第25話:反省文の迷宮と、秘密の放課後
「……おい、小娘。断言するが、この世で最も無益な魔力の使い道は、この白い紙に『反省しています』という記号を並べる行為だ。……我の肉球が、怒りで腱鞘炎になりそうだぞ」
翌日の放課後。
アルマたちは、学園の時計塔の下にある「特別自習室」に缶詰にされていた。
目の前には、白く輝く原稿用紙の山。
そして、その入り口には、風紀委員のエレーヌ先輩が優雅に読書をしながら、逃げ出そうとする者がいないか目を光らせている。
「自業自得だよ、ノア。……寮で焼肉なんてするから。……ほら、ジャムちゃんもキャスカちゃんも、アリスちゃんも必死に書いてるんだから」
「(……フン。……あやつらは、単に思考が停止しているだけだ。……見ろ、ジャムの原稿を。……『お肉が美味しかったです』と十行続けて書いているぞ。……あれは反省文ではない、ただの感想文だ)」
ノアは不機嫌そうに、尻尾で机をペシペシと叩いた。
彼の前にも、特製の「猫用・ミニ原稿用紙」が用意されている。エレーヌ先輩の「猫といえど、宴に参加した以上は連帯責任ですわ」という非情な宣告によるものだ。
「……ねえ、ノア。……エドワード先輩なんて、廊下で正座しながら二十枚も書いてるんだよ? ……私たちなんてまだマシだよ」
「(……あの眼鏡は、反省文を書きながら『ペン先の摩耗と魔力伝導の相関性』とかいうデータを取っている変態だ。……比較対象にするな)」
ノアは、ふと思いついたように、横で必死にペンを動かしているアリスを肉球で突ついた。
「(……おい、三秒のバフ娘。……貴様の魔法で、このペンの速度を100倍にしろ。……一瞬でこの苦行を終わらせるのだ)」
「ノ、ノア先生! 無茶ですわっ! ……私のバフをペンにかけたら、摩擦熱で紙が燃えてしまいますわ!」
「(……チッ、使えん。……ならばキャスカ。……貴様の剣技で、この文字を紙に刻め。……一太刀で百文字だ)」
「……無理に決まってるでしょ。……それに、剣で書いた反省文なんて、エレーヌ先輩が受け取ってくれるわけないわ……」
キャスカは疲れ果てた顔で、なまくらの木剣を机に立てかけていた。
一時間が経過した。
静まり返った自習室に、カリカリという筆記音だけが響く。
アルマの魔力も、反省のしすぎ(?)で底を突きかけていた。
その時、ノアの鼻がピクッと動いた。
「(……小娘。……今、入り口の風紀委員が……一瞬、意識を『睡魔の深淵』へ落としたぞ。……今がチャンスだ)」
「(えっ!? 逃げるの!? ……無理だよ、結界が張られてるもん)」
「(逃げるのではない。……『代筆者』を召喚するのだ。……この学園の影の支配者……あのネズミどもをな)」
ノアが短く「ニャッ」と鋭く鳴いた。
すると、壁の隙間から、学園祭の時に戦ったあの『魔導ネズミ』たちが、一斉に顔を出した。
彼らは昨夜の焼肉のお裾分けを(ノアが渋々)分けてもらった恩を返すべく、ノアの招集に応じたのだ。
「(……いいか、下等な齧歯類ども。……この紙に、我の威厳に満ちた反省の言葉を綴れ。……報酬は、今朝アルマが残したパンの耳だ)」
ネズミたちは器用にペンを掴むと、驚異的な集団連携で、ノアの原稿用紙を埋め始めた。
一人一人が一文字ずつ担当し、バケツリレーのようにペンを回す姿は、まさに精密機械のようだ。
「(……ハハハ! 見ろ、アルマ! これぞ真の王の統治だ。……我が手を汚さずとも、反省は完了する!)」
「(ノア……それ、バレたら本当に退学だよ……)」
だが、ネズミたちの書くスピードが早すぎた。
原稿用紙から「シュルシュル」という奇妙な音が発生し、寝入っていたはずのエレーヌ先輩がパッと目を開けた。
「……あら。……ずいぶんと賑やかな音が聞こえますわね?」
「(――しまっ……! ――散れ、下等生物ども!)」
ノアの合図と共に、ネズミたちは一瞬で姿を消した。
残されたのは、完璧な達筆で埋め尽くされたノアの反省文。
エレーヌ先輩がゆっくりと歩み寄り、ノアの原稿を手に取った。
「……ふむ。……『我は、黄金の脂に目が眩み、王としての矜持を忘れた愚か者である。……次からは、もっと広い場所で、エレーヌ様も正式に招待して開催することを誓う』……」
「(……おい、ネズミども! 余計なことを書くなと言っただろうが!)」
「……。……内容はともかく、この筆跡。……学園の地下に住まう魔導ネズミの筆跡と一致しますわね。……アルマさん。……使い魔に、不正を行わせましたわね?」
エレーヌ先輩の背後に、黒いオーラが立ち昇る。
「ひ、ひえぇぇ! 違います! 私は止めたんです!」
「……ノア。……あなたには、追加の罰として……。……明日から三日間、私の部屋で『ブラッシングの刑』に処しますわ。……あのブランシュも、あなたの毛並みを整えたいと楽しみにしておりますのよ?」
「(――ヌオオオオオッ!! ――あの白猫の言いなりになれと!? ――死刑だ! ――これは王に対する、究極の侮辱だぁぁぁ!)」
絶叫するノア。
だが、その声はエレーヌ先輩が放った『静寂の結界』に吸い込まれ、自習室には再び、虚しい筆記音だけが響き始めた。
結局、ノアはネズミたちに書かせた以上の枚数を、自分の肉球で(泣きながら)書く羽目になった。
そしてアルマは、窓の外で同じく追加の反省文を課されたエドワード先輩と、虚しく目が合うのであった。
「……ねえ、ノア。……次は、もっと静かに、正しく反省しようね」
「(……黙れ。……我は……今夜……あのネズミどもを……ツナ缶の刑に処してやる……)」
ポンコツ四重奏の放課後は、まだまだ終わる気配がなかった。
初心者ダンジョンの冒険よりも、反省文の迷宮の方が、彼女たちにとっては遥かに険しい道のりのようである。




