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人形の  作者: 魚君 太陽
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人形のあたま

 帰り道、商店街にぽつりと一つの灯りが灯っているのを見つけた。どうやら何かの店らしい。距離が遠くてよく見えないが、ショウケースに何かが並んでいる。

 こんな夜中に営業しているとは珍しい。夜間営業をしている店など皆無と言っていいのだから。

 私は物珍しさからその店に近付いた。

 明るい店前のショウケースには六体の人形が並べられていた。人形とは言っても、性別としての人形ではなく、人間が造った人形だった。雛人形のように、段の上に並べられている。左から、フランス人形が三体、日本人形が三体。下の壇も同じ配置だ。何故こんな物が。これこそ最も人間には必要のない代物であるというのに。

 どんな物好きが営業しているのだろうか。ショウケース越しに店内を確認しようとしたが、段が邪魔になって店内を覗くことは叶わない。

 私は気になって入店してみた。入店して驚いた。周りには人形(性別としての人形)の頭が所狭しと吊るされていた。店番をしている者は見当たらない。七畳半ほどの店である。物陰に隠れて見えないということはないだろう。バックヤードに続く扉や道も見当たらない。ということは、何かの用事でちょっと店を空けているのだろうか。まあ、今時窃盗なんて犯す者はいないから、不用心ということもない。

 納得していると、突然店内に爆笑が起こった。

 私は飛び上がった。情けない叫び声も漏れたが、この大笑の中では誰の耳にも届かなかったであろう。

 笑い出したのは天井から継ぎ糸で吊るされた人形の頭たちだった。

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラと。何がおかしいのだろう。

 笑い声は次第に落ち着きを取り戻していった。そして頭たちは次々に話しだす。

「お客さんお客さん。ここは君が来るところではないのだよ?」

「お客さんお客さん。ここは人形専門の人形屋なのだ」

「お客さんお客さん。看板くらいは確認しようぜ」

 人形の頭たちは口々に警告した。

 彼女たちは人形にしては口が酸っぱい。頭だけでは不完全なのだろうか。

 ともあれ、私が不注意から入店してしまったことは事実である。それは認めなくてはなるまい。

 私は驚愕を心臓に残したまま謝罪をした。

「済まなかったよ。少し珍しい店だと思ったものだから、看板に目がいかなかったんだ」

「ほうほうなるほど。まあ確かに珍しいかもしれないね。こういう店はあまり知られていないから。特に人間には知られていない」

「そうそうその通り。人間は知らない。人形の人形による人形屋ってヤツを」

 そういえば人形専門の人形屋と、何処かの頭が言っていた。言葉を鵜呑みにするなら、この店は人形に、玩具としての人形を売っている店ということになるのか。

 私はこの思いつきの是非を問うた。

「その通りー。ここで販売しているのは人形の為の人形なのだー」

「何故そんなものを売っているんだい?」

「何故って、そりゃあ延命治療の為さ」

 延命治療。人形の延命治療。その言葉から察するならば、やはり人形にも死はあるということになる。

「お客さんお客さん。人形がどうやって死んでいくか知ってるかい?」

 私は知らないと答えた。

「そうかそうか。あのね、人形ってのは不幸になると死ぬんだよ。悲しみが長く続くと死んでしまうのさ。だから人形は人間が死んだ後、じわじわ死んでいくんだよ。中にはショック死してしまう人形もいるけどね。まあ、そっちの方が、死に方としてはマシかもしれない。一瞬の不幸で済むのだから」

 なるほど。その可能性も考えないではなかったが、まさか肯定されるとは思っていなかった。しかし、考えてみれば得心が行く。整備工房で会った背の高い人形は、愛されない不幸を嘆いてスクラップになろうとした。髪の短い笑い上戸の人形は、胴を失くしたことによる深い悲しみで死にそうだと言っていた。あれは比喩ではなかった。あのままでは本当に死んでしまっていたのである。

「人間に死なれた人形は、人の形をしたぬいぐるみで自分を慰めながら命を繋ぐんだ。しかしそれは現実逃避。長くは保たない。だからあくまで延命治療。それは果たして正しいことなのかなどとは問わないでおくれよ? 私たちにだって判らんのだからね。しかし、正否はともかく、望む者がいれば少なくともそれは必要ではあるんだよ。判ったかい?」

 整然と話す頭に向かって私は縦に首を振った。

「ではではさようなら人間さん。出てってくださいな」

 出てけ出てけの大合唱が始まった。私は退店する他なかった。

 暗いアーケード街に放り出された後、私はしばし放心していた。

 人形は不幸によって命を奪われる。何と悲しい存在だろう。

 私は千枝が心配になった。寂しい思いをしてはいないだろうか。私が不在であることで、彼女が自殺をしてしまうのではないか。

 そう思ったらいても立ってもいられなくなった。

 私は久方ぶりに走りながらの帰宅を選んだ。

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