第27話:雪山の主と、魔導ソリの猛追
「……おい、小娘。断言するが、この板切れ二枚に命を預けるなど、狂気の沙汰だ。……我の肉球が、冷気でシャーベット状になり、感覚を喪失しているぞ」
実家の裏山。
アルマの父から「今夜の鍋のメイン具材、雪ウサギを捕まえてきたら特製の干し肉をやるぞ」と言われ、ノアはあっさりと(干し肉に釣られて)雪山登山に同意した。
だが、目の前にあるのは、ドワーフの職人が作った最新鋭のソリではない。
アルマの父が若い頃に使っていたという、年季の入った「ただの木の板」で作られたソリだった。
「大丈夫だって、ノア! ……ほら、キャスカちゃんたちも準備万端だよ!」
「ふふ、雪山での狩猟……。私の剣が、冷たく冴え渡るわ……! ――雪山・燕返し!」
キャスカが木剣を振るうと、積もった雪が舞い上がり、彼女自身が視界不良でよろけて雪に突っ込む。
「キャスカさんっ! 今すぐ温かい治癒を……! ――ヒール・ホットジャム!」
ジャムが放った魔法は、ジャムの糖分(魔力)が熱を持ち、キャスカの背中の雪をドロドロのぬるま湯に変えた。
「(……おのれ。……こやつら、獲物を狩る前に、凍死するか溺死するかの二択だな。……おい、アリス! ぼーっとするな!)」
「わかっておりますわ! ――滑れ、ソリの残響!!」
アリスが全力のバフをソリにかけた、その瞬間。
摩擦係数を無視した超加速が、一行を襲った。
「――っ!? ぎゃあああああああ!」
「(――ヌオオオオオオッ!? 速い! 速すぎる! ――これは魔導ではない、ただの自由落下だぁぁぁ!)」
ソリは雪の斜面を猛スピードで滑り降りる。
ノアはアルマの頭にしがみつき、耳を後ろに倒して風の抵抗を最小限に抑えていた。
「(……アルマ! 避けろ! 前方に……非常に『頑丈そうな樫の木』が立ちはだかっているぞ!)」
「む、無理だよ! 曲がれないもん!」
「ふっ……。私の剣で、軌道を変えるわ! ――燕返し・方向転換!」
キャスカが雪面に木剣を突き立てた。
ガガガガッ! という凄まじい音と共に、ソリは右へ急旋回。
だが、その先には……この山の主、『雪角大鹿』が悠々と歩いていた。
「ブモォォォォォン!!」
驚いた大鹿が、巨大な角を振りかざして突進してくる。
「(――きたぞ! 鍋の具材だ! ――いや、死神だ! ――アリス、加速バフを解除しろ! ――ジャム、あやつの角を粘着質のジャムで固定するのだ!)」
「は、はいっ! ――ねっとり、密封!」
ジャムが放った魔法は、大鹿の角の間に巨大な魔力の「粘り」を生み出した。
大鹿が首を振るたび、周囲の雪が絡みつき、巨大な雪玉となって鹿の視界を塞いでいく。
「今よ、アルマ! ……あの子を止めなきゃ、私たち、崖の下に真っ逆さまだわ!」
「わかった! ――みんな、力を貸して! ――最大火力の……ファイア・ブレーキ!!」
アルマが杖を地面に向けて魔力を解放した。
アリスのバフが乗り、ジャムの安定化が加わった火炎が、ソリの底面と雪の間で蒸気爆発を起こす。
ドォォォォォォン!!
猛烈な蒸気の雲が広がり、ソリは鹿の鼻先数センチで、劇的な急停車を遂げた。
その衝撃で、ソリの先端にいたノアだけが「スポーン!」と弾き飛ばされ、大鹿の鼻の頭に着地した。
「(………………)」
「(………………ブモ?)」
ノアと大鹿が、至近距離で見つめ合う。
大鹿は、自分を止めた「黒くて丸い何か」の威圧感(と、鼻先を掠めた焦げた匂い)に圧倒され、震え出した。
「(……よいか、角の生えた凡夫よ。……我は今、非常に機嫌が悪い。……そして、腹が減っている。……今すぐ、我らのソリを、貴様の強靭な脚力で実家まで牽引しろ。……さもなくば、貴様の毛並みをローズの香りのシャンプーで洗い上げてやるぞ)」
「(ブ、ブモォ……(降参です……))」
伝説の魔導王(自称)の「脅し」により、山の主は哀れにも、一行を乗せたソリを引く「トナカイ役」を命じられることになった。
夕暮れ時。
アルマの実家の前に、巨大な大鹿にソリを引かせた一行が、堂々と(ノアは鹿の角の間で踏んぞり返りながら)帰還した。
「ただいまー! ……お父さん、雪ウサギはいなかったけど……もっとすごいの連れてきたよ!」
玄関から出てきたアルマの父は、山の主を顎で使う黒猫を見て、腰を抜かしてひっくり返った。
「(……フン。……当然だ。……文明は遅れているが、この山のルールは単純で良い。……強い者が食い、強い者が乗る。……さあ、アルマ。今すぐこの鹿を……いや、鹿は重すぎて食いきれんから、解放してやる代わりに、一番大きな干し肉を持ってこい)」
結局、大鹿は解放され(ノアへの恐怖で二度と実家に近づかなくなった)、一行は父が隠し持っていた「最高級の猪肉」で豪華な牡丹鍋を囲むことになった。
「……ねえ、ノア。……実家に来てから、ノアが一番生き生きしてる気がするよ?」
「(……黙れ。……我は……ただ、この……囲炉裏の火が……自動洗浄トイレの便座より……少しだけ温かいと認めただけだ……ゴロゴロ……)」
文明の敗北。
しかし、野生の勝利。
ポンコツ四重奏の冬休みは、寒さを吹き飛ばすような熱狂と共に、夜の更けるのを忘れて続いていった。




