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人形の  作者: 魚君 太陽
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人形のあし

 私と千枝は西五反田にある整備工房に足を運んだ。

 現在整備工房になっているこの場所は少し前まで大型の中古書店だった。しかし、人形の繁栄と共に文化の衰退が起こり、誰も小説や漫画といった創作物を必要としなくなったのである。故にこういった文化を扱う店舗が次々と看板を下ろした。目の前にこれだけ美しい者があるのだ。そんな世の中にあっては空想も意味を成さない。人間は文化を捨てたのだ。日本に限らず、世界中で同じようなことが起きたらしい。

 まあ、どうでもいいか。私には千枝がいる。

 過去を脳みその焼却炉へと投げ込み、私は千枝を伴って、元々自動ドアだったであろうガラスの扉を潜った。

「いらっしゃい」

 私と同年代であろう細目の若い整備士が目尻を下げて挨拶をした。まるでハリネズミのような男である。

「今日はどんな御用でしょうか」

「新しい腕が欲しいんだ。それから髪の手入れも」

 私は簡潔に伝えた。少し素っ気なかったかもしれない。しかし、整備士は営業用とは思えぬ燦々とした笑顔で畏まりましたと応えてくれた。

「ああ、そちらの方ですね。何とも人形然としていらっしゃる。ヒヒ」

 整備士は不気味な笑いを浮かべながら千枝を見ている。いい気持ちがしない。そんな私の視線に気付いたのか、整備士は、こいつは失礼と言って身を引いた。

「ううん。左手が取れちゃってるじゃないですかあ。何処で失くしたんです?」

「左手はこちらで外したんだ」

「なるほど。記念にね。そういう方はよくいらっしゃいますよ。ふむ。では、始めましょうか」

 整備士は千枝を寝台の上に寝かせる。そうして粛々と整備を始めた。

 不気味な男だと思ったが、整備をしているときの顔つきは、なかなかどうして様になっている。存外しっかりとした男なのかもしれない。

 千枝が整備をしてもらっている間、私は工房内を見て回ることにした。

 其処彼処に人形のパーツや工具、継ぎ糸が雑然と置かれている。彼は整備は得意でも整理は不得意であるらしい。

 奥へ奥へと進んでいく。すると、右の隅にやたらと長い脚が立て掛けてあるのに気が付いた。

 その脚は私の身長よりも長い。まるで巨人の脚のようだ。しかし、その脚はスラリと長く、巨人の巨人たる、節榑立ったような脚ではなかった。

 私はしばし唖然としていた。阿呆のようにそこに突っ立っていると、突然に声をかけられた。

「それ、アタシの脚」

 声のした方を向くと、そこには大きな大きな、私の二倍も三倍もあろうかというほど大きな人形が腰を曲げながら笑っていた。こんな大きな形で、何時の間に私の近くに寄ってきたのだろう。

「ビックリした? そりゃあそうだろう。アタシだってビックリだ」

「あなたは一体――」

「ここに住んでるモンさ。狭っ苦しくて敵わないけど、アタシのパーツを造れるのはあの整備士しかいないんだから仕方がないよ。しかし、不満ばかりではない。アイツもアタシを可愛がってくれるしね。いい感じに狂ってるだろ?」

 訊いてもないことを捲し立てる大きな人形。しかし、あどけなく笑う彼女は間違いなく人形であった。人形としての魅力は十二分に備わっていた。

「こんなデカくちゃ碌に愛されないんだよなー。愛されない人形なんて意味ないじゃん? だからずっと憂鬱でサ。自棄を起こしてスクラップにでもなってやると思ったんだけど、でもやっぱり怖かったから逃げ出しちまったんだ。そんで、逃げ出した先で、アイツに会ったわけだ。ロマンチックだろ?」

 愛されないとは意外なことを言う。愛されない人形の存在など考えたこともなかった。

「あなたは何故愛されなかったのですか?」

「何故ってそりゃあ、デカいからだろ。デカいということは人間性を欠くということだゼ? 何で人間が人形を愛するか知ってるか? そりゃあ人の形をしているからだよ。だから人間は人形に対して人と同じように接するし、人と同じように愛する。でもアタシは人の形を持ちながら、人を越えた身長を有しているわけだ。だから化物みたいに見えるのサ。不気味なんだよアタシは」

 己を揶揄する彼女。私はなんとかしてフォローを入れたくなった。

「でも、あなたは愛されているじゃないですか、あの整備士に。それならば卑屈になる必要はないのでは?」

「いやいや卑屈になんてなってないサ。ただの事実だよ。それにね、アイツは普通じゃないのよ。見れば判るだろう? 笑い方が不気味なんだ。不気味なアタシは不気味な人間に愛される。しかも不気味に愛されるんだ。ま、それがアタシの愛され方なんだから文句はないけどね」

 なるほど人形にも愛され方というものがあるのか。そういえば、こんなことを言っている学者がいた。曰く、人形は全ての人間に与えられた配偶者であるらしい。一人につき一体。何処からか、誰からか、男女平等に与えられた配偶者。

 彼女の境遇を思えばその説も捨てたものじゃないと思う。

「あなたは幸せですか?」

 私がそう訊くと、彼女は照れ笑いを浮かべながら、幸せじゃない人形がいるのかいと言った。

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