新米教師と禁断の果実2
少し首を伸ばし、前方で何か書類のような物に視線を落としながら意味不明な話をペラペラと喋る、ジャージ姿のただのイケメンを見つめる。あいつが日向七尾で間違いないだろう。
少しパーマのかかった茶髪は、しばらく美容院に行っていないのか、少しプリン気味で地毛の黒髪が少しずつ染めた部分を侵食しているのが見える。(リリカの視力は2.0)
眼鏡をかけていると聞いたが、今はかけていない。恐らく授業中は外しているのだろう。
「…じゃ、出席とるぞー」
軽く五分ほど世間話を広げてから、手にしている書類を三ページほどめくってから生徒の名前を一人ひとり呼び始めた。
リリカの心の中は青だった。真っ青だった。
まさか、名前を呼ばれるなんて思ってもいなかったからだ。
名前を呼ばれた他の生徒は律儀に「はい」と返事をしており、その度に日向は「おー」と返事をしながら出席簿に○をつけていた。
こんなの…羞恥プレイじゃないか…!
そうこうしている内に、いつの間にか出席取りは「は行」にまで突入していた。
「羽鳥ー…おー。古川ー…おー、怪我治ったかー?間宮ー」
あ、あれ…
ほうせん、が飛ばされた。
少し嬉しいような、寂しいような微妙な感情に捉われたが、まあ良いかと再び日向の観察を続けようとした。
ところが、
「せんせー!宝船さんを飛ばしてます!」
その声は自分の斜め前で足をクロスにして体育座りしている黒髪の少しぽっちゃりした男から放たれた。
山口、と途中まで言いかけた先生の声が宙に浮かび、ぽっちゃり男子→出席簿の順で日向の視線が動いた。
ぽっちゃり男子の方を向くと、彼はこちらを見て「ああ、気にしなくていいよ」と手をプラプラさせて少し頬を赤らめて笑っていた。
…違う…!
若干涙目になりながら、再び日向の方へ視線を向けた。
日向はバッチリこちらを見つめており、二人の視線はぶつかる。
「…宝船…リ…リカ…か。お前、やっと体育出てきてくれたんだな…」
他の生徒も、まるで不良が初めて自ら机の上に勉強道具を開いて授業を待っていた時の様に暖かい目で女子列の最後尾を眺めている。
「…よぅし…お前だけ花丸にしてやるからな…」
日向は涙混じりの声で言い、ズボンのポケットから赤いボールペンを取り出した。
リリカの頬はにじんだボールペンの様に真っ赤に染まって行った。
今にも泣きそうだった。
今日の体育はバレーボールらしい。
軽く準備運動と、体育館内を自己ペースで3周ほど走らされた後、体育倉庫からポールを運びだし、全員でネットの設置を始めた。
リリカのみ、体力不足で3周走っただけで疲れ果ててしまい、他の生徒がバレーの用具を持ち運ぶのを眺めていた。
それに気づいた日向が、リリカに歩み寄る。
逃げようとも思ったが、足がガクガクで立ち上がることが困難だと思い、諦める。
「なんで急に体育の授業に出てみようと思ってくれたんだ?」
汗で張り付いた前髪を分け、見上げると、ニコニコと笑うイケメン。
ホントにこいつ、ただのイケメンだなー…と思いながらも、口を開く。
「まあ、暇だったので…」
「ふぅーん?でもお前、体力無さすぎじゃないか?何ならお前専用の授業開いてやろうか?」
膝を曲げ、ニヘニヘと笑いながらリリカの頬を引っ張る日向。
「やめへくらはい」
未だに息が上がっているリリカはそんなつまらない答えしか出来なかった。