第23話:最下層の主と、幻の霜降り肉(?)
「……おい、小娘。鼻を研ぎ澄ませ。……この扉の先から、かつてないほど濃厚な『脂の魔力』が漂ってきている。……あれは、虹色キノコなどというベジタブルなものではない。……間違いなく、肉だ」
初心者ダンジョンの最深部。
古びた巨大な石扉の前で、ノアはアルマの肩に爪を立て、鼻をヒクヒクと限界まで動かしていた。
昨日の特訓で「初心者レベル」の入り口に立ったポンコツ3人娘も、今は緊張した面持ちで武器を構えている。
「ノア……『脂の魔力』って何? 扉の向こうには、ボスの『大牙イノシシ』がいるはずだよ?」
「(フン、イノシシだと? 笑わせるな。……我の鋭敏な嗅覚が捉えているのは、魔力で熟成された、いわば『歩く霜降りステーキ』だ。……さあ、開けろ。我らのディナーが待っているぞ)」
「皆様、心の準備はよろしくて? ……勇気のバフ、発動ですわ! ――響け、ツナの残響!」
アリスのバフが、昨日より力強く一行を包む。
キャスカが木剣を握り直し、ジャムが回復薬の蓋を「いつでも開けられる」ように構えた。
ゴゴゴゴ……。
石扉がゆっくりと開くと、そこには巨大な空洞が広がっていた。
中心に鎮座していたのは、体長三メートルを超える、全身が黄金の毛に覆われた**『魔導ゴールデン・ボア』**。
「ブモォォォォォッ!!」
咆哮と共に放たれた威圧感に、アルマたちは足がすくみそうになる。
だが、ノアだけは違った。
「(……ほう。……あの黄金の毛並み。……脂の乗り具合。……まさに、幻の食材。……小娘ども! 特訓の成果を見せる時だ。……あれをバラバラにして、我の皿に盛り付けるが良い!)」
「(……ノア、やる気出しすぎだよ! ……いくよ、みんな!)」
先陣を切ったのは、魔法剣士(見習い)のキャスカ。
「私の剣は……お肉を、完璧に切り分ける牙! ――燕返し・霜降りスライス!」
キャスカの木剣が、魔力の刃を纏って閃いた。
イノシシの突進を紙一重でかわし、その脇腹に鋭い一撃を見舞う。
かつての彼女なら振り回されていたはずの剣が、今は「肉を切る」という明確な意志で迷いなく動いている。
「効いてますわ! ……次は私です! ――力の源よ、キャスカ様の腕力に宿れ!」
アリスの追撃バフが飛び、キャスカの攻撃力が跳ね上がる。
「ブモォォッ!?」
イノシシが怯んだ隙に、ボスの広範囲攻撃が一行を襲おうとした。
「させません! ――癒しの……ジャムの蓋、密封!」
ジャムが放った治癒魔法は、今や「防護の膜」としても機能していた。
傷口を塞ぐイメージで空間を固定し、イノシシの突進の衝撃を最小限に抑え込む。
「(今だ、アルマ! 三人の執着を、一つの業火に束ねろ。……イメージしろ。……最高火力のオーブンで、表面はカリッと、中はレアに焼き上げるのだ!)」
「……わかった! ――熱き想いよ、みんなの力を借りて……最高火力の……ファイア・グリル!!」
アルマが掲げた杖から、巨大な火球が放たれた。
それはアリスのバフで膨れ上がり、キャスカが切り裂いた防壁の隙間を通り、正確にイノシシを直撃した。
ドォォォォォォン!!
轟音と共に、ボスの間が白い煙に包まれる。
やがて煙が晴れると、そこには……こんがりと、あまりにも良い色に焼き上がった(?)ゴールデン・ボアが横たわっていた。
「……やった。……やったぁぁ! ボスを倒したよ!」
アルマたちが抱き合って喜ぶ中、ノアは一人、ゆらゆらとイノシシの巨体に近づいていった。
「(……ふむ。……完璧だ。……この焼き色。……そして、溢れ出す魔力肉汁。……アルマ、よくやった。……貴様は今日、魔法使いとしてではなく、最高の『シェフ』として歴史に名を刻んだぞ)」
「(……ノア、それ褒めてるの?)」
ノアは満足げに、ボスの背中の上に飛び乗り、勝鬨を上げる代わりに「あむっ」と一口、その黄金の脂を堪能した。
「(……ああ……真理が……口の中で溶けていく……。……これぞ、魔導の頂……)」
結局、一行は目標の『虹色キノコ』を採取し、ついでに「ボスの肉(大量)」をケットル先輩に借りた巨大背負い袋に詰め込んで、地上へと凱旋することになった。
「……ねえ、ノア。……結局、私たちが成長したのは、魔法のためなの? それともノアの胃袋のためなの?」
「(……同じことだ、小娘。……満たされた胃袋こそが、次なる魔法へのガソリンとなる。……さあ、帰るぞ。……今夜は宴だ!)」
夕暮れの学園。
初心者ダンジョンから帰還した「ポンコツ四重奏」は、もう以前の彼女たちではなかった。
その目には自信が、そしてその鼻には、消えない「焼肉の香り」が染み付いていたのである。




