第32話:魔導王の特訓・地獄の食いしん坊キャンプ
「……よいか、新入生ども。我は寛大だ。貴様らがどれほど無能で、どれほど魔法の杖を箸と間違えるような痴れ者であっても、一度は見逃してやろう。……だが、我が愛する『桜鯛のマリネ』を、貴様らの不甲斐なさで奪われることだけは、次元の壁を越えても許さん!」
春の演習場。
ノアは、アルマが特訓のために用意した「指導用・特製高椅子(ただの積み上げた木箱)」の上で、威風堂々とふんぞり返っていた。
その前には、リリ、レオ、ポプリ、ルルの四人が、期待と不安、そして「この丸っこい猫は本当に大丈夫なのか」という疑念の入り混じった表情で整列している。
「(……さあ、アルマ。まずは貴様の弟子、リリからだ。……小娘、貴様も一緒に杖を構えろ)」
「う、うん! ……リリちゃん、行こう!」
「はい、アルマ先輩! ……でも、私、どうしてもシャボン玉しか出なくて……」
「(嘆くな。……シャボン玉とは、いわば『魔法の器』だ。……空っぽだから役に立たんのだ。……イメージしろ、その玉の中に、最高級の『濃厚魚介出汁の香り』を閉じ込めたと。……一粒弾ければ、周囲の者が思わず白米を求めて膝をつくような……そんな芳醇な香りをな。……その一点に、全神経を集中させろ!)」
ノアの(食欲に塗れた)アドバイスに、アルマとリリは顔を見合わせた。
しかし、アルマは知っていた。ノアの「食べ物理論」は、理屈を超えて本能に訴えかけることを。
二人が杖を振り、魔力を練り上げる。
「……ツナの……出汁の香り……! ――シャボン・デリシャス!」
リリが叫ぶと、杖先から放たれたシャボン玉は、今までのような透明なものではなく、どこか黄金色の輝きを放っていた。それがパチンと弾けた瞬間、演習場全体に、料亭の厨房のような「最高に美味しそうな匂い」が爆発的に広がった。
「(……よし。次は迷子のレオだ。……キャスカ、貴様はあやつの後ろに立て)」
「了解よ! ……ほら、レオ! シャキッとしなさい!」
キャスカがレオを追い回す。レオは「お肉の香り」を追って一直線に走ることで、初めて「真っ直ぐ進む」という概念を理解した。彼にとって、前とは肉がある場所であり、後ろとは肉が遠ざかる場所なのだ。
「(ポプリは、癒そうとするな。……その綿あめで、敵を『甘い幸福』の中に閉じ込めて窒息させるのだ! ――拘束魔法・シュガー・プリズンだ!)」
ジャムの指導を受け、ポプリが杖を振る。
すると、ダミー人形の周囲に爆発的な量の綿あめが発生し、敵をベタベタの甘い繭の中に完全に封じ込めた。
「(最後は自爆のルルだ。……アリス、バフで出力を一点に固めろ! ――ルル、爆発を抑えるな! ――その衝撃をすべて、前方への『おかわりの要求』に変えて吐き出せ!)」
アリスの超加速バフを受けたルルが、咆哮と共に魔力を解放する。
ドォォォォン!! という凄まじい衝撃波が放たれ、演習場の案山子が木っ端微塵に粉砕された。
「(……ふむ。……。……見ろ、アルマ。……欲望さえ正しく導けば、ポンコツでも武器になる。……これが我の魔導教育の真理だ)」
「……。……ノア。……みんな凄くなったけど……これ、魔法の訓練じゃなくて『調理実習』の準備みたいになってない?」
演習場は今や、出汁の香りが漂い、綿あめが舞い、肉を求める叫びが響く、異様な空間と化していた。
だが、後輩たちの目には、今までになかった自信の光が宿っていた。
「(……合っているかどうかなど、些事だ。……勝てば、桜鯛が待っている。……負ければ、パセリだ。……さあ、新入生ども! ――次は、この我を『動く最高級ツナ缶』だと思って、死ぬ気で獲りに来い!)」
ノアはそう言うと、素早い動きで(意外と速いのだ)演習場を駆け回った。
レオが肉の香りを追って突進し、ポプリが綿あめで退路を断ち、リリが香りのシャボン玉で視界を奪い、ルルが爆風で追い詰める。
夕暮れの学園。
史上最も美味しそうで、最も無茶苦茶な特訓は、夜の帳が下りるまで続くのであった。




