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 馬邑県は秦代に設立され、現代の山西省朔州さくしゅう朔城さくじょう区がそれにあたる。北は内蒙古自治区に接しており、春秋時代には北狄ほくてきの勢力範囲にあった。それが戦国時代に趙の版図となるも、当時は無人の荒野であったようである。

 もともとこの地域は地盤が弱く、人が普通に歩くのも困難なほどの泥地だった。しかし秦代に至り、匈奴対策に有効な地理的条件が注目され、城壁が建設されることとなったのだが、足場が悪いことが原因で、城壁は建てるたびに崩れる。

 誰もがあきらめかけたとき、一匹の馬が同じ場所をぐるぐると走り回る光景が工兵たちの目に入った。もしやと思い馬の足跡をもとに城壁を建設すると、見事それが完成したという。その事実にちなんで「馬邑」という地名になったのである。

 では城壁の内側にあるべき建物はどうだったのか、という疑問は当然生まれるが、それは考えないことにする。これは、あくまで地名に含まれる伝説なのである。


 ともかく城壁の完成以来、この地は中原の人々にとって、異民族の侵略に対する最終防衛拠点となった。そして韓王信もこの地に拠点を置いた、というわけである。

 しかし睨みをきかせたところで匈奴の襲撃が収まるわけでもない。蚊や虻を壊滅させることが人類にとって不可能なことと同じように、無秩序に姿を現す彼らを滅ぼすことは無理に近い。

「兵がいくらいても足りぬ。彼らの進撃をとめるためには、城壁を空まで高くするか、国中の男子を城壁の守りにつかせるかしかない」

 韓王信がここでいう「国」とは、彼の治める太原周辺のことではなく、漢のことである。つまり漢とその支配下にある諸侯国の総力を挙げて対抗しないと事態は解決しない、そう言ったのであった。

 しかしそんなことはもちろん不可能であり、彼自身もそれをわかっていた。

「蜂の集団を発見したとして、それを一匹ずつ排除しようとあがいても無駄なことだ。その場合は巣を見つけ、長い棒で叩き落とす……それが最善の策であるが、我々には匈奴の巣がわからない。いったいどうするべきか……」

 対処に迷っているさなかにも、馬邑城を囲む匈奴兵の数は増えていく。

 ――逡巡していてもどうにもならぬ。ここは一戦を交え、我々の武勇を一度示すべきだ。

 敵が城壁の前に集中しているときこそ、逆に攻めやすいと考えた彼は、配下に命を下して出兵した。


 城壁の門を一箇所だけ開放し、そこから兵を突出させる。間断ない歩兵の突撃で包囲網に穴をあけることに成功すると、その穴を広げるためにさらに兵力を投入して、徐々に敵騎兵の統制を乱していく。

 元来もろいといわれる匈奴の陣形は、あっという間に崩れた。包囲は解かれ、敵兵は四散していく。韓王信はそのもくろみどおり、一戦して自らの武勇を示すことに成功したのだった。

 しかしやがて遠目に新たな敵の集団が見えた。逃亡した騎兵たちはそれに合流し、さらに数を増やしていく。その数はざっと見て十万以上であった。

 大将旗があるわけでもないし、きらびやかな装飾を施しているわけでもなかったが、集団の先頭を駆けてくる人馬は充分に彼の目を引いた。というのもその姿は他の兵に比べて騎乗する人、馬ともに一・五倍はあろうかと思われたのである。

「……冒頓ぼくとつだ」

「は?」

 韓王信の言葉に周囲は固唾をのむ。

「匈奴の王、冒頓単于だ。間違いない……退くぞ」

 包囲を突き崩した彼らであったが、押し寄せる匈奴兵の数とそれを率いる単于の迫力に圧倒され、ふたたび馬邑に立て籠ることになってしまった。


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