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「死んでみせることばかりを考える者は、勇者とはいえない。かといって生き続けることだけを考える者も、侠者とはいえない。夷狄が馬邑を攻め続けるのは、彼らが君王の心を見透かしているからだ。なににおいても城を堅守しようという意志が、いったい君にはあるのか。たとえ危亡の地にいようと、動じることのない忠と信の心を持って守っていれば、危機は取り除かれ、亡は薄められる。思うに、君には忠と信が不足している。これこそが朕が君王を責める所以なのだ」

 皇帝劉邦の書簡には、そう記されていた。言いたいことがよくわからない文面ではある。しかし、このときの韓王信には、劉邦の言いたいことがよくわかった。

 ――城から突出したことが冒頓を呼ぶ原因となった……外形のみから判断すれば、これは私の行為が浅はかなものだった、ということだ。

 いい格好を見せようとして武力を行使してみたものの、それに倍する強大な敵の姿におののき、後退したことは確かにそういえるかもしれない。しかし、あのときは……仕方がなかった。

 ――強大な敵を前に和睦を結ぼうとして使者を送ったことは、間違いではない……しかし皇帝にとってこのことが裏切りに見えることも……あるかもしれない。

 不利な条件を前提に講和を結ぶ、ということは降伏と見えないこともない。だがこのことも、ほかにどうしようもなかったことである。

 ――後知恵で物を言える身分のうらやましさよ。皇帝は自分で考えることもせず、戦うこともしない。やることと言えば結果に対する批評ばかり……気楽なものよ。

 しかし彼は思う。自分は皇帝から土地を割き与えられ、その権利を子孫に伝えることを保証されている。ゆえに言うことを聞くのは当然ではないかと。

「……土地というものは、厄介なものだ」

「は?」

 彼は口に出してそう言ったが、周囲の人物たちにはその真意が理解できない。

「他人から与えられた土地は、目に見えぬ糸で人の行動力を制限しようとする。余が皇帝から与えられた恩義とは、この土地を与えられた、その一点に尽きる」

「どういうことでしょう」

「韓の王室の血を引継ぐ余が平民の身分に甘んじていた時期に、余を見出し、引き上げてくれたのは張子房どのだ。そして当時未熟だった余に対し、武勲を譲り、王権を引継ぐにふさわしい功績を与えてくれたのは淮陰侯だ。皇帝は、それを許可したに過ぎない」

「…………」

「よって、余と皇帝の関係を繋ぎ止める糸は、この土地でしかない。余は……いっそ、その糸を断ち切ろうと思う」

「と、申しますからには……」

「うむ。一度馬邑は手放して、無から再出発しようと思う。そして、取り返すのだ。余自身の力で土地を得たい。漢兵に気付かれぬよう城を脱出し、時期を見て反転し、再奪取する。匈奴と手を組むことになるが、それもやぶさかではない」

 皇帝が配下の王を信用して叱責した文書が、結果的に反発を生んだ。これは、土地を与えるという一点のみで配下との信頼関係を築こうとした当時の伝統的な政策の誤りであった、と言えるかもしれない。


 ひそかに城内から脱出した韓王信は、その後の匈奴軍の行動になにも口を挟まなかった。よって馬邑は攻めたてられ、城壁をよじ登られて匈奴の手に落ちた。失陥したのである。


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