第9話:魔導王、新入部員(?)になる
「……おい、小娘。この建物から漂う、鼻を突くような金属の臭いは何だ。我の繊細な嗅覚が、未知の危機を察知しているぞ」
放課後。アルマがやってきたのは、学園の片隅にある年季の入ったレンガ造りの工房だった。
マントの隙間から、ノアが不審そうに鼻をヒクつかせている。
「ここは『魔導工作部』だよ。ほら、私の友達……っていうか、知り合いのケットルちゃんが部長をやってるの」
「魔導工作だと? 軟弱な。魔法とは意志で編むもの。道具に頼るなど、足腰の立たぬ老人のすることだ」
「そんなこと言わないでよ。私の杖がボロボロになっちゃったから、修理をお願いしに来たんだから」
アルマが重い扉を開けると、中では火花が散り、不思議な機械音が鳴り響いていた。
「あ、アルマちゃん! いらっしゃい!」
奥から顔を出したのは、顔を煤で汚したドワーフの少女、ケットルだった。
彼女は巨大な背負い袋を背負い、手には改造されたパチンコのようなものを持っている。
「ケットルちゃん、お疲れ様。あの、例の杖なんだけど……」
「任せてよ! ちょうど新しい『洗浄液』を開発したところなんだ。これで磨けば、どんな枯れ木の杖もピッカピカになるよ!」
ケットルは自慢げに、巨大な大砲のような洗浄装置(通称・洗浄砲)を担ぎ出した。
「(……ほう。ドワーフの小娘か。……一丁前に火を扱っているようだが、魔力の使い方が雑だな。……おい、アルマ。あのパチンコは何だ。あんな玩具で何を狙うつもりだ)」
ノアがマントの中でひそひそと毒づく。
だが、その時。ケットルの鋭い視線がアルマの胸元に突き刺さった。
「……あれ? アルマちゃん、マントがモコモコしてる。……もしかして、隠し持ってるの? 新しい『魔導コア』とか!」
「えっ!? あ、いや、これは……その……」
「見せて見せて! 私、動くものには目が無いの!」
ケットルが好奇心全開で詰め寄ってくる。
逃げ場を失ったアルマがたじろいだ瞬間、ノアが「フン!」と鼻を鳴らして自ら飛び出した。
「……動くものだと? 貴様、この我をゼンマイ仕掛けの玩具と同列に扱うつもりか!」
「わあぁぁ! しゃ、喋る黒猫!? すごい! これ、AI搭載の自律型ゴーレム!? それとも、中に小さいおじさんが入ってるの!?」
ケットルは目を輝かせ、ノアの体を全方位から観察し始めた。
尻尾を掴もうとしたり、耳の付け根をこねくり回したりする。
「お、おじさんだと!? 無礼な! 我は万物の理を統べる者……ひゃんっ! 貴様、そこを触るなと言って……あ、ああ、そこは、意外と……悪くない……」
ノアは喉の下を絶妙な力加減でカリカリされ、一瞬にして腰を砕いた。
伝説の魔導王が、ドワーフの少女の手の上で、ぐにゃぐにゃの毛玉に成り果てている。
「これ、すごいよアルマちゃん! 毛並みが特殊な繊維でできてるみたい。……ちょっと分解して、構造を解析してもいい?」
「ダメだよ! 解体しちゃダメ! それ、私の……えーと、大切な『外部演算ユニット』なんだから!」
「(……解析だと? ……小娘、助けろ! このドワーフ、目が笑っていない! 我をネジ一本までバラバラにする気だ!)」
ノアは正気に戻り、ケットルの腕から逃げ出してアルマの肩に飛び乗った。
「……フン。解析したいならさせてやる。ただし、貴様のそのガラクタ装置を、我の理論でマシにしてやるのが先だ」
「えっ、猫ちゃんが魔法のアドバイスをくれるの?」
「猫と言うな! ……いいか、その『洗浄砲』。圧力を高めるのに魔力回路を二重にしているが、それは無駄だ。空間の湿度を逆手に取って、大気中の水分を直接凝縮しろ。そうすれば、出力は三倍になる」
ノアは前脚で空中に複雑な数式(のような肉球の軌跡)を描いた。
ケットルは一瞬きょとんとしたが、すぐに自分の設計図を書き換え始めた。
「……えっ。……あ、本当だ! ここをこう繋げば……すごーい! 天才だよ、猫ちゃん!」
「……フン。当然だ」
数分後。
工房内に、凄まじい勢いの水流が吹き荒れた。
「いっけえぇぇ! 超電磁・自動洗浄砲、発射!」
「(――なっ!?)」
改良された洗浄砲の勢いは、ノアの予想を遥かに超えていた。
勢い余って逆噴射した水飛沫が、ドヤ顔をしていたノアを直撃する。
「ニ、ニャヴァアアアッ!?」
ノアは本日二度目の水難に遭い、壁まで吹き飛ばされた。
そして、ケットルの巨大な背負い袋の中に、スポッとはまり込んでしまった。
「……ノ、ノア! 大丈夫!?」
アルマが駆け寄ると、袋の中からびしょ濡れのノアが、恨めしそうな顔で這い出してきた。
「……解せぬ。……計算は完璧だったはずだ。……あのドワーフの魔力供給が、異常に……荒ぶっていた……」
「ごめんね猫ちゃん! でも見て! アルマちゃんの杖、一瞬でツルツルになったよ!」
ケットルが差し出したアルマの杖は、確かに新品同様……どころか、少し削れすぎて短くなっているような気さえした。
「……ありがとう、ケットルちゃん。……でも、ノアを解析するのは、また今度にしてね」
「うん! また来てね、猫ちゃん先生!」
「……先生と呼ぶな……。……それより、アルマ。……拭け。……我のこの誇り高き毛並みを、今すぐ最上級の布で拭くのだ……」
震えるノアをマントに包み、アルマは工房を後にした。
どうやら、学園の「工作の天才」と「自称・魔導の王」の相性は、最悪に近い最高のようだった。
「……ねえ、ノア。魔導工作部、入部してみる?」
「……死んでも断る。……我は、あのアヒル口のパチンコ娘が……怖い……」
「あはは、ノアにも怖いものがあるんだね」
秋の夕暮れ。
アルマの笑い声と、ノアの情けないくしゃみが、静かな学園の小道に響いていた。




