第30話:サバの味噌煮異界と、黄金のプルタブ
「……おい、小娘。断言するが、学園の正門を潜った瞬間、我の嗅覚は『白米』を強く欲している。……見てみろ、この異様な光景を。……これはもはや、魔術の暴走などという生易しいものではない。……学園全体が、一つの『巨大な小鉢』と化しているぞ!」
王都に戻ったアルマたちが目にしたのは、茶褐色の霧に包まれた王立魔法アカデミーの姿だった。
空気は驚くほど甘辛い醤油と味噌の香りに満ち、校舎の壁からは、時折「とろみ」のついた魔力の雫が滴り落ちている。
「……ひえっ!? 噴水から出てるの、お水じゃなくてタレだよ!?」
「ベルンさん、よく来てくれた! ……見ての通り、事態は極めて『芳醇』な局面に達しているよ」
校門の前で、全身を耐熱・耐油仕様の魔導防護服で固めたエドワード先輩が、眼鏡を曇らせながら立っていた。
彼の手にある測定器は、既に「美味しさ」のメーターが振り切れている。
「エドワード先輩! 巨大缶詰をどうにかしたんじゃなかったんですか!?」
「……それが、缶詰の中に封印されていた古代の『保存の理』が、冬の冷気で発酵してしまってね。……校舎の地下から、時空を越えたサバの身が溢れ出しているんだ。……このままだと王都全体が、サバの味噌煮という名の概念に書き換えられてしまう」
「(……フン。……眼鏡よ、安心しろ。……我という名の終止符が、今ここに降臨した。……アルマ、キャスカ、ジャム、アリス! ――突入だ! ――中心部の『黄金のプルタブ』を、我の爪で引きちぎってくれる!)」
「(……結局、一番乗り気なのはノアだね……)」
一行は、味噌の霧をかき分け、地下保管庫へと突き進んだ。
道中、味噌の魔力に当てられて凶暴化した『味噌煮スライム』が襲いかかるが、今の彼女たちは冬休みを経て、初心者レベルを卒業しつつあった。
「私の包丁……いえ、剣が、このサバの身を切り分けるわ! ――燕返し・骨抜きスライス!」
キャスカが鮮やかに木剣を振るい、スライム(味噌煮)を一口サイズに解体していく。
「今ですわ! ――ヒール・中和ジャム注入!」
ジャムが放った治癒魔法が、濃すぎる味噌の味を「まろやか」に中和し、魔力の暴走を抑え込む。
「皆様の食欲を、100倍にしてみせますわ! ――響け、おかわりの残響!」
アリスのバフが乗り、全員のやる気(と空腹感)が最大値に達した。
「……みんな、ありがとう! ――出でよ、浄化の残り火……いや、今は『最強のコンロ』として! ――ファイア・ボイル!!」
アルマが放った火球が、地下室に充満する味噌の霧を焼き飛ばし、ついに中心部で脈動する『巨大な古代缶詰』を露わにした。
「(……見つけたぞ。……あの、次元の狭間から覗く、黄金のプルタブ。……あれを閉じれば、異界は消滅する! ――アルマ、我を飛ばせ! ――過去最高の……特盛の質量でな!)」
「……わかった! ――いっけぇぇぇ、ノアァァァ!」
アルマが全力でノアを投げ飛ばした。
アリスの加速、ジャムの安定、キャスカの導き。
全ての想いを乗せた「黒い弾丸」が、黄金のプルタブへと激突する。
「(――食らえ! 次元開閉(缶切り)の爪ェェェッ!!)」
ガキンッ!!
鋭い音が響き、ノアの爪がプルタブを完璧に捉えた。
そのまま、ノアの重みを利用してグイッと引き戻すと、巨大な缶詰は吸い込まれるように自らの蓋を閉じ、異界の魔力を内側へと封じ込めた。
数分後。
学園を包んでいた茶色の霧は晴れ、元通りの静かな冬の夕暮れが戻ってきた。
地下室の床には、一缶の小さな、少しだけ古びた缶詰と、その上で満足げに「ゲップ」をしているノアが転がっていた。
「……ふぅ。……終わったんだね」
「……お疲れ様、アルマさん。……非常に非効率的な事件だったけれど、サバの脂質データは完璧に取れたよ」
エドワードが平然と手帳を閉じる。
「(……眼鏡よ。……約束を忘れるな。……幻獣ツナの目録だ。……それと、この古代のサバ……。……我の胃袋が『あと一歩で真理に届く』と言っている。……残り火で温めて持ってこい)」
「(ノア! まだ食べる気!?)」
「……フフ。約束は守るよ、特級検体。……君のその底なしの欲望こそが、学園を救う唯一の魔導だったとはね」
結局、その夜は学園の食堂で「サバの味噌煮パーティ」が開かれることになった。
全校生徒がその美味しさに舌鼓を打ち、アルマたちは英雄(と、一番の食いしん坊)として称えられたのである。
冬休みの終わり。
少しだけお腹の出た魔導王と、頼もしくなったポンコツ3人娘。
彼女たちの物語は、サバの香りに包まれながら、第3章へと続いていく。
「(……小娘。……次は、幻獣ツナだ。……我の物語に、休載という文字はないぞ)」
「(……はいはい。……まずは、そのお腹をどうにかしようね、ノア……)」




