表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「魔法使い見習いと生意気な猫」  作者: れおん
『黒猫の魔導王と、未熟な彼女たちの宣戦布告 〜王立アカデミー・立志編〜』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/36

第4話:放課後の秘密特訓は、マタタビの香りと共に

「……はぁ、はぁ。もう、無理……」

放課後の旧校舎、使われていない空き教室。

アルマは床に大の字になって倒れ込んでいた。

窓から差し込む夕日が、埃の舞う室内をオレンジ色に染めている。

その中心で、一匹の黒猫が優雅に毛繕いをしながら、冷ややかな視線を投げかけていた。

「情けないな、小娘。今の魔力操作、わずか三百度の円環を描くだけではないか。それだけで息を切らすとは、貴様の魔力タンクはひび割れた水瓶みずがめか?」

「……ノアは、言うだけだからいいよね。これ、普通の見習いなら三日はかかる工程なんだよ……?」

アルマが弱々しく反論すると、ノアはフンと鼻を鳴らした。

「三日だと? 我の時代なら、三秒でできぬ者は魔導士を名乗る資格などなかった。いいか、魔力とは『練る』ものではない。『溶かす』ものだ。世界というスープの中に、自分というスパイスを馴染ませる……。その感覚を忘れるな」

「スープ……スパイス……」

アルマは朦朧もうろうとする意識の中で、その言葉を反芻する。

ノアの教えはいつも突飛だ。けれど、その通りにイメージを広げると、不思議と魔力の「引っかかり」が消えるのが分かった。

「……ところで、アルマ。一つ、我の威厳に関わる重大な相談がある」

ノアが急に真剣な声を出した。

金色の瞳が、アルマの顔をじっと見つめている。

「……何? 怖い顔して。また伝説の魔具でも見つけたの?」

「……それよりも深刻だ。……先ほどから、この部屋の隅にある『あの草』。あれは一体何だ。我の防衛本能が、あれを『極めて危険な魔導物質』だと警鐘を鳴らしている」

アルマはノアが指し示す(前脚で突いている)方を見た。

そこには、前任の教師が置き忘れたのか、小さな鉢植えがあった。

中には、少し萎びた葉をつけた植物。

「……あ、これ? 『キャットミント』……いわゆるマタタビの仲間だよ。猫が好きなやつ」

「……何だと? 我を誘惑し、精神を汚染しようとする罠か! 卑劣な……! 貴様、すぐにそれを破棄しろ。我の理性が、あの香りを嗅ぐだけで霧散しそうになって――」

ノアの声が、急に震え始めた。

彼は自ら「危険だ」と言いながら、足は吸い寄せられるように鉢植えへと向かっている。

「……やめろ。来るな。我は、魔導の王……。あんな、ただの、草に……」

くんくん、と。

ノアの鼻が激しく動き、次の瞬間。

「……ふにゃああああああん」

ノアは鉢植えに顔を擦り付け、床をごろごろと転がり始めた。

瞳孔は開ききり、舌が少し出ている。

「……ノア? 大丈夫?」

「あへ……あへへ……。いい匂い……。世界が……世界が黄金に輝いている……。アルマ……お前、いい奴だな……。もっと、撫でろ……。我を、もっと……」

「威厳がマイナスに突入してるよ……!」

アルマは慌てて鉢植えを高い棚の上に避難させた。

数分後、ようやく正気に戻ったノアは、信じられないほど毛を逆立て、顔を真っ赤(に見えるほど狼狽)にしていた。

「……今のは、毒だ。致死性の魔毒だ。我の強靭な精神力をもってしても、一瞬の隙を突かれたに過ぎん」

「はいはい。じゃあ、今日の特訓はここまでにして、食堂に行こう? 今日は魚のムニエルだって」

「……ムニエルだと? ……ふん、毒消しのために摂取してやらんでもない」

寮への帰り道、二人は中庭を横切っていた。

そこで、一人の少年と数人の取り巻きが行く手を阻むように立っていた。

「おい、落ちこぼれのアルマ。今日の試験、まぐれで青い火を出したらしいじゃないか」

少年の名はカイ。

名門魔法騎士の家系で、アルマをいつも馬鹿にしているエリート候補生だ。

「……カイ君。まぐれじゃないよ。ちゃんと練習したんだから」

「ふん、杖も使わずにそんなことができるはずがない。どうせ、怪しい魔道具でも隠し持ってるんだろ? 貧乏人のくせに、卑怯な真似をするな」

カイが杖を構え、アルマに向かって小さな衝撃波ブラストを放とうとする。

それは見習い同士の喧嘩としては少し行き過ぎた威力だった。

(……あぶない!)

アルマが身構えた瞬間、マントの中からノアの鋭い声が響いた。

「(――小娘。逃げるな。右手を四十五度上に向け、親指を内側に折れ。そこで『壁』ではなく『盾』をイメージしろ。重なり合う、鋼の盾だ)」

アルマは反射的にその通りに動いた。

ノアの指示通りに魔力を指先に集め、空中に「層」を作るように展開する。

ドォォォン!

カイの放った衝撃波がアルマの目の前で弾け、火花を散らした。

けれど、アルマには傷一つない。

彼女の目の前には、薄い魔力の膜が重なり合い、六角形の結晶のような形を成していた。

「……なっ!? 『多層防壁マルチレイヤー・シールド』だと!? そんなの、上級生が使う防御魔法じゃないか!」

カイが驚愕に目を見開く。

「……アルマ、お前……一体……」

「(……追撃しろ、小娘。相手の魔力回路は、今の一撃で右側に偏っている。左足の膝裏を狙って、小さな空気の弾を弾け。……やれ!)」

(え……でも、怪我させちゃうよ……)

「(殺せとは言っていない! 礼儀を教えてやれと言っているのだ!)」

アルマは迷ったが、ノアの勢いに押され、左手をカイに向けた。

ノアの言う通り、相手の動きがスローモーションのように見える。

魔力の流れが、色のついた糸のように空中に浮き出て見えた。

(あそこだ……!)

パチン、と指を鳴らす。

それは魔法というより、単なるイタズラのような衝撃。

けれど、正確にカイの急所(魔力の結節点)を突いたその一撃は、彼のバランスを完璧に崩した。

「わ、わあああ!」

カイは無様に尻もちをつき、そのまま後ろの植え込みに突っ込んだ。

「……ひ、卑怯だぞ! 覚えてろ!」

捨て台詞を残して逃げていくカイと取り巻きたち。

中庭に、静寂が戻る。

「……やった。……また、勝っちゃった」

アルマは自分の手を見つめ、それからマントの中に隠れている「師匠」に話しかけた。

「ねえ、ノア。私、本当に強くなれるのかな」

「……フン。当たり前だ。この我の……『黒天の守護者』の弟子なのだからな。……ただ、今の魔力の使い方は雑だ。寮に戻ったら、もう一度基礎からやり直すぞ。……あと、さっきの草……キャットミントだったか。あれを捨てろ。今すぐだ」

「あはは、あれはノアが可愛いから、取っておこうかなぁ」

「貴様ぁ!!」

夕闇の中、一人の少女と、喋る猫の賑やかな言い合いが響く。

アルマの中に、小さな、けれど確かな「自信」という名の火が灯り始めていた。

だが、この時アルマはまだ知らなかった。

カイの背後に、彼女の急成長を不審に思う「学園の闇」が忍び寄っていることを――。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

評価の星(★)やブックマーク、いいねで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

皆さまの応援が、彼女たちの成長とノアの食欲を支えています。

ぜひ、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ