第18話:学園祭の夜、星の涙と黄金ツナ缶
学園祭の喧騒が遠ざかり、魔法の灯火がぽつぽつと消え始めた夜。
アルマは、図書室での罰掃除を抜け出したノアを追いかけて、月明かりに照らされた旧校舎の屋上へと辿り着いた。
「……おい、小娘。ようやく追いついたか。……見てみろ、この世界の頂から放たれる、神聖なる『ツナの波動』を」
屋上の縁に、一匹の黒いシルエットが立っていた。
ノアだ。彼は夜風に毛をなびかせ、眼下に広がる学園を見下ろしている。
その視線の先、時計塔の頂上には、昼間の騒動で紛失したはずの『黄金ツナ缶』が、月光を反射して神々しく輝いていた。
「(……ノア、見つけたんだね! ……でも、あんな高いところにどうやって……)」
「(フン、あやつだ。……我のライバルを自称する、あの白い高慢ちきな毛玉め)」
ノアが指し示す先。ツナ缶の隣には、赤いリボンを揺らす白猫・ブランシュが、優雅に前脚を舐めながら座っていた。
彼女の足元には、地下から引き連れてきた魔導ネズミたちが、整列して「警備」に当たっている。
「……やあ、ベルンさん。……ついに『星の涙』の正体が判明したよ」
背後から、影のようにエドワード先輩が現れた。
彼の手にあるレーダーは、時計塔の頂上を指して激しく点滅している。
「……初代学長が遺した究極の魔導触媒『星の涙』。……それは、実は魔力を極限まで濃縮して作られた、世界で唯一の『腐らない保存食』だったんだ。……それが巡り巡って、何故かツナ缶のラベルを貼られ、君のタンスの裏に紛れ込んでいたらしい」
「(――なっ!? ――我が備蓄していたのは、伝説の魔導具だったのか!?)」
ノアは衝撃の事実に耳をピンと立てた。
「(……道理で、あの缶から放たれるエーテルの香りが、我の魂を揺さぶるわけだ。……小娘! あれは単なるオヤツではない。我の魔力を全盛期に戻すための、失われた秘宝だ!)」
「(……結局、食べ物なのは変わらないんだね……)」
「……エレーヌの猫、ブランシュは、その魔力に当てられて、学園のネズミたちを従える『女王』として覚醒してしまったようだね。……このままでは、彼女が缶を開けた瞬間、溢れ出す魔力で学園が猫の楽園に書き換えられてしまう」
エドワードが淡々と恐ろしい予測を口にする。
見れば、時計塔の周囲には、どこから集まったのか数百匹の野良猫たちが集結し、怪しく目を光らせていた。
「(……許さん。……我のツナ缶で、勝手に楽園を作るなど! ……アルマ、準備しろ。……王の帰還を、あの白猫に知らしめてやる!)」
「(……わかったよ。……エドワード先輩、手伝ってください!)」
「……了解だ。……私の『全自動ネコジャラシ・ランッチャー』で、周囲の猫たちの注意を逸らそう」
エドワードが装置を起動すると、夜空に無数の「光る羽根」が打ち上げられた。
「ニャッ!?」「ニャアアアン!」
集まっていた猫たちが一斉に空を見上げ、混乱に陥る。
「(――今だ! 行け、アルマ!)」
アルマはノアを抱え、箒に跨って時計塔へと急上昇した。
風を切る音。月光の中、少女と猫が、白猫とネズミの軍団が待ち構える頂上へと突っ込む。
「(……ブランシュ! そのツナ缶を返せ! それは我の……我の、明日の朝ごはん……いや、魔導の根源だ!)」
「――フニャーッ!!(お黙り、デブ猫! これは今日から私の玉座よ!)」
ブランシュが鋭い爪を立てて威嚇する。
ネズミたちが一斉にパチンコを構えた。
「(……小娘! 『甘いスープ』だ! 空間を……空間を蜂蜜のように練り上げろ!)」
アルマはノアの指示通り、指先から温かい魔力を放った。
空中を舞うパチンコの豆が、アルマの魔力に触れた瞬間、ベタベタとしたキャンディに変わり、地面へと落下していく。
「(――食らえ! 我が真なる姿の……片鱗を!)」
ノアがアルマの肩から飛び出した。
彼の体から、一瞬だけ、巨大な黒い獣の影が膨れ上がる。
それは威圧感という名の、圧倒的な「猫の王」のオーラ。
「(……ひれ伏せ!)」
ドォォォォン……!
音のない衝撃波が時計塔を包んだ。
ネズミたちは腰を抜かして逃げ出し、ブランシュもその圧力に圧されて一歩後退する。
「(……今だ!)」
ノアは空中でツナ缶をがっしりと掴んだ。
だが、その瞬間。
ツナ缶のプルタブが、ノアの爪に引っかかり……。
プシュッ……。
という、軽快な音とともに、缶が少しだけ開いてしまった。
「(……あ)」
缶から溢れ出したのは、伝説の魔導触媒の輝き……ではなく。
あまりにも、あまりにも美味しそうな、芳醇な「ツナの脂の香り」だった。
「(…………。……ノア?)」
「(…………。……ブランシュ……。……半分こ、するか?)」
「(――フニャ(するわ))」
さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら。
月明かりの下、二匹の猫は時計塔のてっぺんで仲良く座り込み、一つの缶詰を交互に舐め始めた。
「……ふむ。……魔力の暴走は回避されたようだね。……平和的な解決だ」
地上でそれを見ていたエドワードが、満足げに手帳を閉じた。
「……ねえ、ノア。……私の苦労は?」
アルマは箒にぶら下がったまま、遠い目をして夜空を見上げた。
伝説の秘宝『星の涙』は、一匹の食いしん坊な魔導王と、一匹のわがままな女王の胃袋の中に、幸せそうに消えていったのである。
学園祭の夜は、こうして静かに、そしてツナの香りと共に更けていった。




