第15話:学園祭の足音と、消えた聖なるツナ缶
「……おい、小娘。断言するが、これは国家存亡の危機だ。……いや、宇宙の均衡が崩れる前触れと言っても過言ではないぞ」
十月半ば。王立魔法アカデミーは、一年に一度の祭典『魔導祭』の準備で、お祭り騒ぎの真っ只中にあった。
だが、そんな浮かれた空気の中、ノアだけは女子寮のベッドの上で、この世の終わりを見たような顔で固まっていた。
「……また大袈裟な。学園祭の準備が忙しくて、遊んであげられないからって拗ねないでよ」
アルマは、クラスの出し物である『魔法喫茶』で使うフリフリの衣装にアイロンをかけながら、生返事を返した。
最近のノアは、ダイエットに失敗した反動か、以前にも増して「黒くて丸いクッション」のような質感を増している。
「(……遊ぶだと? 貴様、我を近所の野良猫と同列に扱うな! ……重大な事件だ。……我の『秘密の備蓄(タンスの裏)』に隠しておいた、あのエドワードからせしめた最高級品……『大西洋の奇跡・極上ツナ缶』が、一缶残らず消失しているのだ……!)」
「えっ? ……それ、昨日ノアが寝言で『あけろ……プルタブを……』って言いながら、手足をバタバタさせてた時に食べただけじゃないの?」
「断じて違う! ……我の魔力感知によれば、あれは熟成の極みに達するまであと三日はかかるはずだった。……何者かが、我の聖域に侵入し、略奪を働いたのだ。……これは、魔導の王への宣戦布告と受け取るぞ!」
ノアの金色の瞳が、かつてないほど(食べ物の恨みで)ギラギラと光った。
その日の放課後。
学園祭の買い出しを終えたアルマは、中庭で巨大な「魔法の綿あめ機」を調整しているエドワード先輩を見つけた。
「……やあ、ベルンさん。……学園祭の準備、順調かな? ……私の『全自動綿あめ射出機』の試運転に付き合わないか?」
「(……おのれ、眼鏡! ……貴様か! 我のツナ缶を、新しい綿あめのフレーバーとして研究材料にしたのは!)」
ノアがマントの中から飛び出し、エドワードに向かって渾身の「シャーッ!」を繰り出す。
だが、エドワードは動じず、指先で眼鏡をクイッと押し上げた。
「……ツナ缶? ……フフ、あんな脂ぎったものに興味はないよ。……私が追っているのは、学園祭に紛れ込んだ『本質的』な泥棒だ」
エドワードは、魔力波形を表示する手帳をアルマに見せた。
そこには、学園の地下通路をチョロチョロと動き回る、奇妙な魔力の足跡が記録されていた。
「……最近、学園祭の準備で模擬店の食材が次々と消える事件が起きている。……犯人は、どうやら地下の古い配管に住み着いた『魔導ネズミ』の群れのようだ。……彼らは、高密度の魔力を帯びた食べ物を好んで収集しているらしい」
「(……魔導ネズミだと!? ……あの、チョコマカと動くだけが取り柄の、下等な齧歯類どもが……我のツナ缶を……!)」
ノアの尻尾が、怒りでボワッと膨らんだ。
もはや、彼の頭の中には「ツナ缶の奪還」という四文字しかない。
「……ベルンさん。……このネズミたちは、学園祭当日に使う『伝説の巨大ケーキ』の材料まで狙っているという噂だ。……もし、君の使い魔……特級検体の『狩猟本能』を貸してくれるなら、協力の報酬として、私の特製『超・魔力飴(ツナ味)』を差し上げよう」
「(……ツナ味の飴だと!? ……乗った! アルマ、今すぐこの眼鏡と共闘の儀を結べ! 我の至宝を盗んだ泥棒猫……いや、泥棒ネズミどもに、魔導の鉄槌(物理)を下してやる!)」
「(……結局、飴に釣られてるだけだよね、ノア……)」
アルマは溜息をつきながらも、エドワードと「学園祭・食糧警備隊」を結成することになった。
犯人は地下に潜むネズミ。
だが、そのネズミたちを操っている、もっと「厄介な黒幕」がいることには、まだ誰も気づいていなかった。
「……フフフ。……学園祭の夜は、ご馳走がいっぱいね」
校舎の陰から、真っ赤なリボンをつけた一匹の白い猫――エレーヌ先輩の飼い猫である『ブランシュ』が、不敵な笑みを浮かべて(猫語で)呟いていた。
消えたツナ缶を巡る、一人と二匹と一人の変人による、地下迷宮(配管)の追いかけっこが幕を開ける。
学園祭まで、あと三日。
アルマの平穏な準備期間は、ノアの「食い意地」によって、泥だらけの冒険へと書き換えられていくのであった。
「(……待っていろ、我がツナ缶よ。……今、王が助けに行ってやるからな!)」
「(……まずは、そのお腹を引っ込めてから走ってね、ノア……)」




