第10話:魔導王、はじめての「けんこうしんだん」
「……おい、小娘。この行列は何だ。不吉な白いローブを着た人間どもが、冷たい鉄の棒を振り回して練り歩いているぞ。……我の直感が、かつての『魔女狩り』に匹敵する災厄を予見している」
ある日の午前。
学園の講堂前には、全生徒が長蛇の列を作っていた。
マントの隙間から、ノアが怯えたように金色の瞳をキョロつかせている。
「今日は年に一度の『魔導健康診断』だよ。魔力の数値とか、身体の成長をチェックするの。……ノアは猫なんだから、隠れてれば大丈夫だよ」
「……フン。健康診断だと? 万物の真理を統べるこの我に、健康を説こうというのか。笑わせるな。……我の肉体は、常に宇宙の調和と一体だ」
ノアは尊大に鼻を鳴らした。
だが、その時。講堂の中から「ギャアアア!」という生徒の悲鳴が響いた。
「(……っ!? 今、魂を削られるような叫びが聞こえなかったか!?)」
「あ、あれは『魔力吸引検査』だよ。大きなクリスタルに魔力を吸わせて、最大出力を測るの。ちょっと疲れるけど、死にはしないから」
「魔力を吸うだと!? 略奪だ! 非人道的だ! 貴様、この我をあんな吸血鬼の巣窟へ連れて行く気か!」
ノアはアルマの脇腹を必死に蹴って、逃げ出そうとする。
だが、運悪くアルマの順番が来てしまった。
「次、アルマ・ベルンさん。中へ入ってください」
「は、はい!」
アルマは強引にマントの上からノアを抱え込み、白いカーテンで仕切られたブースへと入った。
担当は、優しそうだが目の奥が笑っていない保健医の先生だった。
「はい、アルマさん。まずは身長と体重……それから、そこの魔力計に触れてくださいね」
アルマが指示に従い、計測を進めていく。
だが、最大の問題は「魔力走査」だった。
特殊な光が、生徒の全身を隈なく照らし、隠し持っている魔道具や異常を検知する検査だ。
「(……小娘。あの光……我の存在を暴こうとしているな。……おのれ。我の偽装術式を突破するつもりか)」
「(静かにしてて、ノア! じっとしてれば、ただの『ぬいぐるみの反応』で通せるはずだから!)」
「(ぬいぐるみだと!? 貴様、我を綿が詰まった布切れと――)」
ウィーン……。
スキャナーの光が、アルマのマントを通過した。
その瞬間、計測器の針が、見たこともないような速度で振り切れた。
『警告:未知の高密度魔力体を検知。……レベル、計測不能。……存在定義、特級危険種に近似……』
「…………え?」
保健医の手が止まった。
静まり返るブース。
アルマの心臓は、ドラムのように激しく鳴り響いている。
「アルマさん。……あなたの懐、何か入っていないかしら? ……例えば、古代の魔導核とか、封印された魔王の心臓とか……」
「い、いえ! そんな物騒なもの持っていません! これは……その……」
アルマが言い訳を捻り出そうとした、その時。
マントの中から、ノアが耐えきれずに「くしゅん!」と盛大なクシャミをした。
「……猫?」
保健医がカーテンをサッと開けた。
そこには、アルマの腕に抱かれ、これ以上ないほど不機嫌そうな顔をした黒猫がいた。
「(……バレたか。……致し方なし。……おい、白衣の女。我を検分したいならさせてやる。ただし、貴様のその安物の眼鏡が割れても知らんぞ)」
「しゃ、喋った……! 伝説の『賢者の猫』!? 貴重なサンプルだわ!」
保健医の目が、マッドサイエンティストのように怪しく光った。
彼女は巨大な注射器……のような魔力採集器を取り出し、ノアに迫る。
「ちょっと、一滴だけでいいから、その魔力を分けてもらえるかしら?」
「――断る! 貴様のような不躾な女に、我の純潔な魔力を捧げるわけがなかろう!」
ノアはアルマの手をすり抜け、講堂の梁の上に飛び上がった。
「捕まえなさい! 逃してはダメよ!」
保健医の叫びとともに、数人の補助員たちが網(魔力封じの網)を持ってノアを追いかけ始めた。
「待って! ノアをいじめないで!」
アルマも必死に追いかける。
講堂内は、健康診断どころではない大混乱に陥った。
ノアは梁から梁へと飛び移り、時には天井のシャンデリアにぶら下がりながら、華麗に追手をかわしていく。
「フン、鈍いな! 貴様らの動きは、我から見れば停止しているも同然だ!」
ノアはドヤ顔で言い放った。
だが、その時。
彼の視線の先に、健康診断のご褒美(?)として置かれていた「煮干しの山」が目に入った。
「(……っ!? あ、あれは……)」
ノアの動きが、一瞬だけ止まった。
野生の勘が、魔導の理論を上回った瞬間だった。
「今よ!」
保健医が投げた網が、空中のノアを捉えようとした。
「危ない、ノア!」
アルマが反射的に手を伸ばし、空中でノアをキャッチ……しようとして、そのまま二人で「煮干しの山」に向かって派手に突っ込んだ。
ドッシャアアアン!
講堂に、煮干しが雨のように降り注ぐ。
静寂が戻った室内で、アルマは頭に煮干しを乗せたまま、目を回していた。
「……うう、目が回る……」
「(……あむ、あむ。……不意を突かれたが、この煮干し……意外と高級品だな……)」
ノアは網に絡まりながらも、口いっぱいに煮干しを詰め込み、幸せそうに喉を鳴らしていた。
結局、ノアは「アルマの特殊な使い魔」として、特別に(保健医の私的な研究対象という条件付きで)学園内での滞在が黙認されることになった。
「……ねえ、ノア。結局、健康診断になってないよ」
「フン。我の健康は、この煮干しの質で決まるのだ。……おい、小娘。もう一皿持ってこい。これは我の『精神安定』のための処方箋だ」
「もう、ノアってば……」
煮干しの香りに包まれながら、アルマの溜息はまた一つ増えた。
だが、ノアの「魔力数値」が学園の全記録を塗り替えてしまったことは、今のところ二人だけの秘密である。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、
評価の星(★)やブックマーク、いいねで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
皆さまの応援が、彼女たちの成長とノアの食欲を支えています。
ぜひ、よろしくお願いいたします!




