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「魔法使い見習いと生意気な猫」  作者: れおん


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第8話:購買部の戦いと、伝説のササミ

学園の昼休み。

そこは、腹を空かせた若き魔法使い見習いたちが、限られた「名物パン」を求めて杖を振るう(校則では禁止だが)戦場だった。

「……ねえ、ノア。やっぱり止めておかない? 私、人混み苦手だし……」

「黙れ、小娘。我の鋭敏な鼻が、あの喧騒の先にある『至高の霊薬』の香りを捉えたのだ。あれを食さねば、我の魔力回復は百年遅れるぞ」

「……ただの限定販売の『スモークササミ・サンド』でしょ?」

アルマはマントの襟をぎゅっと握りしめ、購買部のカウンターに群がる生徒たちの波を見つめた。

マントの中から、ノアの不機嫌そうな視線が突き刺さる。

「フン、愚民どもが。あのような油ぎった揚げパンに群がるとは……。いいか、アルマ。あのササミこそが真理だ。我の指示に従え。左、三歩。そこから影に潜れ」

「潜れるわけないでしょ! 私、隠密魔法なんて使えないんだから!」

「(……チッ、無能め。仕方ない。我の『威圧プレッシャー』を極限まで薄めて放ってやる。貴様の周囲にだけ、誰も近寄りたくないような絶妙に嫌な空気を作れ)」

「そんな魔法、嫌だよ! 友達いなくなっちゃう!」

結局、アルマは正攻法……という名の「人混みに押し流される作戦」で突撃した。

「あいたっ!」「ちょっと、押さないで!」と揉みくちゃにされながらも、なんとかカウンターの端に辿り着く。

「……お、おばちゃん! ササミ・サンド一つ!」

「はいよ! 最後の一つだ、ラッキーだったね!」

アルマが差し出された包みを掴んだ瞬間、周囲から「あーあ……」という溜息が漏れた。

戦利品を抱え、命からがら戦場を離脱したアルマは、中庭の大きな木の下に座り込んだ。

「……はぁ、死ぬかと思った。ほら、ノア。買ってきたよ」

マントからノアがぬるりと這い出してきた。

彼は包み紙を器用に前脚で開くと、芳醇なスモークの香りに、その金色の瞳をこれでもかと見開いた。

「……ほう。……ふむ。……合格だ」

ノアは一口、ササミを食した。

その瞬間、彼の尻尾がピンと垂直に立ち、先っぽだけがピクピクと震え始めた。

「……っ! なんだこれは……。この絶妙な塩加減、そして後から追いかけてくる燻製の香気。……アルマ、これを作った料理人は誰だ。今すぐ我の宮廷料理長ヘッドシェフに任命する」

「購買部のおばちゃんだよ……」

「……おばちゃんか。……恐るべし、この時代の隠れ賢者め。……あむ、あむ……おいひい……」

ノアが幸せそうにササミを頬張っていると、突然、上空から黒い影が差し込んだ。

「ギシャアアア!」

「ひっ!?」

それは、学園で飼われている伝書用の魔導カラスだった。

キラキラしたものや、美味しそうな匂いに目がないこのカラスは、ノアが持つササミを虎視眈々と狙っていたのだ。

「……あ? 貴様、今の我の至福の時間を邪魔しようというのか?」

ノアはササミを口に咥えたまま、片目を細めてカラスを睨み上げた。

カラスは急降下し、その鋭いくちばしでササミを掠め取ろうとする。

「(……小娘。我を上げろ。この不遜な翼を、魔導の深淵に叩き落としてくれる)」

「ノア! カラスと喧嘩しないで! 相手は学園の備品なんだから!」

「――シャアアアッ!」

ノアはアルマの手を蹴ってジャンプした。

空中で器用に身を翻すと、カラスの頭を前脚で「ポカッ」と叩く。

猫パンチである。

だが、そこにはノアの放った微弱な魔力が込められていた。

「ギャッ!? ギャアアア!」

カラスは一瞬にして方向感覚を失ったのか、そのまま空中で千鳥足になり、池の方向へとフラフラと飛んでいった。

「……フン。羽虫が。我の食事を邪魔するなど、万死に値する」

ノアは着地し、何事もなかったかのようにササミの続きを食べ始めた。

だが、その時。

「あら。アルマさん、こんなところで何をしているのかしら?」

聞き覚えのある、涼やかな声。

振り返ると、そこには風紀委員のエレーヌ先輩が立っていた。

彼女の視線は、アルマの足元でササミを食べている「黒い影」に注がれている。

「(――しまっ……!)」

ノアは即座にササミを丸呑みし(喉を詰まらせそうになりながら)、死んだふりをして横たわった。

「……え、エレーヌ先輩! これは……えーと、落ちてた猫です!」

「落ちていた猫? ……ずいぶん、態度の大きそうな猫ね。……それに、今何か喋らなかったかしら?」

「気のせいです! 私の独り言です! 『あー、カラスが落ちてきたなー、死んじゃうのかなー』って、心配してたんです!」

アルマは必死の形相でノアを抱き上げ、マントの中に押し込んだ。

エレーヌは目を細め、じっとアルマを見つめていたが、やがてフッと微笑んだ。

「……そう。ならいいけれど。……マントの中に猫を入れるのは校則違反よ。……次に見つけたら、没収ボッシュウさせてもらうわね」

「……は、はい! すみません!」

エレーヌが去っていくのを見送り、アルマは膝から崩れ落ちた。

「(……死ぬかと思った……。ノア、もうササミなんて買わないからね!)」

「(……むぐ、むぐ……。没収だと? あの女、我を自分の部屋で飼うつもりか……。……悪くない提案だが、ササミの供給量次第だな)」

「(そういう問題じゃないでしょ!)」

どうやら、アルマの学園生活を脅かすのは、闇の組織よりも、ノアの旺盛な食欲と「猫としての魅力」の方かもしれない。

アルマの溜息は、秋の空へと溶けていった。

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