第16話:地下迷宮のモフモフ大戦争
……おい、小娘。この湿気、そして鼻を突くような腐ったチーズの臭い……。我の神聖な毛並みが、地下の澱みに汚染されていくのを感じるぞ」
学園の調理棟の地下、古びた鉄扉の先。
アルマは片手に魔導ランタンを持ち、マントの中にノアを押し込んで狭い通路を進んでいた。
後ろからは、眼鏡を光らせたエドワードが、複雑な測定器をカチャカチャと鳴らしながら付いてくる。
「(……静かにして、ノア。……エドワード先輩が『この先に魔力の集積地点がある』って言ってるんだから)」
「……ベルンさん。……この先のT字路を左だ。……そこには、ネズミたちが盗んだ食材を溜め込んでいる『食糧庫』があるはずだよ」
エドワードが冷静に指示を出す。
だが、その時。暗闇の奥から「チュチュッ……」という、無数の小さな鳴き声が響き渡った。
「(――っ!? きたぞ! 卑劣な泥棒どもめ! 我のツナ缶を、その不潔な前歯で弄んでいる報いを受けさせてくれる!)」
ノアがマントから飛び出し、通路の真ん中に着地した。
暗闇に、数十対の赤い目が浮かび上がる。
それは、魔力を帯びて丸々と太った『魔導ネズミ』の軍団だった。
「(……ほう。……一丁前に整列しているな。……だが、王の前では跪くが良い!)」
ノアが威厳たっぷりに(お腹を揺らしながら)一歩踏み出した、その瞬間。
シュバッ!!
「(……ヌオオオッ!?)」
ネズミたちが一斉に、背中に隠し持っていた「パチンコ」を構えた。
それは、工作部のケットルが試作した「豆飛ばし器」の劣化コピーのようだった。
「(……なっ。……飛び道具だと!? 鼠の分際で、文明の利器を使いこなしているというのか!)」
「……興味深い。……彼らは学園祭のゴミ捨て場から、魔法の残滓が付着したガラクタを拾い集め、独自の武装を作り上げているようだね」
エドワードは感心したように手帳にペンを走らせる。
飛んできたのは、ただの豆ではない。魔力でコーティングされ、当たると「ピリッ」とする静電気を帯びた、嫌がらせ特化型の豆だった。
「(――アタタタッ! ――待て、鼻の頭を狙うな! 貴様ら、そこは我の急所……あ、ああ、耳の中も……!)」
ノアは無数の豆の雨に打たれ、華麗なステップ(という名ののたうち回り)を披露した。
伝説の魔導王が、ネズミのパチンコ攻撃に翻弄され、壁に激突して目を回している。
「(……小娘! 援護しろ! このままでは我の誇りが……豆粒のように粉砕されてしまう!)」
「(……もう、仕方ないなぁ。……ノア、避けて!)」
アルマは杖を構え、昨日の授業で習ったばかりの『簡易旋風』を唱えた。
「――風よ、優しく、でも力強く! 掃き出して!」
アルマが放った風は、狭い通路を駆け抜け、ネズミたちの豆攻撃を押し戻した。
その隙に、ノアが復活する。
「(……フン。……助かったぞ、アルマ。……さあ、反撃の時だ。……覚悟しろ、齧歯類ども! 我が直々に、ネズミ捕りの極意を叩き込んでくれる!)」
ノアは猛然とダッシュした。
だが、ネズミたちのリーダーらしき一匹が、首にかけた「笛」を吹いた。
ピィィィィッ!!
すると、天井の配管から、大量の「高級な猫用おやつ」が雨のように降ってきた。
それは、学園祭のために仕入れられた、最高級の乾燥マタタビを練り込んだ煮干しだった。
「(……っ!? ――なっ……!)」
ノアの動きが、ピタリと止まった。
彼の鼻が、ありえない速度でヒクヒクと動き始める。
「(……罠だ。……これは、卑劣な、罠……。……我の……高貴な精神を……試して……)」
ノアの足が、フラフラと煮干しの方へ向かっていく。
彼の瞳は、もはやネズミを見ていない。
降ってきた煮干しの山を、うっとりと見つめている。
「(……ひとつだけ……。……毒味だ。……毒味をして、安全を確認してから……あむっ)」
「(ノアアアア! 食べちゃダメだってば!)」
アルマが叫ぶが、もう遅い。
ノアは煮干しの山に顔を突っ込み、「(……ああ……真理が……海の中に……ある……)」と、幸せそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「……ふむ。……嗜好品による、思考停止。……ネズミたちの方が、一枚上手だったようだね」
エドワードは冷静に、煮干しを貪るノアと、その隙に悠々と逃げていくネズミたちを観察していた。
ネズミたちの先頭には、例の赤いリボンをつけた白い猫・ブランシュが、尻尾を振って「計画通り」という顔で立っていた。
「(……ブランシュ!? ――あ、あの子がネズミを操ってたの!?)」
アルマが気づいた時には、ネズミたちはツナ缶の山を抱えたまま、迷宮の奥深くへと消えていった。
残されたのは、煮干しでベロベロになった「自称・魔導の王」と、呆れ果てたアルマ、そして大量のデータを取れて満足げなエドワード。
「(……アルマ。……この煮干し……、……おかわり……)」
「(……もう、学園祭が終わるまで、ノアは絶食だからね!)」
「(――ヌオオオッ!?)」
地下迷宮の戦いは、ノアの完敗に終わった。
だが、学園祭当日に向けて、ブランシュとネズミたちの「おやつ強奪計画」は、さらに大規模なものへと進化しようとしていた。
ツナ缶奪還の道は、これまで以上に険しく、そして美味そうな誘惑に満ちている。




