第22話:魔導王のスパルタ(?)教室
「……よいか、小娘ども。魔法とは根性ではない。ましてや、その頼りない杖を振り回す運動会でもない。……魔法とは、『欲望』を具現化する技術なのだ」
初心者ダンジョンの第一階層、安全なはずの通路の隅。
ノアはアルマの肩の上で、偉そうに(実際偉いのだが)ふんぞり返り、目の前に並んだポンコツ3人娘を鋭い金色の瞳で睨みつけていた。
あまりの低レベルっぷりに、ついに伝説の魔導王が重い腰を(物理的にも重いが)上げたのだ。
「……ねえ、ノア。……みんな、一生懸命なんだけど……」
「(黙れ、アルマ。一生懸命なだけでは、スライムの餌になるのが関の山だ。……いいか、まずはそこの『なまくら剣士』)」
ノアが肉球でキャスカを指した。
「……な、なまくらじゃないわ! キャスカよ! 私の剣は――」
「(うるさい。貴様の剣に足りないのは魔力ではない。『目的意識』だ。……あの岩陰に、最高級の干し肉がぶら下がっていると想像しろ。……その肉を薄く、完璧な厚さで切り分けなければ、貴様は一生、飯抜きだ)」
「……えっ、干し肉……?」
「(イメージしろ。剣先に魔力を集中させるのではない。……剣先を『肉を求める牙』に変えるのだ。……やってみろ)」
キャスカは困惑しながらも、木剣を構えた。
イメージするのは、滴る肉汁、そして空腹。
「(……い、いくわよ! ――お肉切り分け・燕返し!)」
木剣が閃いた。
すると、どうだろう。今までは剣の重さに振り回されていた彼女の動きが、一瞬だけ鋭く、岩肌を綺麗に一文字に切り裂いた。
「……できた!? 今、魔法の刃が……!」
「(……フン。食欲の力だな。……次は、『痒み止め師』ジャム)」
「は、はいっ! 先生!」
「(貴様の治癒魔法が甘ったるいのは、癒そうとする対象を甘く見ているからだ。……いいか、傷口を『熟れすぎたジャムの瓶の蓋』だと思え。……それを、魔力という名の手で、優しく、かつ正確に閉じるのだ。……中身をこぼさぬようにな)」
「ジャムの、蓋……」
ジャムは先ほどデコをぶつけたキャスカに手をかざした。
「こぼさないように……そっと、でもしっかり……」
彼女の手から溢れた光が、今までとは違う粘り強い輝きを放ち、キャスカのたんこぶを一瞬で消し去った。
「わあぁ! 本当にジャムみたいに治りました!」
「(……次は三秒のバフ娘だ。……アリスと言ったか)」
「はいっ! 応援なら任せてくださいませ!」
「(応援などいらん。……貴様の魔法が短いのは、単に『声が小さい』からだ。……いや、音量ではなく魔力の『声』だ。……遥か彼方のツナ缶のプルタブを開ける音が、全宇宙に響き渡るような……そんな、終わりなき残響をイメージしろ)」
「ツナ缶の……残響……?」
アリスは深く息を吸い込み、杖を掲げた。
「……響け! 永遠に続く……ツナの福音!」
アリスから放たれた光は、三秒を過ぎても消えることなく、アルマたちの身体を優しく包み続けた。
「……すごいですわ! 身体がずっとポカポカします!」
「(……ふむ。……やはり、食に例えるのが一番話が早いな)」
ノアは満足げに髭を整えた。
それを見ていたアルマは、感心半分、呆れ半分で溜息をついた。
「……ノア。教え方は完璧だけど、全部『食べ物』が基準なんだね……」
「(当然だ。生きることは食べること。食べることは魔導だ。……さあ、小娘。……貴様もぼやぼやするな。……今の三人の『食への執着』を繋ぎ合わせ、その火の粉を『直火焼きの業火』に変えるのだ)」
「……うん、やってみる! ――みんなの想いを、一つに! ――ファイア!」
アルマが放った魔法は、アリスのバフを受け、キャスカが切り開いた空間を通り、ジャムの集中力で形を維持された。
それは小さな火の粉ではなく、堂々とした「火球」となって、通路の奥のスライム群を飲み込んだ。
ドォォォォン!!
「……やったぁ! 私たち、ちゃんと魔法が使えるようになったよ!」
見習いたちは手を取り合って飛び跳ねた。
ポンコツ四重奏は、今、ようやく「初心者レベル」への第一歩を踏み出したのだ。
「(……フン。……騒がしい奴らだ。……だが、少しは歯応えのあるパーティになったようだな)」
ノアは誇らしげに、マントの中で丸くなった。
だが、その時。
グゥゥゥゥ……。
と、ノアのお腹から、雷のような大きな音が響いた。
「(……アルマ。……指導料だ。……帰ったら、今の火球で炙った特製の肉を、我に捧げるが良い)」
「(……結局、それが目的だったのね、ノア……)」
初心者ダンジョンの奥深く。
少しだけ成長した少女たちと、世界一食いしん坊な指導猫の笑い声が、岩肌に反響していった。
だが、彼らはまだ知らない。
この成長を試すかのように、最下層で待ち構えている「本物の恐怖(と、とびきり美味しそうな獲物)」の存在を――。




