洗脳していき、そして――。
自身を信用している相手を洗脳する事は容易な事だ。
特に、私しか信用していない、私以外親しい相手しかいないそんなアルシアに少しずつ偽りの情報を植え付けていくのは簡単だった。
だって私以外に味方がおらず、私だけを信用しているというのならば、アルシアにとって私の言葉は全てなのだ。
”異世界”なんて非現実的な場所へと連れていかれ、《魔人》として人を殺す事を命じられ、偶偶冒険者に攻略されずに生存できた。いや、寧ろほとんと冒険者のこない場所にダンジョンを作り、危機に陥った事がないからこそアルシアはここまで楽観的なのかもしれない。
アルシアの精神状態は決して正常ではない。正常であるのならば、こんなにあからさまに、不自然なほどに親切な私を少しは疑うものではないかと思う。見方が私だけ。お友達は私だけ。私以外はアルシアには居ない。アルシアは私に依存している。私を失う事を拒絶している。一人になる事を拒絶しているのだ。
まぁ、当たり前と言えば当たり前だよねー。人は一人では生きていけない人がほとんどだもの。寂しくない、一人ではない状況を少なからず知っているのならば、一人であるという状況を人は耐えられない。それも仕方がないと言えば仕方がないよね。
だって大勢でいると楽しいもん。そして一人ぼっちは寂しいもん。私だってこんな性格だけど一人は少し寂しいかなーって思うよ? まぁ、可愛いモンスターたちが私の傍にはいてくれるから全然寂しいって事はないんだけどね? 寧ろ異世界に来てからの方が私は人生をエンジョイしていると思うよ?
というかさー、モンスターたちっていう絶対的な味方がいるのに寂しいとかモンスターたちのこと本当なんだと思ってるんだろうね? モンスターたちは魔力によって生み出されているのに確かに生きているっていうのに、生きていないみたいな、交流をする必要はないみたいなアルシアの態度は嫌かなって思うよ。だから余計に悲惨に殺してあげたいなーとか考えてたり。
ってわけで、今、私が何をやっているかっていうとねー?
「……ア、アルシアさん」
血だらけでアルシアの前に現れたんだよー。
あははは、もちろん自演だよ? 血は沢山かぶっているけど傷は大したことない的な感じだよ! アルシアは私のこと信じきっているから何も疑ってかからないからねー。
アルシアを騙すためにね、心から踊ってもらうためにね、私は身体を張るんだよー。だってそうした方が絶対に楽しいじゃんか。楽しくするためには、私は身体も張るよ?
血だらけで倒れて、悲痛そうな表情を浮かべている私。そんな私を見て、アルシアはどれだけ面白い反応をしてくれるんだろうって私は心からわくわくしていたの。だってわくわくするでしょう? だって、楽しい気分になるでしょう? アルシアっていう、最高に弄り甲斐のある玩具で何処までも楽しんで遊ぶのは当たり前でしょう。
「ア、アイちゃん‥…どうしてアイちゃんが、こんな。だ、大丈夫なの? ど、どうしよう。どうしたら」
血なんて見慣れていないアルシアはそれはもう挙動不審に陥っていた。面白いね? 見た目ほど怪我をしていないのに。少し冷静なら色々と気づきそうなものなのに、一切気づかないなんてさ。
「ア、アルシアさん……。私は…、ちょっと怪我をしただけだから大丈夫」
ふらふらとした足取りをしながらも私はそう告げる。
アルシアは私を一切疑わない。私を心のそこから心配していて、私を失うのではないかという恐怖心がその顔にありありと見えた。
恐怖心というものは、人を動かす大きな要因になる。
何かを失うのが怖いと、今の日常を失うのが怖いとその恐怖心は、人を動かす感情の一つだ。
私はアルシアを壊すために、もっと面白くするためにその感情を利用する。
私への友情や依存から私を失いたくないと願ってやまないその心を利用する。
それから私は倒れる。まぁ、ふりだけど。倒れたフリを、意識を失ったフリをして、そしてアルシアが何をしているか耳で聞いて確認する。
アルシアは泣いていた。
私の体の手当をしながら(私はされるがままにされながら)、嗚咽を漏らす。
「アイちゃん……」と何度も何度も私の名前を呼んで、本気で悲しんでいる様はそれはもう愉快だった。涙は止まらない。枯れるんじゃないかってほどに泣いている。
悲しみを表している声が響いている。
私の身体の手当をしたっていうのに、その傷の浅さに全く何も感じていない様子は正直なんて馬鹿なんだろうと思う。少しでもアルシアが敏い少女ならば、幾らこんな異世界で《魔人》なんてものになっているなんて非現実的な事になっていたとしても少しは私に対して疑問を感じたはずだろう。
というか、疑心暗鬼になってくれてもいいんだけどね。それはそれで楽しいし。でもアルシアは本当に私を何処までも信じきっていて、疑うって事さえも考えていないようだ。
しばらくして、そろそろかなと私は目を覚ます。
そうすれば、「アイちゃん、良かった目を覚ましたんだ」って凄く安心したアルシアの顔が目に映った。
「うん…。ありがとうございます。手当までしてくれて…」
「いいんだよ。だって私とアイちゃんは友達でしょう? それより何があったの…? あんなに傷だらけになって」
「……以前話した《偽人》という存在を覚えていますか」
私は神妙な顔をあえて作って、そう問いかけた。
さて、布石は撒いた。もっとアルシアが面白くなるように、壊れてくれるように。もっと、もっと私が楽しめるように――、ならそろそろ行動に出る。遊ぶための、行動に。
「う、うん」
「アルシアさん……、私は、《偽人》に狙われているんです……」
絞り出すような声を、視線を下に向けて告げる。
アルシアがそれに息を呑むのが聞こえた。
ふふ、私の演技力は完璧なんだよ? アルシアぐらいは騙せるよ!
「狙われてる……?」
「はい。《偽人》たちは何故か私を殺そうとしているんです。ついこの前に……、目をつけられたみたいで……」
どんどん声を小さくしていくのは、もちろん演技だ。消え入るような声を発するのは、アルシアを不安にさせるため。
「……わ、たし、私どうしよう……。どうしたら、どうしたらいいんだろう……。こ、このままじゃ、私……《偽人》に殺されちゃう……」
そこで、涙を流す。もちろん、ワザと。不安そうな顔を作って、その目から大粒の涙を流し、顔を手で覆う。
心から《偽人》に狙われている事実に絶望していると見せるために。
アルシアの不安を煽る。
アルシアの一人になりたくないという思いを刺激する。
さぁ、アルシア。私の手のひらで踊って。私が思うままに。私が楽しめるように。
そのための、一言を放つ。
「わた、し……死にたくない。死にたく、ない。嫌だ。嫌…なの。でも私だけじゃ――」
一人では決して勝てない。戦えないとそう示唆する言葉を放つ。
そして私はアルシアを見る。涙を浮かべて、悲痛そうな目で。
「ねぇ、アルシアさん……。わ、私と一緒に戦って。私はアルシアさんをおいて死にたくないよぉお」
叫ぶような言葉は、現実味を感じさせるためにだ。わざわざアルシアの肩を掴んでそれを告げる。
「戦う…?」
「……お願い。私だけ、私だけでは、駄目なんです。私……、アルシアさんしか頼りに出来る人がいなくて……」
お願いと頭を下げる。切羽の詰まった超えを、あえてあげる。
「《偽人》は集落を作っていて……私だけでは……」
アルシアが私に協力するように。私に協力して《偽人》と言う名の――一般市民を、一つの村を潰してくれるように。
そして、私の懇願にアルシアは結局頷いた。
ほら、これで準備は完了した。




