよ。私はゲームの中では農家の子供でね、なんか広大な自然に囲まれて癒されるし、今まで知らなかったことを学んだりできて楽しいよ。由真もやろうよ。ほら、福引商品にゲーム機があるし。当てようね」


「私はエスプレッソマシンのほうが欲しいんだけど……」

 3Dゲームならやったことがあるけど、VRMMOはゲーム機やソフトの値段が高額なので手を出したことがない。というよりゲームやる時間があるならバイトして大学に着ていく服を買ったほうがいいじゃない。正直十人並の私が着飾っても微妙なのは判っているけど、それとこれとは別問題なのだ。


「お次の方どうぞー。はい。3回ですね」

 にこにこと愛想笑いをしているお姉さんに福引券を渡して、私は抽選ボタンを押す。

 二等来い!エスプレッソマシン来い!

 ピピピと音をたてながら抽選用画面はぐるぐると幾何学模様が縦横無尽に走り出す。


「三等来い!ゲーム機来い!」

 隣の真紀が邪念を入れて来る。

「はい。残念でした。参加賞のティッシュです」

「……」

 全部見事にハズレて私はがっくりしながらティッシュを受け取る。

 しょせん私には手が届かない存在だったのか、エスプレッソマシンは……。


 めげている私の隣で真紀が抽選ボタンを意気揚々と押す。

「よっしゃー!三等ゲット!」

 見事に狙い通りに当てた真紀が嬉しそうにぴょこぴょこと飛び跳ねる。

 二等より三等のほうが当たる数が多いけど、狙い通りに当てるとは。


「おめでとうございます」

 店員さんからずっしりと重みがある紙袋を真紀は受け取ると「はい」と言って私に渡してくる。

 ……これ中古屋で売り払って洋服でも買った方がいいんじゃないか。ひっそりとそう考えていた私に真紀が絶対ゲームやるんだよと念押しをしてくる。

 そうですよね。人にもらったものを売るのはダメですよね。ちぇっ。


 ものは試しということで家に帰ってから早速ゲームをダウンロードする。ダウロードが完了すると頭にバーチャルヘッドをつけ、ベットの上にごろりと横になる。

「ゲームスタート」

 そうつぶやくと一瞬のうちに仮想サーバーに接続され、まるで宇宙空間のようなステージに強制移動させられる。


「綺麗……」

 真っ暗な世界を彩るキラキラと輝くミルキーウェイ。私はゆっくりとその空間を眺める。


『「アナザーワールド」にようこそ。私はゲームナビゲーターです。』

 どこからともなく機械的な女性の声が聞こえてくる。

『「アナザーワールド」は人生体験ゲームです。あなたはこのゲーム内で一人の人間として生活していくことになります。

 最初にお断りしておきます。あなたがこのゲームで体験するキャラクターの設定は、他のゲームのようにキャラクター作成はございません。全てこちらでランダムに決定させていただきます』


 ひとおとり、ゲームの説明を私はぼんやりと聞く。

 気に入らないキャラクターでもやり直しは不可らしく、決められたキャラクターが嫌ならゲームを脱退するしかないらしい。ゲームを脱退したら二度とログイン不可。脱退しても途中まで育てたキャラクターは消滅せず、Lv以外はそのまま保存されて別の人が受け継ぐらしい。


 まぁ興味本位で始めるだけだし、飽きたら脱退すればいいのであまりその辺りには興味がない。


 説明が終わると目の前の景色が宇宙空間から室内に風景が変わる。そこは広い応接室のようだ。ベージュ色のソファにガラスのテーブル。テーブルの上には一客のティーセットが置かれている。壁には数個の観葉植物と大きな絵が一枚飾られていた。

 その絵は宇宙からみた地球が描かれている。青い球体に白い雲がかかり、広い宇宙の中にぽつんと一つ浮かんでいる様はなんとなく寂しいような気がした。


『どうぞおかけください。飲物はご自由にどうぞ』

 声をかけられ、私はゆっくりとソファに座る。ソファは柔らかいレザーで座り心地がいい。

 味覚はどうなのだろう?気になったので、ティーポットからカップに紅茶を注いで飲んでみる。顔にあたる湯気に、豊かな紅茶の香り。味もよく喫茶店で飲む紅茶の味だった。

「へぇーすごいね」

 初めてヴァーチャルゲームを体験する私は素直に感嘆する。


『それでは、簡単に「アナザーワールド」についてご説明をさせていただきます。これからランダムに選ばれるキャラクターになりきって人生を過ごしていただきます。「アナザーワールド」はこの地球のパラレルワールドとなっており、現在の地球と類似してる世界です。ただ、地球とは大きく異なる点が2点ございます。


 1点目は「技能(スキル)」というものを誰もが持っています。スキルは生まれ持ったものと「アナザーワールド」の中で取得可能がスキルがあります。スキルは文字のごとく、技能を現しています。「人より足が速い」、「嗅覚に鋭い」といった一般的なものから様々なものがございます。なお、生まれ持った「技能(スキル)」は最初の設定時にランダムで設定されます。


 2点目は「アナザーワールド」は決して平穏な世界ではないということです。「アナザーワールド」は隣接した別世界との境界膜が薄く、たびたび別世界から「異界悪魔(ストレージデーモン)」と呼ばれる異形が侵略のために紛れ込む世界なのです』


 スキルとはよくゲームに出てくるものなのだろう。異界悪魔(ストレージデーモン)という不気味な異形というものが、ちょっと気になるが冒険ゲームに出て来るモンスターのようなものだ。

 基本的にはクエストを受けて魔物っぽい何かをやっつければいいのであれば、よくあるファンタジーゲームと大差はないだろうと私は納得する。


『それではキャラクターとスキルの設定を行います。壁にかかっている絵に触れてください』

 言われるがまま私は席をたち、例の地球の絵に触れる。絵に触れた瞬間に突如その地球が発光し、眩しい青白い閃光が放たれた。


 私は目をぎゅっとつぶりながら呻く。絵を触っていた手がぐにゃりと絵の中にずぶずぶと埋まっていく。

 それと同時に視界がぐにゃりと曲がり、頭の中がぐるぐると回転しはじめる。

 ひどい立ちくらみでまともに動けない私の体はずるずると絵の中へ吸い込まれていく。


『それではよい人生を!』

 遠くにナビゲーターの声がおぼろげに聞こえ、そのまま私の意識はブラックアウトした。







「ん……」

 私は低く呻きながら、ゆっくりと目を開ける。ひどいめまいも青白い閃光も収まっている。ぼんやりと見えるのは白い天井だった。


 しばらくぼけっと天井を眺めたあと、現在の状況を確認する。私の体を包むのはふかふかのベット。手首には点滴のチューブがつながっている。部屋は割と広めで、鮮やかな蘭が飾られている花瓶が手前のテーブルの上に置かれ、少し離れた場所に皮張りのソファとテーブルが鎮座していた。


 部屋の中は消毒など病院特有のにおいが立ち込め、私以外の人はいない。

「ゲームの世界よね? もしかして病弱なキャラクター?」

 とにかく設定がよくわからない。最初の説明で聞いたメニューウィンドウをすぐさま立ち上げる。


 私はベットに寝たまま腕を上げてウィンドウボタンを押す。すぐにキャラクター設定というカテゴリを見つける。キャラクター設定というボタンを押すと、別ウィンドウで大量の文字が出てくる。


 名前:凰華(おうか)(ローズ)・スペンサー・紗枝木

 年齢:18

 性別: 女

 国籍:日本

 職業: 大学生


 家族構成:父、母、兄。


 人生をやり直すといった割には中途半端な年齢だった。ほぼ実年齢に近い。潜る前に読んだ「アナザーワールド」の投稿サイトではほとんどの人が6歳くらいからゲーム開始になっていたはずだ。


 そこまで読んだところで、誰かがこの部屋の中に入ってくる。私はびくりと体を震わせ、その闖入者を確認する。部屋に入ってきた人は、白い白衣を着ているので医者だろう。30歳くらいのひょろりとした男性だった。


「お目覚めになりましたか?」

 彼は私に向かって穏やかに微笑み、「ちょっと失礼しますね」といって私の腕をとり脈を計る。

 ひんやりした手が少し気持ちがいい。


「ここは病院?私なにか体が悪いの?」

 私は一番気になっていたことを彼に尋ねる。

「大丈夫ですよ。体にはなにも異常はありません。今すぐご自宅に戻ることは可能です。戻られますか?」

 彼は私を安心させようとまた微笑む。


 体が動くなら寝ていることはない。

「では帰ります」

 私は即座に答える。そして自分が発した声に違和感を感じる。軽やかで可愛らしい女の子の声だ。私は女の子にしてはやや声が低い。憧れていた可愛らしい声に少し浮かれる。


 それが顔に出ていたのだろう。白衣の男性がしげしげと真顔で私の顔を覗き込む。

「なにか?」

 初対面の人から顔をじっと見られたことがない私は少し不快になる。普段の私はどこにでもいる顔立ちで、人がいっぱいいるとことでは埋没してしまう。いわゆる没個性というやつだ。そんな私の顔をじろじろと見る人間にお目にかかったことがない。


 彼は慌てて私から視線をそらし、腕に刺さっていた点滴を抜く。

「それではご家族の方をお呼びしますね」

 といってそそくさと部屋を出ていった。

「変なの……」

 私はベットからむくりと起き上がり、男が出ていった出入り口を眺めた。


 掛布団をめくるとパジャマではなくライトグリーンの検査着を着ていることが判る。検査入院でもしていたのだろうか。そのままベットの横におかれていたスリッパをはき、部屋の中にある洗面台へと向かい、鏡をじっと覗き込む。


「ほぁわー!」

 意味不明な言葉を発し私は食い入るように鏡に映る自分自身の姿に見とれる。だって、鏡の中には見たこともない美少女がいるのだもの。


 肩の下までながれる真っ直ぐな黒髪に、形の整ったきれいなカーブを描く眉毛。バサバサのまつ毛に縁どられたつぶらな大きな瞳。鼻は少し高めで小さく、そしてウル艶なピンク色の唇。体は全体的にほっそりとしてどちらかというと小柄。華奢な美少女といった風情だ。それなのに胸はそれなりにある。


 何この可愛い生き物!

 目を何回もパチパチと瞬かせ、「ヘアピン何本のるの?このまつ毛」と思わずつぶやいてしまう。

 エクステではないかと疑い、まつ毛を触ってみるがどうみても直毛だ。肌にはシミや吹き出物など一切ない。頬を触ってみるとやたらとすべすべする。その感触が気に入りしばらくの間それを堪能する。


 十分に顔を鑑賞したあと、とりあえず近くにあった応接セットの皮張りのソファに座る。さっきの人が家族が迎えに来るといってたし、それまでに自分のキャラクターについてもう少し理解しておいたほうがいいと思ったのだ。

 私は再度キャラクター設定欄を開きその中を確認する。ずらずらと結構長い文章が書かれている。要約すると以下の通りだった。


 父親は世界有数の巨大財閥の紗枝木コンツェルン社長。母親はアメリカのスペンサー財閥令嬢。母方の祖父はアメリカ人で祖母は日本人。つまりクォーター。どおりで長ったらしい名前なわけだ。あまりにもハイスペックな背景はまるで漫画の設定のようで心がときめく。

 まじ、私お金持ちのお嬢様?


「よっしゃー!」

 福引には当たらなかったけど、ゲーム運はかなりよかったようだ。なかなかないよこんな設定は! なにしろ家族も出来過ぎくんだし。


 兄は非常に頭がよく、飛び級で10歳のときにアメリカの大学でMBAを取得。現在は21歳で、父親のサポートをしている。凰華(わたし)はというとさすがに頭のできは普通のようだ。今年の春に日本のお嬢様大学に入学している。

 なんでもかんでも完璧だったら息苦しくなっちゃいそうだから、丁度つり合いがとれていいかもしれない。


 気分よく自分の設定を読み進めていく。やがてスキル欄にバッシブスキル「不運Lv3」という文字を見て私は首を傾げる。

 不運Lv3って何? やたらいい設定だと思ってたらこれが落とし穴?


 トントンと「不運」と書かれている文字を叩くと説明文が出てきた。

 不運:どんな選択をしても運が悪い。Lvが高くなると死亡率が高くなる。

 Lv3ってどのくらいやばいの?Lv高いの?


「お迎えに参りました」

 すっかり考え込んでいたので人が入ってきたことに気が付かなかった。突然声をかけられて私はびくりと後ずさる。

 ソファの横に背の高い男の人がひとりいつの間にか立っていた。


 真っ黒なフロックコートにキラキラ輝く金髪に切れ長の青い瞳。鼻筋はすらりと高くどこかから見ても外国人だ。しかも、やたらと顔がいい。どこかの国の王子様というほうがぴったり合うかもしれない。


「あなた誰?!」

 初めはぽかんと彼の顔を眺めていた私は我に返って質問する。

 彼は私の言葉を聞き、短いため息をつく。気を取り直したのか立ち上がり、軽く一礼する。

「私はお嬢様の専属執事の黒崎です。黒崎奏です。お忘れですか? お迎えに上がりました」


 どうみても外見は外国人なのに名前は日本人。私は首を傾げながらもソファから立ち上がる。確かに凰華はお金持ちのお嬢様なので執事がいてもおかしくはないけど……。


 彼は私が動き出したのを確認してから、この部屋にあったクローゼットから水色のワンピースを取り出す。

「こちらにお着替えください。終わりましたら一言声をかけてください」

 そういってこの部屋から出ていく。


 私は素直に検査着からワンピースに着替える。

「やっぱりサイズピッタリよね」

 細い二の腕に合わせた袖口、首回りもちょうどいい。オーダーメイドだろうか。クローゼットから白いパンプスを取り出しスリッパから履き替える。


 着替え終わると私は廊下に出る。壁に寄りかかって待っていた彼はすぐに姿勢を正す。

「それではまいりましょう。こちらです」

 彼は私に歩調を合わせてゆっくりと歩く。ときどき看護師さんや、聴診器をぶら下げた白衣を着ている人とすれ違う。すれ違うたびに会釈をされるので、私もおどおどと会釈を返す。


 大きな建物を出ると正面玄関に黒塗りのセダンが止まっていた。彼が後部座席のドアを開けたので私はそのまま車に乗り込む。すぐに続いて彼が私の横に座る。

「出してください」

 彼が落ち着いた声で運転手に声をかける。振動をほとんど感じずに車は動き出す。うちの軽とは大違いだった。座り心地は最高なんだけど、慣れないせいか居心地が悪い。


 車の窓から流れていていく街の風景は見慣れた日本の街並みだった。電柱に張られた住所をちらりと確認する。東京都世田谷区。

 ゲームナビゲーターが言ってたとおりこの世界は現実世界と殆ど変わらないらしい。


「あ、ちょっとあそこに行きたい」

 窓の外に私がよく知っている大型の激安ショッピングセンターが見えて来たので、自宅に戻る前にちょっと寄ってもらうことにした。


 ちょろちょろと動き回って見たけど、現実世界と殆ど変わりがない。これでもかというくらいに商品が積み上がり、せせこましい通路にはよくある日常品が陳列されている。


 普通のファンタジーゲームなら始まりの街とかで武器や防具とか買えたりするんだけど、さすがにショッピングセンターには置いてないのか……。どこ行けば買えるのかな。できればしっかり防具くらいは欲しいんだけど。まさかフライパンや包丁で立ち向かえと?


 うーんと唸りながら包丁売り場で私が立ち止ると、ずっと無言でついてきた執事はしげしげとずらりと並ぶ包丁を眺めながら、「こちらをお買い求めでしょうか?」と尋ねてくる。

「ううん。買わない」

「でしたら、すぐに移動したほうが……」

 彼の言葉を遮るようにけたたましいブザー音が鳴り響く。


 ブーブーブーブー。

『緊急クエスト発生!商品から身を守れ!』

 目の前の空間にシステム表示が点滅する。


「え?」

「失礼します」

 突然の状況に驚きの声を上げた私を執事が有無を言わさずに抱きかかえると狭い陳列スペースを猛然と走り出す。それと同時に左右に無理やり積み上げられた商品が雪崩のように通路に向かって降り注いでくる。


「ええーっ!」

 落下してくる包丁や鍋などをギリギリでよけながら執事が疾走する。その腕の中で私はガラガラと音を立ててくる商品を見上げて大声を跳ね上げる。

 狭いくるしい店内はまるでドミノ倒しのように商品がドカドカと通路に落ちていく。執事の足は速く、辛うじて完全に崩れ落ちるギリギリのラインをかすめて切り抜けていく。


「ぎゃぁぁぁ!」

 重そうなフライパンがギリギリ目と鼻の先に落下してきたので私は首を縮め亀のように必死で縮こまる。

 ガンガンと金属同士がぶつかり合う大音量に慄き、私はぎゅっと目をつぶったたまま、口を真一文字に引き締め、ただ執事がうまく逃げのびてくれることを私は強く願った。

 前々から思っていたけど、商品詰み過ぎなのよ、あの店は!いつかこうなると思ってたよっ!


 けたたましく鳴り響いていた落下音の音量が下がり、代わりに執事の心臓の音がとくんとくんと聞こえ始める。ゆっくりと目を開くと建物を抜け出せたようで、駐車場に並ぶ車が見える。

 ほっと安心した瞬間に頭の中でファンファーレが鳴る。

 パンパカパーン!パンパカパーン!

『緊急クエスト達成! 取得経験値 110。カルマLvが2に上がりました』

 視界いっぱいにシステム表示がちかちかと点滅している。


 ゆっくりと執事が私の体を下ろす。

「大丈夫ですか? お嬢様」

「なんとか……」

 ぎゅっとしがみついていた執事の上着から両手を離し、私は大きく息を吐く。

 すぐに異変を察したのか車が私の前に滑り込み、心配そうな執事が後部座席のドアを空け、無理やり私を車の中に押し込む。


 正直いかにもゲームですっていうモンスターが襲ってくるより、使い慣れた包丁の襲撃のほうが恐ろしかった。

 真紀から聞いていたのんびり人生体験ゲームはどこに行ったの?!


「お嬢様、一つ質問させていただいてよろしいでしょうか?」

 しばらく経ってから隣の美形執事がちらりとこちらを見て尋ねる。

「な、なにかしら?」

 突然話しかけられたので私は思わず声が上ずる。


「『アナザーワールド』は初めてですか?」

「へ?え?あなたもプレイヤーなの?」

 てっきりNPCだと思っていた相手にそんなことを言われて私は面食らう。


「凰華は俺が知ってるだけであんたが3人目のプレイヤーだ」

 がらりと彼の口調が変わる。今までは穏やかな優しい声だったのが、とたんに柄が悪くなった。


「2代目は一カ月前の船の上パーティの最中にテロリストに船を奪われて、死にそうな目に遭ってゲームを辞めた。長期間プレイヤーがログインしない状況が続くとキャラクターは死んだようにこんこんと眠りにつく。最初は再度2代目がログインしたかと思ったが、調べてみたら違った。第一凰華のスキルを知っているならば、凶器となりうる包丁が雑多に積んである場所など行くはずもない」


「さっきの緊急クエストって不運のスキルを持っているから発生したってこと?テロリストに襲われた?」


「そうだ。ステータスを確認しただろう?凰華の生まれ持ったスキルは不運だ。俺が執事についてからだけでも「誘拐」が2回。「テロリストに絡まれる」「爆弾騒ぎ」「下水道に落下」等々トラブルが絶えない。痛みはゲームの世界だからかなり緩和されているが、それ以外はリアルとなんら変わりがない。死にそうな目に何度も会えばゲームなんてお気楽にやってられない。だからあんたの前の凰華達は早々にリタイアした。俺としては凰華の傍にいれば緊急クエストが多発するから経験値を稼ぐのには丁度いいんだがな」

 執事は淡々と表情をかえずに静かに語った。湖水のようなアイスブルーの瞳には感情が見えない。


 ごくりと私は唾を飲み込む。確かに不運のスキルを持っていたけど、不運ってそこまでひどいものなの?

 というかさっきの緊急クエストはもしかして不運だから発生した?!ゲームやってて死にそうな目にあうなんて……。そんなゲーム楽しくない!


「教えてくれてありがとう。私このゲームやめとこうかな」

 私は彼に向かってぺこりと頭を下げる。危うく大変な目にあうところだった。

 だが彼は不機嫌なまま形のよい眉をしかめ、真っ直ぐに私を見返してくる。

「辞めるな。俺の仮説だが、リアルで死にたくないならゲームを続けるべきだ」

「はぁ??なにいってるの?」

 きょとんと私は彼を見返す。


「なんとなく暇つぶしに調べたんだが……。

 初代の凰華はログインしなくなって今から二週間前に暴走自動車にはねられ死亡。普段は見通しのよい道路で事故が起こりにくい場所だった。時間も深夜で人通りが少なく、事故に遭ったのは初代のみ。事故の原因は整備したばかりの車のブレーキが予期せぬトラブルで故障したことだった。


 2代目は一昨日頭上に落ちて来た鉄骨で圧死。昼間の事故だが運よく二代目以外は巻き込まれなかった。

 たまたま偶然、凰華に入ってたプレイヤーがログインしなくなってから相次いで事故死した。だがまるでゲームの中で不運に見舞われた凰華と同じような不運な死。しかも二人ともゲームにログインしなくなってから丁度一週間が過ぎた日に死亡している。気にならないか?」


「そんなの偶然じゃないの?世の中事故なんていっぱいあるわよ」

 私はむきになって言い返す。そんな馬鹿げた話がどこにある。頭ではそう否定しているけど、彼の青い瞳をじっとみているとたまらなく不安になってくる。


 落ち着かずに両手を組み合わせ何度も開いたり握ったりを繰り返す私に彼は追い打ちをかける。


「このゲーム途中で脱退または一カ月間ログインをしないとマイナススキルをリアルに持ち込むという仮説を俺は立ててみた。他にもデータを集めてみたが、凰華ほどインパクトが強いマイナススキルを持っているキャラクターはいないので、裏付けが取れなかった。

 だが二度目までなら偶然ですませられるが三度目になれば必然だ。あんたがゲームを辞めるならそれでもいい。検証することが出来るからな。ゲーム内なら俺はあんたを守ることができるがリアルには俺がいない。―――どうする?」


 とてもたちが悪い戯言だ。

 ゲームの謎を解きたいと思っている子供のような顔の男を見て私は不快感でいっぱいなる。彼の興味はあくまで謎。私自身のことを心配しているわけではない。


「……気分が悪い。あなたがどこの誰だか知らないけど、さようなら」

 私はメニュー画面を出すと、ログアウトをクリックする。


 とたんに視界がブラックアウトする。

 私は現実の世界に戻るとすぐに頭にかぶっていたゲーム機をはぐように取り去る。

「はぁ……なんなのよ。こんなゲームやらなければよかった!」

 いいしえない不安と不快感でいっぱいだった。






 ゲーム機を押し入れにいれたまま、私は忙しい大学生活を送っていた。ゲームのことは一度だけ友人と「私には合わないみたい」と話したっきり一切触れていない。

 そしてあれから一週間が経った。

 今日は朝から雨が降っていた。


「あー、今日バイトあるんだよね。夕方までにやんでくれればいいんだけど」

 私は大学の学食で真紀とお昼ごはんを食べていた。今日は雨なので学食はいつもよりも混んでいる。雨季なので仕方がないけど、じめじめした雨は気分が暗くなる。


「ねぇ、あの人やばくない?」

 真紀が私の後ろのほうを見ながらぼそりとつぶやく。

「ん?何が?」

 私は後ろを振り返ってみる。


 そこにはよれよれの白衣を着て無精ひげを生やした男が、くしゃくしゃの紙袋をかかえてよろよろと歩いていた。

 振り返った私とその男の視線が一瞬会う。男は不気味に口元を吊り上げにやりと笑う。

 あまりの気持ち悪さに私は背筋がぞっとする。急いで前に向き直る。


「ちょっと……近寄ってくるよ……」

 真紀がちらちらと私の後ろを見ながら気持ち悪そうにつぶやく。

 背後から誰かの視線を感じる。緊張のあまり先程まで聞こえていた学食の騒がしい雑音が耳に入ってこなくなる。いいしれない不安に私はお箸を持ったまま固まる。


「―――お前、今俺をみて笑っただろう?」

 突然ぬっと私の横から先ほどの男が顔を出す。

「笑ってなんか……!」

「許せない……許せない。俺を馬鹿にするやつは許せない!」

 男は気が狂ったかのようにそう叫ぶと私の腕をぐいっとひねり上げる。目の焦点があってないのか、男は空中を見上げながらまた何か判らない言葉をわめきたてる。


 なんで? なんでこんな目に遭わなきゃいけないの?

 私は強い力で引っ張らられ、男の横に立たされる。

 怖い、怖い、怖い。

 足はガクガクと震え、助けてくくれる誰かを探すために視線を目まぐるしく私は周りを見回す。

「動くな」

 男はいらつき、ぬっと私の目の前に刃渡り30センチほどの包丁を押し当ててる。光に当たりキラリと刃がきらめく。


「ひっ!」

「黙れ。大人しくしないと刺すぞ。他の奴らが動いてもお前を刺す」

 甲高い声で男が叫ぶ。

 騒がしかった学食が一斉に静まる。

 誰もが動きを止めてこちらをじっと見つめている。


「どいつもこいつも、みんな馬鹿ばっかりだ。俺の研究のすごさを誰も理解できない」

 私に向かって包丁を向けながら男がぶつぶつとつぶやく。

 正気ではない。ここままではいつか刺されるかもしれない。

(お願い!誰か助けて!!)

 私は突きつけられた刃物をから目をそらし、助けてくれる誰かを探してぎこちなく視線を巡らす。


 近くにいた体格のいい学生が男の隙を狙い、こちらのほうにゆっくりと歩み寄ってくる。

「動くな!動いたら刺すっていっただろう!」

 男は近づいてきた男に怒鳴り散らすと、そのまま躊躇なく大振りに包丁を振り上げ私に向かって振り下ろそうとする。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 私は目をぎゅっと閉じて思いっきり叫んだ。

 だが、いつまでたっても痛みはこない。


「うっ」

 短い悲鳴が隣から上がる。

 恐る恐る目を開けると私を拘束していた男が床に倒れ、腕を押さえ痛みにのたうち回っている。


「由真、こっち!」

 茫然とそれを見下ろしていた私の手をとって真紀が急いで走り出した。人ごみの中に紛れてやっと安心した私は涙があふれて止まらなくなる。真紀に抱き付いてすがった。

「こわ……怖かった」


「だからいっただろう。不運がついてくるって」

 低い響く声が聞こえてくる。

 私は涙でにじむ視界を声がしたほうに向ける。


 小柄な少年がこちらを見ている。

 黒いTシャツにブラックジーンズ。片手にはY字の形をした竿にだらりと長いゴムが輪になっている物を持っている。彼はゆっくりと近寄ってくると、呻いている男の近くに落ちている包丁を蹴飛ばす。


「捕まえないの?こいつ」

 先程動こうとしていた体格のいい学生に彼は話しかける。

「ああ、それスリングショットか」

 学生は床で呻いている男の腕を後ろでねじ上げ、少年がもっているものに目を移す。

「そんなものでよく当てられたな」

 感心したように学生は少年を褒める。


 少年は黒曜石のような切れ長の瞳で私のほうをじっと見つめてくる。

「あ、あの。助けてくれてありがとう」

 私は涙をふいてこわばった体を無理やり曲げ、少年に礼をする。


「どういたしまして、お嬢様。丁度一カ月振りですね。貴女が3人目の死者にならなくてよかったですね」

 少年はにっこりとほほ笑む。どこかで聞いたことがある口調だった。

 思い出した瞬間、私は涙も止まるほど驚いた。

「あの執事!なんでここに!」







「だから調べたんですよ。ネットワーク回線からあなたのことを」

 病室で彼は少しうんざりしたように私に向かっていった。


 この病室は一カ月前にログインしたときと同じ病室だった。

 凰華(おうか)(ローズ)・スペンサー・紗枝木は一カ月前に退院したとたん、また昏睡状態となって病院に逆戻りしたそうだ。


 目覚めた凰華を迎えに来た彼に、私は昨日の出来事について質問したのだ。昨日彼はあの後どこかへ気が付いたら姿を消していなくなっていた。


「でもなんで都合よくあの場に居合わせたわけ?」

 私は一番聞きたかったことをストレートに彼に質問する。


 彼は一瞬黙ると視線を外し横を向く。

「ずっと日中見張っていたんですよ。このゲームの謎が気になったものですから。データはとらないとだめですからね」

 それはまるでストーカーのようだと私は思ったのだけど、守ってもらったので黙ることにした。

 かわりに別のことを質問する。


「学校はどうしたの?あなた高校生か中学生だよね?」

「どちらも不正解です。私はすでに大学卒業資格まで持っています。これ以上はプライベートなことなので質問されても答えません」

 彼はさっさとクローゼットに近寄ると中から今度は白いワンピースを取り出し、ベットの上に放り投げる。私はワンピースをもってベットから起き上がる。


「昨日の出来事は、本当にゲームに関連しているのかな?」

「どうでしょうね。ただ、3人連続不運で死ぬところだったのは確かです。回避するにはゲームを続けるか、カルマLvを上げてこのゲームをクリアするかです」

 彼は部屋から出ていく。

 私は急いでワンピースに着替えると、ガラリと勢いよく病室の扉を開ける。


「クリアするまで守ってくれるんでしょうね?」

「もちろんです。お嬢様。私に不可能はございません」

 彼は恭しく私に向かって一礼した。



リアルの黒崎くんを書きたくて書いたお話です。


ゲーム時間と現実時間ギャップがいろいろと細かくつきつめていくと、面倒になってしまったので、その設定を削除することにしました。

すみません。

時間軸系をいじりました。

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