第13話:魔導王、はじめての「ダイエット」
「……おい、小娘。断言するが、この鏡は呪われている。我の神々しいシルエットを、あろうことか『樽』のように歪めて映し出しているぞ」
土曜日の朝。
女子寮の姿見の前で、ノアが衝撃を受けたように固まっていた。
彼はここ数日、エドワード先輩から「研究報酬」として貢がれる魔力飴や、購買部のササミを、かつてない勢いで摂取し続けていた。
「……呪われてないよ、ノア。ただの、食べ過ぎ。ほら、お腹の毛が床につきそうだよ?」
アルマが指でつんつんと突くと、ノアの脇腹が「ぷにん」と波打った。
かつての「鋭利な黒豹」のような面影は、今や「黒い毛玉」へと完全変態を遂げようとしている。
「(……な、何だと!? ぷにんだと!? この我の、魔力の高まりを、貴様は脂肪と見紛うのか!)」
「(魔力の高まりっていうか……ただの、重力に負けてるお肉だよね)」
「(……くっ。……あの眼鏡の男め。……甘い罠で、我の機動力を削ぐつもりだったか。……卑劣な。……魔導の王を、物理的に動けなくさせるとは……)」
ノアはハァハァと荒い息をつきながら、無理やりお腹を凹ませようと奮闘した。
だが、その努力も虚しく、重力という真理は非情だった。
「アルマ、決めた。……我は今日から、この肉体の『再構築』を行う。……即ち、減量だ」
「……無理しないでよ? 倒れられたら困るし」
「案ずるな。……我の理論によれば、一万歩の高速移動と、煮干し一匹のみの食事制限。……これで三日後には、我は風をも置き去りにする疾風となるだろう」
その日の放課後。
アルマはノアの「特訓」に付き合い、学園の裏山へとやってきた。
「(……はぁ、はぁ……。……小娘。……勾配が……急すぎる……。……重力が、かつての十倍に……増幅されているぞ……)」
「(ただの、坂道だよ、ノア。……まだ、百メートルも歩いてないよ?)」
ノアは四本の脚をガクガクと震わせ、岩の上で「ヘコッ」と座り込んだ。
彼の額(月紋のあたり)には、うっすらと汗が滲んでいる(ような気がする)。
「(……よし、休憩だ。……一回目のインターバル……)」
「(早すぎるよ! ……ほら、あそこにエドワード先輩が来てるよ。……また変な装置持ってる)」
「(――なっ!?)」
木陰から、ぬるりとエドワードが現れた。
彼の手には、何やら「ゼンマイ仕掛けのネズミ」が握られている。
「……やあ、ベルンさん。……そして、特級検体。……今日は、君たちの『運動生理学』的なデータを採りに来たんだ」
エドワードは眼鏡をクイッと上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「……このネズミは、不規則な魔力波を発しながら、対象の『狩猟本能』を限界まで引き出すように設計されている。……さあ、走ってもらおうか」
ジジジジッ!!
エドワードがネジを巻くと、ネズミが猛スピードで草むらを駆け出した。
その動きは、まるで生きているかのように、急停止と急旋回を繰り返す。
「(……フン。あんな安っぽい玩具。……我の、高貴な精神が……あ、あんなものに……)」
ピクッ。
ノアの耳が、ネズミの奏でる「カサカサ音」に反応した。
彼の金色の瞳が、草むらで揺れるネズミの尻尾に釘付けになる。
「(……待て。……あれは、敵だ。……我が、仕留めねばならぬ……悪の権化だ……。……ダイエットなど、後回しだ!)」
「(ノア、ダメ! それもエドワード先輩の罠だよ!)」
「――シャアアアッ!!」
ノアは自分の体重を忘れ、猛然とネズミを追いかけ始めた。
ドタバタ、ドタバタ! と、かつてないほど重厚な足音が裏山に響く。
「……ほう。……加速度、マイナス15%。……だが、質量による慣性モーメントは増大しているな。……非常に興味深い」
エドワードは冷徹に、ストップウォッチを連打した。
「(……逃がさん! ……この、ちょこまかと動く……小癪な……ネズミめ! ……我の、爪の……錆にしてくれる!)」
ノアは必死に山道を駆け上がった。
木の根に躓き、斜面を転がり落ち、全身泥だらけになりながらも、彼はネズミを追い続けた。
そして、ついに。
崖の淵で追い詰められたネズミに、ノアが渾身のジャンプを繰り出した!
「(……とったあああ!!)」
ガシッ!!
ノアは空中でネズミを完璧に捕らえた。
だが、その直後。
彼の「慣性」が、ブレーキの効かない重戦車のように、そのまま崖の下へと彼を運んでいった。
「(――あ)」
「(ノ、ノアアアア!!)」
ドッシャアアアン!!
アルマが崖下へ駆け寄ると、そこには木の枝に引っかかり、お腹を上にして「ぷらーん」と揺れているノアの姿があった。
口には、しっかりとゼンマイ仕掛けのネズミを咥えたままで。
「……検体、捕獲完了。……脂肪燃焼効率、推定500キロカロリー。……今日の実験は成功だ」
エドワードは崖の上から満足げに見下ろし、手帳を閉じた。
「……ねえ、ノア。……大丈夫?」
「(……ふふふ。……見たか、小娘。……我の、執念を……。……ネズミは……討ち取った……)」
ノアはボロボロになりながらも、勝利の余韻に浸っていた。
が、そのまま「……お腹、空いた……」と呟いて、気を失った(ふりをした)。
結局、その日の晩餐は、ノアの「頑張り」を認めたアルマによって、特盛りの煮干しが提供された。
消費したカロリーの三倍を摂取し、ノアの「再構築」は、さらに丸みを帯びた方向へと加速していくのであった。
「(……アルマ。……この煮干し、今までで一番美味いぞ……)」
「(……ダイエット、明日から頑張ろうね、ノア)」
秋の夜長。
アルマの溜息と、ノアの「カリカリ」という咀嚼音が、女子寮の一室に虚しく、けれど平和に響いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、
評価の星(★)やブックマーク、いいねで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
皆さまの応援が、彼女たちの成長とノアの食欲を支えています。
ぜひ、よろしくお願いいたします!




