第31話:二年生の春と、新たな迷子たち
「……おい、小娘。断言するが、この世で最も残酷な冗談は、貴様のような『魔力微塵』が、他人に魔法を教える立場に置かれるという現実だ。……我の髭が、教育崩壊の予感に震えているぞ」
春。王立魔法アカデミーの校庭には、魔力を帯びて淡く発光する「魔導桜」が咲き乱れていた。
その花びらが舞い散る中、アルマは二年生へと進級していた。
胸元には上級生の証である青いリボンが結ばれ、彼女の表情もどこか誇らしげ……に見えるが、その肩の上では、冬休みを経てさらに「球体」としての完成度と重量を増したノアが、尊大にふんぞり返っている。
「……もう、ノア。私だって進級できたんだから。……それに、二年生になったら一人ずつ新入生を受け持って指導するのが、この学園の伝統なんだよ? 責任重大なんだから」
アルマが視線を向けた演習場の中心には、今年入学したばかりの、まだ着慣れない制服に身を包んだ新入生たちが不安げに整列していた。
アルマ、キャスカ、ジャム、アリスの四人は、パーティ単位で「指導班」として指名されており、それぞれに一癖も二癖もある後輩が割り振られていたのである。
アルマが担当することになったのは、大人しそうな少女、リリ。
一生懸命に杖を構えているが、彼女の悩みは深刻だった。魔力を練ろうとすると、指先や杖の先から、ふわふわとした「シャボン玉」しか出てこないのだ。攻撃魔法を唱えても、癒しの魔法を唱えても、結果はすべてパチンと弾けるシャボン玉。アルマの「才能ゼロ」とはまた違う、非常に切ない才能の持ち主だった。
キャスカが担当するのは、騎士道物語に心酔する少年、レオ。
「僕の剣で、世界の理を斬り開く!」と豪語しているが、極度の方向音痴という致命的な欠陥があった。キャスカが「右に剣を振れ!」と叫ぶと、なぜか左に三歩歩いて自爆するように転ぶ。
ジャムが担当するのは、おっとりとした女子生徒、ポプリ。
ヒーラー志望なのだが、彼女の放つ魔力はすべて「お菓子(主に綿あめ)」に変換されてしまう。怪我人を癒そうとすると、傷口がふわふわの綿あめで覆われるだけで、痛みは引かない。
アリスが担当するのは、元気だけは天下一品の少女、ルル。
バッファー志望なのだが、魔力の出力があまりに瞬間的かつ爆発的すぎて、バフをかけた瞬間に自分が爆風で気絶してしまうという、まさに一撃必殺(自分を含む)の使い手だった。
「(……ほう。……シャボン玉の妖精に、迷子の騎士、菓子職人のヒーラー、そして自爆型のチアリーダーか。……アルマ、撤回する。……これは地獄ではない。……『喜劇のカルテット』だ。……我の腹筋が、空腹を忘れて捩れそうだぞ)」
ノアは可笑しくてたまらないと言わんばかりに、喉をゴロゴロと鳴らし、お腹を「ぷにん、ぷにん」と激しく揺らして笑った。
「……皆様。あまり他人の教え子を笑っている余裕は、ありませんわよ?」
背後から、風紀委員長としての威厳をさらに増したエレーヌ先輩が、氷のような笑みを浮かべて現れた。
彼女の足元には、相変わらず優雅で隙のない白猫、ブランシュが付き従っている。
「今年の新入生は、例年になく個性的だと聞いております。……特にアルマさんの班に配属された四人は、学園長直々の『要注目検体』。……来月行われる【学年対抗戦】までに、彼らを一人前に育て上げなさい」
「(……学年対抗戦だと? ――フン、そんな面倒な行事、我らには関係のないこと……)」
「……もし、対抗戦で惨敗するようなことがあれば、指導責任として、二年生全員に一週間の『学食抜き』の刑を処しますわ。……もちろん、その使い魔も例外ではありません」
「(――なっ!? ――学食抜きだと!? ――この女、王の生命線を人質に取るというのか! ――あの春限定メニュー『桜鯛の魔法マリネ』を……我から奪うというのか!?)」
ノアの顔色が(毛色で見えないが)一瞬で変わった。
彼にとって、学食のメニュー表は聖典であり、食事の時間は人生そのものである。
「(……アルマ、緊急事態だ。……このポンコツどもを、今すぐ特級戦力に書き換えろ。……我の胃袋と、桜鯛の尊厳がかかっているのだ! ――よいか、新入生ども! ――今日から我の魔導教育理論(ササミ式)を、その骨の髄まで叩き込んでくれるわ!)」
「……えっ、黒猫さんが喋った……?」
「……しゃ、喋る猫さん……すごい……」
リリたちが目を丸くする中、ノアの尊大かつ無茶苦茶な指導が始まった。
アルマ、キャスカ、ジャム、アリス。
かつてノアに振り回された四人が、今度は「先輩」として、さらに癖の強い後輩たちを導く、カオスな新学期が幕を開けたのである。




